9.埋もれた物語
ある少年が本屋で1つの本を手に取る。
それをみつけたのは本当に偶然であった。ふと気紛れに、いつもは行かないような奥深くまで歩みを進めていたら、隠されるようにその本が埋まっていたのだ。
「ステラの夢?」
題名に少年は眉を顰める。
ステラといえば、この国では知らぬ者のいない極悪人だ。先代国王の息子で当時騎士団長でもあったアーサー・ランセントを卑怯な手口で殺した犯罪者だ。
もとは小国の姫君だと言う話だが、我が国に敗北したことを恨んでの犯行だと言われている。それからステラと言う名前はこの国では大罪人を指す侮蔑語となり使われなくなって久しい。
アーサー・ランセントと婚約者の悲劇の物語なら履いて捨てるほど溢れているが、大罪人ステラを主人公とした物語など聞いたこともない。
疑問に思いながらも好奇心のままページを捲る。
『まず、私の最愛であり親友である、ステラ・ヴィンセント・シルヴァンの冥福を、そしてこの世のすべての幸福が彼女の魂に安らぎを与えんことを祈る』
出だしからなかなかのインパクトだ。この著者はどうやら大罪人ステラを崇拝、いや親友と書いているから、友人か? 兎にも角にも、彼女側の人間らしい。よくもまぁこんな本を出せたものだと呆れる。
ペラりと次のページを捲ると、またしても著者の手書きのメッセージが綴られていた。几帳面そうな整った字面は著者の性格を表しているようだ。
『ステラが大罪人だと決めつけている愚かな者たちに彼女のことを分かってもらおうとは砂粒程にも期待していない。この本も残すかどうか最期まで悩んだ。人の口を経て語られるものほど悍ましいものはないと思っている。それでもこの本を手に取った者が彼女の真実を知り、この腐りきった国に疑問を持ってくれたなら、少しは私の胸がすくだろう』
この国への侮蔑が滲み出しそうな文章で語り継がれていくステラ・ヴィンセント・シルヴァンの物語。
少年は時間を忘れて読み耽った。
そうしてとうとう物語は最後を迎える。
著者は最後こう締めくくった。
『夢を叶えたステラに敬意を評して。君にはきっと色とりどりの花が似合う』
はらりと色褪せた花が落ちる。
最後のページ、そこには鮮やかであったのだろういろいろな種類の花が押し花にされ貼り付けられていた。