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短編集

我が家の招き猫

作者: よぎそーと

「お、やってるな」

 寝転がってる男はじっと猫を見る。

 特に変わったところのない、ごく普通の虎柄。

 サバトラという、少し薄い色のトラ。

 尻尾が曲がってる鈎尻尾が特徴といえるだろうか。



 このサバトラを男はサバカギと呼んでる。

「サバ」トラの「カギ」尻尾。

 安直な名前だ。



 そのサバカギが前足をクイクイと動かしてる。

 これまたよくある行動だ。

 おいでおいで、というような。

 招き猫のような動作だ。

 猫ならばさして珍しくもない行動だろう。

 だが、これまでの事を思い返すと、男にはそうは思えなくなる。



 このサバカギと男の出会いは、劇的でも何でも無い。

 いつも通りに帰ってきたボロアパート。

 第二次世界大戦後間もなく建てられたという年季の入ったものだ。

 長い年月の間に、自殺者・孤独死・一家心中などの舞台になってきた。

 いわゆる事故物件、建て直そうにも、その度に事故や不幸が起こって断念。

 おかげで時と共に朽ち果てるのを待つという状況。

 その分安い物件は、ブラック企業勤めの安月給にとってはありがたい。



 そんなボロアパートの自室の前にサバカギはうずくまっていた。

 雨が降っていたので雨宿りしてたのだろう。

 帰ってきた男と目があい、



 にゃー



 と一言鳴いてきた。

 それが声をかけてるように、挨拶してるように思えた。

 それならばと部屋の中に招いた。

 警戒する事もなく、サバカギは中に入ってきた。



 そんなサバカギは、部屋に入るとすぐに立ち止まり。

 くいくい、と前足を動かした。

 何かを招くような、いわゆる招き猫のような仕草。

 どうしたんだろう、と思っていた男だが、直後に変化を感じた。

「……温かい?」



 それまで、部屋の中にいると妙な肌寒さを感じた。

 日当たりはそれほど悪くない部屋なのにだ。

 湿気がたまりやすいと思っていたが。

 それが猫が前足を動かした直後に消えた。



 おかしな事もあるんだなと思いつつ、男は部屋に入る。

 部屋が快適になるならその方が良い。

 あえて疑問を抱くほどではなかった。



 それから猫との同居生活が始まる。

 飼ってるといえばそうなるのだろう。

 だが、餌と寝床は提供してるが、男にそういう意識はない。

 ただ、何となく流れ着いた猫をかくまってる、軒先を一時貸してる。

 そのくらいのつもりだった。



 サバカギもあまり男を気にしてない素振りだった。

 与えてくれる餌にはありつくが。

 男にすり寄るわけでもない。

 タンスやテーブルの上に寝っ転がっているのが常だ。

 時折、敷きっぱなしの布団の上でふんぞり返るように寝転んでる事も。



 ただ、男が近づいても逃げたりはしない。

 自分から近寄る事がほとんどないだけだ。

 おかげで、撫でたり抱っこしたりは問題なく出来る。

 風呂にいれるときも意外なほど大人しい。



 そんなサバカギの習慣というか、よくある行動だが。

 やたらと前足を、くいくい、と動かす。

 猫の習性なのかなと男は思っているが。

 その都度、部屋の肌寒さが消えていく。

 それにつられるように、気分や体も軽くなる。

 何かから解放されるように。



 変化はそれだけではない。

 日常においても様々な変化が起こっていく。



 勤め先が大手企業に買収された。

 それと共に人事部が男の勤め先に人間の調査を開始。

 問題のある人間が切り捨てられていった。

 おかげで会社にいたクソ上司や老害、クズ同僚にゴミ後輩などが消えた。



 これといった業績もないが、特に問題もおこしてなかった男はそのまま残留。

 以前よりはまともな待遇を得る事が出来た。

 給料は上がり、長時間労働も解消された。

 おかげで九時五時の労働時間を満喫出来るようになった。



 趣味に使える時間も増えた。

 やりたい事はあったが、費やす時間も金もなくて出来なかった。

 この問題が無くなったので、好きな事に没頭出来るようになった。



 この趣味で出会う人々が男に影響を与えていく。

 今まで出会った事がない世界の者が結構いた。

 そういう人から聞く様々な話は、男にとって新鮮だった。

 見識がひろまり、仕事にも繁栄されていく。



 おかげで成績が伸びていく。

 会社の業績を大幅に上げるというわけではないが。

 それでも今までよりは高い成績を上げていく。

 おかげでささやかながら昇給・昇進をはたす。

 ボーナスも出た。



 こうなるきっかけは一つしかない。

 猫だ。

 猫が来てから運が向いてきた。



 そう思った男は、少しでも猫に報いようとしていく。

 猫用のベッドに猫用の遊具、もうすこし高級な猫の餌。

 なるたけ快適に猫が過ごせるようにはかっていく。



 そうなると部屋が手狭になる。

 さてどうしようと思ったが、これは簡単に解決出来た。

 空いてる部屋を借りればいい。

 幸い、曰く付きの事故物件である。

 入居者などほとんどいない。



 それに、家賃が安すぎる。

 二部屋借りても、普通に一部屋借りるより安い。

 給料の上がった男にとっては無理のない出費だ。

 その一部屋を猫に与えていく。



 だが、猫は昼間はともかく男が帰ってくると自室から出て来る。

 男のいる部屋が居心地がよいのか、寝るときは男のところに来る。

 とはいえなついてるとも言いがたい。

 部屋にやってくるが、触れてはこない。

 距離を取って快適らしい場所に座るか寝転がるのが常だ。

 寝てる時もこれは変わらない。



 それでも日中は男が新たに借りた部屋で過ごし。

 夜になると男の部屋にやってくる。

 これがサバカギの基本的な行動になっている。



 適度な距離をとる。

 慣れてはいるけど狎れあいはしない。

 そんな意思を感じる。

 それで構わないと男も思っている。

 無理矢理どうこうするのも申し訳ないので。



 そんなサバカギが今、前足を動かしてる。

 くいくい、と。

 おいでおいで、とするように。

「また何か引き寄せてんのか?」

 返事がないのは分かってるが、そうといかける。

 にゃー、とでも鳴いてくれればと思いつつ。



「いや、そうじゃない」

 予想外の返事がきた。

「招く事もあるけど、これはそうじゃない」

「え?」

「こうやって、悪いものを引っ掻いてんだよ」

「…………」



 驚いて、え、ともらし。

 続いて聞こえてくる声には何も言えなくなる。

 そんな男の前で、サバカギは窓の外を見ながら前足を動かしている。

 聞こえてきた声が正しいなら、そうやって悪いものを退治してるのだろう。



「そっか」

 納得して男は頷く。

 事態をしっかりと受け止めてるわけではないけども。

 さすがに猫が喋ったとは思えない。

 だが、それ以外に説明がつかない出来事でもある。



「こうしておかないと出来ないから」

 呆気にとられる男にサバカギらしき声が語り続ける。

「ここはどうしようもなくなってたし。

 でも、寝床は欲しかったし。

 だからあんたの所に入り込んだんだけどな」

「はあ…………」

「でも、中が酷いもんだから」



 どうもこのアパートのあるあたりにはよろしくない者がいたらしい。

 それをサバカギは爪で切り裂いてかき消していったという。

 おかげで本来あるはずの幸運や良縁が舞い込むようになったとか。



 そうなってくると同時に、サバカギが喋ってる事もどうでもよくなってきた。

 不思議なところのある猫だ。

 喋るくらいは当たり前だろうと。

 そんなバカなと男は思う。

 だが、そう思わないと受け入れきれない現実が目の前にある。

 ならば、現実に思考をあわせるのが適切というもの。



 何より悪い事はなにもない。

 喋れるようになって便利になるのもありがたい。

 これはこれで良いか、と考える事にした。

 この際、邪魔なのは常識のほうだ。



「それで、今も悪いのを断ち切ってるの?」

「そうだ」

「まだ何かが来るようにしたいと?」

「そういう事だ」

「でも、これ以上の縁って何なんだ?」

「…………そのうち分かる」

 なぜか言いよどむサバカギ。

 男は首をかしげるが、その理由は数日してから分かる。



「なるほど」

「…………」

 会社から帰ってきたその夜。

 珍しく隣室から出てこないサバカギに、何かあったのかと心配になり部屋をたずねる。

 その瞬間に、サバカギが部屋にいた理由が目に入ってきた。



 いつも通りのサバトラ柄の鈎尻尾の猫。

 その隣には身を寄せ合う猫がもう一匹。

 こちらも虎柄の猫だった。

「それがお前がほしがってた縁なのか」

「…………」

 返事はない。

 だが、誤魔化すように視線を外し明後日のほうを向くサバカギ。

 それで答えは分かった。

「じゃあな。

 お邪魔してわるかった」

「るせー」

 照れてるのが分かる声音でサバカギが返事をした。



 そんなわけで男が要しなくてはならない猫の餌の量が増えた。

 給料が増えてて本当に良かったと思った。



 なお、その数ヶ月後。

 猫用のベッドや玩具が更に必要となった。

 飼育対象が増えた事によって。

 もちろん、餌も増えた。

 それでも男はかまわなかった。



 サバカギのおかげで人生が好転してるのだ。

 猫の言葉によれば、これが本来あるべき姿となるが。

 そんな状態にしてくれたサバカギには恩しかない。

 支えきれないほどの負担になったら困るが、今のところそうでもない。

 生活環境をととのえるくらいはしてやろうという気になる。



 それに男にも縁が巡ってきた。

 出世に昇給にボーナスもそうだが。

 趣味の方でも良い状況になっている。

 なんと、趣味が収入になっていっている。



 趣味の場での出会いが仕事の取引先になってるというだけではない。

 趣味そのものを仕事に出来そうになってきていた。

 好きな事で仕事になるのだからありがたい。

 もちろん、いきなり独立開業とするわけにもいかない。

 まずは副業、それも隙間時間での作業としてやっていった。

 それも半年もたたずに軌道にのっていく。

 もうすこし時間はかかるが、独立開業も夢ではなくなっていく。



 サバカギとその家族への支援も問題なく行える。

 収入が増えてるので必要なものを揃えるのは簡単だ。

 サバカギに割く時間は減ったのが寂しくはあるが。

「狩りが忙しいんだろ、仕方がない」と納得尽くの言葉をいただいている。



 それに戦力も増えた。

 子猫くらいにまで成長したサバカギの子供達。

 これらがアパートのあちこちで、くいくい、と前足を動かしていく。

「あれも悪いのを引っ掻いてるの?」

「そうだ」

 頷くサバカギ。

「じゃあ、ここはもっと快適になるんだ」

 ありがたい事である。



 猫家族総出の魔除け。

 その行動の成果が出てるのかどうか。

 男には様々な事が起こっていった。



 まず、男はアパートから追い出される事になった。

 なんでも、アパートの土地は大家のものではなかったという。

 戦後の焼け野原に強引に陣取ったという。

 そうして有耶無耶のうちに私物化。



 しかし、その大家が死んで法律的に問題が発生。

 たまたま元の持ち主(の子供)があらわれて返還。

 そうなると、アパートが邪魔となる。



 そういう事情なので、男もやむをえないと承諾。

 アパートを出る事になった。

 丁度良い機会でもある。



 アパートを出て行く事になる前。

 男の副業は副業でおさまらない規模になってきた。

 なので、独立して事業を行っていく事にした。

 会社も当然辞める事にした……のだが。



 会社も男のやってる仕事に着目。

 なら子会社として仕事をしないか。

 それが無理でも優先的な取引相手になってくれ、と言われた。

 断る理由もないので、職場だった会社と事業取引をする事にした。

 子会社にならなかったのは、仕事であれこれ指図されたくなかったからだ。



 そうなると別の所に引っ越した方が仕事がしやすくなる。

 アパートも無くなる事だし、仕事がしやすい場所を探す事にした。

 もちろんこれもすぐに成功。

 職場として好立地の物件を見つける事が出来た。

 すぐ近くに一軒家も売りに出ていた。

 男は躊躇う事無く二つを買った。



 買い取る前にサバカギにも見てもらった。

「どう、何かおかしなのはいる?」

「大丈夫だ、問題ない」

 この声で購入を決めた。



 そうして引っ越した場所で事業を開始。

 慌ただしい日々が始まっていく。

 そんな事業所と家の二つで、サバカギとその子供達は前足を動かしていった。



「悪いのはないんじゃないの?」

「これは良いものを引き寄せてる」

 魔除けだけでなく招き猫も出来るのが判明した。

「じゃあ、頑張ってくれ」

「おう」

「……報酬は猫缶でいい?」

「いつもので」



 なんだかんだで悪いものを払っている。

 良いものを引き込んでる。

 そんなサバカギにはそれなりの報酬を出している。

 とはいえ猫のこと。

 金銭なんぞ与えても意味がない。

 猫に小判だ。



 なので、出来るだけ本人が望む物資を提供している。

 サバカギの場合、猫用の餌缶詰になる。

 それも高級品ではない。

 そこらで売ってる一般品だ。

 それも安い部類にはいるものが好みである。

「これがいいんだよ」とは本人の談。

 庶民的な舌の持ち主で、男はほっとしてる。



 そんなサバカギの要求でもっとも大きいのは、自分たちがくつろげる部屋だった。

 購入した一軒家の一角。

 猫にとっては程よい部屋を要求してきた。

「ひなたぼっこが出来る縁側を作れ」

 まずはここから始まった。



 さらにガラス張りの温室。

 天井には登る事が出来るキャットウォーク。

 適温を保つ空調機などなど。

 猫が快適に過ごせる部屋をサバカギは求めた。

 様々な福を招いてもらってる男には造作も無い。

 引っ越し前に改築工事を始め、サバカギの要望を極力取り入れる事となった。



 そんなサバカギは手に入れた快適な部屋で、前足を動かし続けた。

 くいくい、と動かす度に悪いものが断ち切られていく。

 良いものが引き寄せられていく。

 おかげで男も様々な恩恵を手に入れていくこととなった。



 そんなサバカギを寝転がりながら見つめる。

 今日もいつものように前足を動かしている。

 そろそろ老齢老境であり、よぼよぼとした所も見える。

 だが、倦まず弛まず招き猫を続けている。



「お前がいなくなったらどうしよう」

 これだけが男の不安だった。

 サバカギによって得られた幸運。

 では、サバカギが死んだらどうなるか?

「我が子がいるから安心しろ」

 とりあえず継承者は確保されてる。



「だから、子供達の面倒は頼んだぞ」

「はいよ」

 断る理由はない。

「この家に入りきらないなら、新しい飼を招くから」

 子供の養子縁組も視野に入れてるあたり抜かりがない。



「それなら大丈夫か」

「うむ、大丈夫だ」

「でもな」

 言いながら男はサバカギを抱えて膝の上に置く。

「お前も出来るだけ長生きしてくれよ」

「…………努力はしよう」

 そういうサバカギは目を細めてゴロゴロと喉を鳴らし始めた。

 男も、サバカギをゆっくりと撫でていった。

 ゴロゴロ音がより強く大きくはっきりと鳴っていった。

気に入ってくれたら、ブックマークと、「いいね」を


面白かったなら、評価点を入れてくれると、ありがたい



この話は、とあるVチューバーさんの動画を見てて思いついた。



詳しくは以下の動画41:45あたりを参照

https://www.youtube.com/watch?v=GATxsk15ENc

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