文化祭デート
文化祭二日目。
私は猫耳メイドで模擬店のウエイトレスをしていた。
「フェリシアちゃん! 3番テーブルにたこ焼き!」
「はーい!」
「フェリシアさん、2番テーブルに焼きそば!」
「はーい!!」
「フェリシアちゃん、にゃーんってして!」
「にゃーん!」
そんな感じで大忙しで働いていた。
アンジャベルさんは逆バニーなる姿(忙しくてまだ実は見ていない)で店の前で看板を持って立っているらしいのだけど、彼の肉体美が続々とお客さんを呼んでいるらしい。
アンジャベルさん以外も、みんないろんなコスプレをしていて楽しそうだ。
「休憩だ、フェリシア」
「あっノヴァリスさん、ありがとう!」
「お疲れ様」
私に声をかけてくれたノヴァリスさん。
ノヴァリスさんは木の着ぐるみを着て、幹のあたりから顔を出している。
私のスライムちゃんを応用して生み出した透明りすちゃんが、彼の枝をチョロチョロと動いている。
可愛い……かな?
「外でカイ・コーデリック公爵令嬢が待っていた。一緒に楽しんでくるといい」
「うん、楽しんでくるね!」
私はメイド服のまま模擬店を出た。
外では修道女服のままのカイが、そわそわとした様子で私を待っていた。
「ごめんカイ、待たせたね!」
「待っているのも楽しみですわ。いきましょう」
「うん」
カイが自然と私に手を差し出してくれる。
手を握って歩くと、胸がドキドキする。
緊張がバレないように、私はにぎやかな学園内を見渡しながら尋ねた。
「外部の人も入ってるけど、カイは隠れなくても大丈夫?」
「ええ。今日は特別な警備をされているから完璧よ。それにかのキーリー・ジキタリス学長もいらっしゃるそうだから、そこで揉め事を起こす馬鹿はいないでしょう」
「キーリー学長が!?」
この学園の創始者である王立魔術師団長キーリー・ジキタリス様。
彼は歴とした現役の魔術師団長で、さらには学長も務めている。
すごい人だ。校舎から出たところで、私は真剣に周りを見た。
「どこかにオーラがあるおじいちゃんがいたら、キーリー様ってことだよね……」
「ふふ、わかりやすい姿をしているわけないじゃない」
「えええ、でもキーリー様会いたいよう」
私たちはそんな話をしながら歩いた。カイはどこかご機嫌そうだった。
学園内はあちこち飾り付けで溢れていてすごい。
空中にはキラキラの粒子が飛んでいるし、野外演劇公演の区画では、先輩方がドレスで空に舞い上がっている。
魔道具同士を戦わせる魔道具コンテストも行われている。
もちろん食べ物の出店もたくさんあった。
頭にもふもふのうさちゃんカチューシャをつけた店長さんが、私たちに気づいて手を振った。
「おーい! お二人さん! 楽しんでる?」
「店長さん! お疲れ様でーす! 何やってるんですか?」
「俺は見回りだよ。あとワゴンで飴細工を売ってる」
「わあ……綺麗!」
店長さんが押しているワゴンには、色とりどりの飴が並んでいた。
「何か作ってほしいものはある? フェリシアちゃんとカイには特別に好きなもの作ってあげるよ」
「いいんですか? どうしようカイ、何がいい?」
「わ、私は……うーん……」
その中でふと、並んでいる作り置きの飴細工の中でペアになっているものを見つける。
「そうだ、ペアのものがいいな。どうかな? リボンの形とか、ハートとか! どんな形でもいいけど!」
「……ハートが二つに分かれるのは嫌だから、それ以外がいいかな」
「りょーかい、可愛いの作ってあげるよ〜」
店長さんはサラサラと飴を操り、あっという間に飴細工を作っていく。
私のは星と跳ね回るトイプードルの可愛いデフォルメイラスト風。
カイのものは、リボンと尾の長い鳥の形のものだ。
「……」
見た瞬間、カイの目が少し見開かれた気がする。
店長さんはカイににこやかに手渡す。
「銀髪が鳥の尾みたいで綺麗だからね。どうかな?」
「あ……ありがとうございます」
カイはハッと取り繕ったように微笑む。
「じゃあね、楽しい1日を!」
「はーい! ありがとうございます!」
私たちは飴を受け取り、一緒に文化祭を回ることにした。
カイは飴を見てぼーっとしている。
「どうしたの?」
「……ううん、銀のフェニックスは……私の国の国章だから……」
「偶然!?」
「偶然……よね、きっと」
カイは険しい顔をしつつ、店長さんを振り返る。
店長さんはいろんな学生や外部の人たちに飴を配っている。
「怪しいと思う?」
「いえ。……怪しい人ならば、すでに私の影の者が調査をしているはずよ。あれだけ堂々と学園内で行動している人が、怪しいわけがない……」
「うーん、キーリー学長に会えるならいっそ話聞きたいよねえ、店長さんって何者なんですかって」
「そうね……」
考え込んだ雰囲気のカイに、私はハッとする。
いけない。カイがこのままじゃ楽しめない。
「カイ! 大丈夫、私が守るから。何かあった時、一番近くにいるのは私だからね」
「フェリシア」
「えへへ。だからせっかくだし楽しもうよ。あっ! あそこコナモノの屋台があるよ! 行こう!」
私は手を繋ぎ、カイを連れて屋台の方へと向かう。
カイは少し驚いた顔をした後ーー綺麗な顔で微笑んだ。
その笑顔に胸がギュッとする。そうだ。私は守るんだ、この大切な人を。
ーーそれからは夢中になって、カイと一緒に楽しんだ。
一緒に手を繋いで、出店の軽食を眺めて、気になるものをシェアしながら食べたり。
ピエロみたいな装いの学生がやっている、即日写真機で記念の写真を撮ったり。
出し物を見て楽しんだり。
そして少し歩き疲れたので、私たちは湖のスワンボートに一緒に乗り込んだ。
「わあ、これ結構漕がないと進まないんだねえ」
「フェリシア、スカート捲れてますわよ、スカート」
「あっいっけない! えへへ」
照れながらスカートを直しつつ、ふと私はスワンボートの外の景色に目を向けた。
スワンボートを漕いでいるのは男女カップルばかりだ。
穏やかな午後の日差しに照らされて、人々は肩を寄せ合ってムードたっぷりだ。
「あ……」
「どうしたの? フェリシア。足が止まっていてよ?」
私はカイを見た。
修道女の格好をしたカイに、湖面からきらきらと反射光が眩しく当たっている。
とても綺麗だった。眩しくて。
そして……私は、カイのことをまた意識し始めてしまった。
「フェリシア……」
私の表情に、何かを察したのだろう。
カイが眉を下げて笑う。
「男装、しなければよかったわね。ごめんなさい」
「う、ううん。……見せてくれてありがとう」
私はなんとなく気恥ずかしくなって、髪を直す。
汗臭くないかなとか、顔汚れてないかなとか、色々気になってくる。
「……フェリシア。もし私が男だったら……フェリシアは私のこと、嫌いになるかしら?」
「え」
私は思わずカイを見た。
そしてなぜだか切なくなる。
自分でもよくわからない。ただーーカイの言葉が、何かとても切なく聞こえたから。
カイの言葉に、少しでも誠実に答えたいと思った。
「私は……カイが男の人でも、女の人でも関係ないよ。カイが好き。カイと一緒にいられるのなら、なんだっていい」
本心だ。
「男の人じゃなくてよかったかもしれない。だって男の人だったら、カイは……私が結婚できるような相手じゃないから。だって隣国の偉い人なんだよね。……そしたら、カイがいつか結婚するなら、女の私は一緒に今みたいにベタベタできないし。……でもカイは女の子だから、カイが結婚しても、関係は変わらない。……うん、カイが女の子でよかった」
そうだ。
私はカイを尊敬してる。男でも女でも構わない。
でも長く付き合っていくことを考えるとーー女の子でよかったな、と思う。
「そう……」
カイはどこか、寂しそうな、不思議な顔をした。
私は空気を誤魔化すように、あははと笑う。
「でも、カイが結婚しちゃったら失恋みたいになっちゃうかも! 寂しいだろうなあ、これがバームクーヘンなんとかってやつなのかなあ」
「……寂しい?」
「え?」
「私が他の人と結婚したら、寂しいと思ってくださる?」
「そ、そりゃあそうだよ」
気づけば、カイが少し距離が近い気がする。
狭いスワンボートの中、カイの体温が近い。ドキドキしてみじろぎすると、ぐらりとボートが揺れる。
その揺れでハッとしたようにーーカイは急いで、体の距離をとった。
「ふふ、フェリシアがあまりに可愛いことを言うものだからうっかり」
「刺激が強いよう、カイ……なんだか……今日のカイ違うね?」
「そうかしら? ……ふふ、きっとあなたがいつにも増して綺麗だから、私も気持ちが舞い上がっているのよ」
「えっ!? か、カイの方が綺麗だよー」
そんな風にはしゃいだ声を上げながら、ドキドキを誤魔化すように私はスワンボートを漕ぐ。
カイが漕ぐと、グイグイと進む。
亡命のご令嬢ってすごいな。脚力も強いんだ。
そんなことを考えながら、私はさっきまでのムードを振り払おうと試みた。
カイにどんどんドキドキしちゃう。こんなんじゃ、いけない……!
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