8.花を敷き詰めて君に贈る
怒号と悲鳴で埋め尽くされた広場をぼんやりと見つめる。まるで劇のワンシーンのようだ。
逃げ惑う人々も、転がった友の頭も、まるで現実味がない。
鈍く光る剣によって青空に飛ばされた彼女の首がスローモーションのようにゆっくりと堕ちていくのを瞬きもせずに見ていた。
ただ、彼女の悲願は果たされたことだけは理解した。積年の恨みを果たし、地獄のような日々から今日彼女はやっと開放された。
「・・・馬鹿だよ」
ぽつりと呟く。
ステラも、僕も、大馬鹿だ。
湧き上がるのは息苦しいほどの寂寥感と、そしてほんの僅かな安堵感。
アーサーの死体の傍で、栗色の髪の女性が泣き崩れている。縋るように彼の騎士服を掴み、聞く者も心を軋ませるような声で、彼を呼んでいる。血が滲むような、とはこのような声のことをいうのだろう。一身に彼を求め、悲痛に泣き叫ぶ姿はこの世の絶望を物語っていた。
子どもの頃のステラも同じだと、ここにいる人間にはきっと理解できないだろう。
アーサーの部下たちも俯き涙しながら、怒りに拳を握る。
この広場にいる自分以外のすべての人間がアーサーの死を悼む。
突然一人の騎士が叫びながら血走った目でステラに剣を振り下ろした。なんの抵抗もなく突き刺さった剣は彼女の身体を突き破り、力のない身体が衝撃で跳ねる。
「っこの悪魔が!!」
「おいっやめろ!」
「団長をかえせぇえぇえぇえ!!!」
他の騎士に押さえ付けられながらも、我を忘れたように男はステラに刃を突き立てた。ぐしゃぐしゃと血が飛び散る。
周囲の人間は皆その光景を冷ややかに見つめていた。まるでそれが当然の報いだとでもいうように。
誰もステラを理解しようとしない。
人々に、世の中に、いやこの世界に対し、ダンの中に言いようのない感情がゆっくりと沈殿していく。諦めと似て非なる感情は、怒りや悲しみを通り越した、なにか。
彼女の苦しみを理解しようとしない人々にも、彼女に苦しみしか与えなかったこの世にも、死んでなお傷つけられる彼女を救うことのできない自分にも、もううんざりだった。
溢れた嗤いは誰に向けた嘲笑か自分でもわからない。
ゆっくりと人混みから抜け出す。ふわふわと地を踏まない足は、それでも歩き慣れた道を迷わず歩いていく。
ステラの死体はきっと晒されながら打ち捨てられるのだろう。この国に罪人を埋葬する習慣はない。
ギリッと奥歯を強く噛みしめる。
力があれば、死んだあとくらい彼女を傷つけられずに済んだのだろうか。
知らず知らずのうちに走り出していた。
道行く人が驚いたように声を上げる。
分かっていた。
ステラが今日死ぬことも、それが彼女にとって救いであることも理解していた。
この世は彼女にとって辛すぎた。
肺が悲鳴をあげている。酸素を取り込むごとに血の味がする。呼吸が浅くなり酸欠になると、少しだけ胸の苦しさを忘れることができた。
ただひたすら走る。走って走って、たどり着いたのは街外れの小高い丘だ。
彼女と初めて会った、秘密の場所。
街が一望できるこの場所にはかつて教会がたっていたが、ある凄惨な殺人事件があり今では朽ち果てている。不吉だ不浄だと街の人間は寄り付かないため、ステラと僕はよくここで二人だけで過ごした。
肩で息をするが落ち着かず、倒れ込むように仰向けに寝転んだ。傾きかけた日があたりをオレンジに染め上げていく。こんな日まで世界は相変わらず綺麗なのが悔しかった。
何も見たくなくて腕で視界を塞ぐ。真っ暗な視界の中、最期に満足そうに微笑むステラの顔が思い浮かんだ。
ステラ、君のお墓をここに建てよう。
亡骸はないから、代わりにたくさんの花を敷き詰めよう。君に似合う、色とりどりの花をありったけ探してくるよ。
だからステラ。
恨みも、怒りも、悲しみも、全部この世に捨て置いて、心穏やかに眠ってほしい。
耐えきれずに嗚咽が漏れる。彼女はもうこの世にいない。
何処を探しても、もう逢えない。
胸元の服を抉り拳で胸を押さえつけても、せり上がってくる喪失感に喉が震える。彼女の傍にいたいと、一緒に過ごしたいと血を吐くように心が叫ぶ。
諦めてくれと、生きていてほしいと何度口にだそうとしたかわからない。だけど彼女を好きになればなるほど、その覚悟の深さを思い知った。
この地獄の中、血を流しながらも真っ直ぐ立ち続ける彼女に、何度も恋をした。
剣を振るう迷いのない瞳に、血に塗れながらも失われない清廉さに、何度憧れただろう。
「どれだけの人が君を呪い罵ろうとも、恨もうとも、僕だけは君の幸せだけを祈ってる」
いもしない神様。
優しいステラの魂に、どうか安らぎをお与えください。
「ゆっくりおやすみ、ステラ」
愛している。僕の優しい、大切な友人。