第二話 目覚めの時
「諸君!ついにこの日が来たぞ!異能実施訓練だ!まあ、三等科の君たちに関してはただの体育とそう変わりはないがね」
校庭にヴィル先生の声が響き渡る。
「さて、今すぐにでも運動をしたいところ悪いんだけど、帝国から君たちに向けてささやかなプレゼントがあるらしい。名前を呼んでいくから取りに来るように。」
先生の後ろには大小様々な箱が積まれていた。
「ミーア」
手渡された箱は両の手に治るほど小さなものであった。
「今から説明するからねー、コラッそこまだ開けない!さて、君たちに渡したその箱にはね君たちの異能を底上げするアーティファクトが入っているんだ。例えば左腕のないデンケルの箱には義手が、左目の無いミーアの箱には義眼が入ってるんだよー。」
デリカシーのかけらも無い発言である。
中身を知る楽しみを削がれた箱を開けると母譲りの私の右目によく似た義眼が入っていた。
「これからはそれをつけて生活するように!これも研究の一環だからね。あっミーアは教室に戻って良いからね。」
義眼を付け替えるとそれは、よく馴染んだ。しばらくすると視界に違和感が生じた。だが、生じた違和感の正体がわからない、見える景色は変わっていない。私はその場で倒れ込んでしまった。目が覚めると私は、保健室にいた。
「大丈夫か?」
頭上でデンケルの声がする。
「今は大丈夫、私どうしたんだろう。義眼をつけたとたん頭がぼーっとして…気絶して、先生に運ばれて…あれ?」
不思議そうにこっちを見つめるデンケルを見てある違和感に気がついた。私は気絶をしていたはずだ、それなのになぜその後の事象をスラスラと言えるのだろうか。まるで見てきたかの様に、そしてさらなる違和感に気づいた。それは、デンケルについての情報が脳内に入ってくることであった。彼が今何を思い、何を言おうとしているのか、そして彼がどのような出立ちでどのような異能を持っているのか、何もかもが手に取るようにわかるのだ。思い返せば、義眼をはめた後の違和感も似た様なものであった。なんの変哲もない空間で起こる細かな事象の全てが頭に流れ込む様な感覚それが違和感の正体であったのだ。
「ミーアおまえ大丈夫か? 先生に運ばれた時お前は気絶してたんだぜ。誰に運ばれたかなんてわかるわけないじゃないか。まあ良いや、これ、先生から身に起きたことについてレポートを書けってよ。」
数枚のレポート用紙を手渡し彼は行ってしまった。彼が行くと私はすぐに元の義眼を付け直した。違和感を感じることはなくなっていたが、なんと無く気味が悪かったからだ。私は起きた事象について事細かに、レポートを書いた。
翌日ヴィル先生に義眼の装着は実施訓練の時だけにして欲しいと伝え、レポートを提出した。先生はそれに目を通すと足早に去っていった。そして、学校に戻ることはなかった。皆の学年が変わるころ、私は軍学校の高等部への編入を果たしていた。何故このようになったか、それはこの義眼のせいである。実施訓練で流れてくる情報に慣れ、日常的にそれを着用する様になると、授業で習う全ての事象がわかるようになり、その上私は地頭がよかったため、初等部や中等部の教育は意味を成さなくなったのだ。幸いヴィル先生が急に消えたおかげで私についての黒い噂が立ち上り、編入の際に悲しんだのはデンケルだけであった。高等部に入ると、もちろん周りからは奇異の目で見られた。すでに初等部での噂も立ち上っていたらしく、気まずい雰囲気の中新しい学校生活が始まった。時が経つにつれ周りからの評価は上がっていき、クラスにも溶け込める様になっていった。
「ミーアちゃん? あなたも前線研修に来るの? 危なく無い?」
話しかけてきたのは、初めての同性の友人であるユリーシャだった。
「だっ大丈夫です。私の異能は敵情を観測するのにはもってこいですから。」
胸を張って答える少女
その時は己の万能感に酔いしれていたのだろうか、強がりではなく本当にそう思っていたのである。
月日が経ち、私は雪の降り積もる冬の北部戦線の目下に立っていた。冬場は比較的戦況が膠着していて、激しい戦闘は起きていなかったが、時折銃声が地に響いていた。戦地での演習に参加する生徒は、兵学科の生徒の他に、学校からの許しを得た二等科の生徒と一等科の生徒である。どうやら国は一等科生徒を人であると考えてないらしい、
「少年少女諸君、ようこそ極寒の北部戦線へ!」
耳をつんざくような声が寒空の下で鳴り響く。
「私は、諸君らの命を任された帝国軍教務部長官のレルゲンである。ここは、戦場であり教場では無い!今からいう指示をよく聞くように!でなければ、諸君らは戦場のシミとなるだろう!前置きはさておき、兵学科の君たちは、アダム二等兵についていくように!」
兵学科の生徒たちが隊列を成して去っていく。
「二等科と一等科の生徒は私が引率する。改めてよろしく!国からは君たちが大切な金の卵であると聞かされてあるが、私の命令からそれると容易にスクランブルエッグとなるので十分に注意すること。上官の命令は絶対である!」
言われるがままに、教官についていこうとすると、後ろの男に引き止められた。
「おっと、伝えるのを忘れていた。ミーア、ユリーシャそしてニック、君達には別でしてもらいたいことがある。ローラン少佐に着いていきたまえ。」
私たちは、級友の背中を見送った後に少佐に着いていった。
しばらく前線の方向へ歩いた後に少佐が口を開いた。
「薄々勘づいているだろうが、ミーアとユリーシャには敵情の偵察をしてもらう。君たちの異能ならそれが可能であろう? ニック、君は二人の護衛を頼んだ。」
ユリーシャは生まれつき右の耳が機能していなかった。スキルに気がついたのは異能調査の際で、左耳に耳栓をすると、人には聞こえないはずの波長の音や、半径一キロメートル以内の人の声を聞き分けることができるといった異能であった。故に軍部はユリーシャの起用を打診したのだろう。ニックに関しては、彼のあだ名が"ほとんど玉無しニック"であることから欠損部位は容易に想像できるが、私の"目"から得た情報によると保有している異能は身体強化の類であるようだった。
「ねぇ、ニック?あなたの異能をミーアちゃんに説明してあげたほうがいいんじゃない?何が代償だったかは、言わなくて良いからさ…」
気まずいが仕方がない。
「そうだな、いいか? ミーア、俺の異能はな身体強化だ。でもただの身体強化ならせいぜい2等科止まりだ。そうだろ? 俺の異能はな危険物だと判断した物を寄せ付けないんだ。そうだな…ちょうどよく雪が積もってることだし、雪合戦でもするか?二人とも雪玉を作って同時に俺に投げてくれ。」
私とユリーシャは言われるがままに雪玉を作り、彼の前後から投げつけた。すると三つの雪玉が空中で止まったのだ。
「おっと?雪玉を二つ投げたな? ユリーシャ、まあいいか。」
えへへと笑うユリーシャ
「言っておくが超能力の類じゃ無いぜ。よく雪玉の近くを見てみな?」
言われなくても私には見えているのだが、端的に状況を説明すると、雪玉に毛が刺さっているのだ。
「俺の異能はな体毛を自由に操れるんだ。体毛にも身体強化が入っているのか知らないが、ちょっとやそっとじゃ切れないし燃えない。だからこんなことだってできんだよ。」
彼の体の周りを体毛が覆った。髪の毛は使わないのだろうか? 全体的に縮れている…汚い。かくしてこの三人で作戦を決行することになったのだ。