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2.男であれば


王宮のある一角。剣が重なり合う音が響いている。上官から飛ばされるげきに疲労交じりの声が上がった。


「遅い!!死にたいのか!」


ガン!という衝撃音とともに大の男が吹き飛ばされた。うっ!というくぐもった声のあと動かなくなった男を上官であるローガンは冷めた目で見下ろす。よわい六十を超えるとは思えないローガンの動きに自分の順番が控えている新人たちは震え上がった。

先程の新人は確か騎士登用試験で上位にいた者だったはずだ。それをいとも簡単に吹き飛ばしたローガンに、現役騎士の実力を知る。


ローガンは怖気おじけづくひよっこたちに、毎年のことながら情けないと鼻を鳴らす。年々貧弱になってないか?と内心呆れつつ、そこら辺にいた奴に伸びた男を医務室に運ぶように指示を出すと休む暇もなく声を張り上げた。


「次!」


シン…と訓練場が静まり返る。


おい、行けよ。

お前が行けよ。


コソコソとお互いになすり付け合うひよっこ共にローガンの額に青筋が立った。怒りが限界に達しそうになったとき、一人の新人がすっと前に進み出た。ローガンはほう?と片眉を上げてその人物を見る。


「……お前か?騎士になった女と言うのは」

「はい」


今年の騎士に女がいるといううわさは耳にしていた。どんな屈強くっきょうな女かと思えば線の細い普通の女だ。でかい男ばかりをみてきたせいか余計に華奢きゃしゃさが目立つ。

ローガンはふむ、と髭の生えたあごさすった。ピンと伸びた背筋と物怖ものおじしない様子は他のひよっこよりは気概きがいがありそうではある。


「騎士になった以上、女だからと特別扱いはせんぞ」

かまいません」


淡々と答える女にローガンは頷く。


「では、こい!!」


剣を構える。

女はすっと腰を落とすと、軽い音とともに地面を蹴った。


(早い!)


女は素早かった。咄嗟とっさに剣でぎ払うが上手く衝撃を受け流しながら追撃ついげきしてくる。早く、鋭い一撃を繰り出しながら女は冷静にこちらの動きを観察している。

剣技という言葉がぴったりな、舞うような美しい動きだ。


だが、やはり軽い。

ローガンは惜しいなと内心残念に思う。

一撃に重さがないため大した衝撃はなく、むしろ攻撃数が多いほど女のほうが疲労は早い。

それに今は上手く受け流しているが、疲労が蓄積ちくせきしていくにつれてさばききれずにすきが生まれている。ローガンの重い一撃を一回でも受け止めたら吹き飛んでしまうだろう。女ではなく男であればそれは良い剣士になっただろうに。この国随一の騎士であるアーサーにはおとるとも次席くらいにはなれていたはずだ。

男であれば。


だんっと足を踏み込み、隙をついて重い一撃を放つ。女はギリギリ受け止めたが、やはり衝撃に耐えきれずに後ろに吹き飛んだ。無様に転ばずに片膝をついて体勢を整えたことにローガンは目をみはる。

やはり、惜しい。


「まだやるか?」

「…いいえ。有り難うございました」


ローガンは剣を肩に担ぐとあえて挑発ちょうはつしてみたが、女は小さく首を振ると頭を下げた。引き際もわきまえているとはなかなかの人材である。


「名は」

「ステラと申します」

希望ステラか。なかなか良い名だ。お前が男であればさぞ腕の立つ騎士になれただろうな」

「………えぇ。私もそう思います」


ステラと名乗った女はローガンの言葉に同意すると、始めと同じようにすっと輪の中に戻っていった。

それを見届けたローガンは声を張り上げる。

ステラとの戦いで多少気分が持ち直した。今年はなかなかの逸材いつざいが入ったようだ。これからが楽しみだと知らず笑みを浮かべたが、それに新人が怯えていることには気が付かなかった。


「さぁ、次だ、次!!グズグズするな!!」





ステラは訓練場を抜けだして誰もいない場所に移動すると、その場にしゃがみ込んだ。受け止めた一撃は重く、いまだに手がしびれて震えている。


男であれば。


誰よりもステラ自身がそれを望んでいる。

男であれば父はステラを弟と同じように一緒に連れてってくれたはずだ。

もしくは国を守るために一緒に戦うことができた。

男であれば。男であれば。男であれば!!!


「…………っ!!!!!」


振り上げた腕で地面を殴りつける。

全身にしびれが走るほど殴りつけても収まらない衝動しょうどうはずっとステラの中でくすぶり続けている。口内に血がにじむ。

強く握りしめた手から血がしたたった。


「…立ち止まっている暇はない」


理性が戻った頭で考える。

ないものを羨んでも仕方ない。私は私ができることをする。自分の全てをかけてでも。

もう、失うものはなにもないのだから。








…ー今でも、覚えている。


父に抱きかかえられて辿り着いた先は、王しか知らない隠された小部屋。ステラだけをそこへ押し込めようとする父に泣きながら母と弟の無事をたずねた。

父は答えなかった。かわりに優しくステラの頭を撫でる。


生きるんだ、お前だけでも。

愛してるよ。私たちの希望ステラ


扉が閉じるその瞬間まで、ちちは笑っていた。



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