フェリシア・ウィルデイジーの苛烈な庇護者 ※カイ視点
ーーあの日。
カイはヴィルデイジー男爵に何をしたか。
それはまだ、フェリシアの知るところではなかった。
その真相とはーー
◇◇◇
客間からフェリシアが離れたと同時、カイは部屋の鍵を魔術で閉じる。
天井から吊るされた魔道具の灯りを消し、部屋の中を魔術で暗闇にする。
ーーその間、0.1秒。
「う、うわっ!」
ヴィルデイジー男爵が狼狽えた声を上げる。
しかし次の瞬間、すぐに明かりは元通りになった。
「ひ、ひいいッ……!? お、お前は誰だ!?」
カイはヴィルデイジー男爵の前に座っていた。女装を脱ぎ捨て、中に着込んだ男物のインナーで。
体にフィットしたデザインの黒装束は、まるで暗殺者のようにヴィルデイジー男爵には見えているだろう。
カイはヴィルデイジー男爵にニヤリと笑う。
チョーカーを外したその声は、ヴィルデイジー男爵の耳には低い青年の声に聞こえているだろう。
「僕はカイ・コーデリック公爵令嬢の付き人です。いわば陰の者」
「いつの間に部屋に入った!?」
「僕は陰。いつでも彼女に寄り添っています」
「ま、全く気づけなかったぞ……!」
カイはコーデリック公爵令嬢の服を着せた魔術人形を腕に抱いていた。
顔が見えない角度にしているので、いい感じにそこに公爵令嬢がいるように見える。
実はこれはフェリシアの例のスライムちゃんの技術を借用したものだ。
ヴィルデイジー男爵が落ち着いているならば、この仕掛けにも気づけただろう。
しかし彼は混乱していた。あっという間に、カイの術中に嵌っている。
「これは極秘情報なのですがーー」
カイは机に、亡国の証を差し出した。
「フェリシアはとある国の第二王子に興味を持たれています」
「お、王子だと!?」
「ええ。どこの国かは言えませんが……王国と他国との友好のため、フェリシアという優秀な学生を守ることもまた、僕の役目なのです」
「……あの娘が……そんなまさか……」
「まさかと思うのであれば、ご自由に? ただしあなたの思い通りにはさせない」
カイはギラリとヴィルデイジー男爵を睨んだ。
「彼女は実家のためにつくしてきた。家族のために、誰よりも早く大人になったんだ。彼女の足をこれ以上引っ張るのはやめていただきたい。……大切な彼女の未来を、安っぽく換金させるわけにはいかない」
「し、しかし……」
「もし真面目に真っ当に事業を立て直す気があるのなら、フェリシアの実家というよしみで専門家を貸し出してかまわない。ただし二度と怪しい商売に手を染めたり、フェリシアの未来に迷惑なことをしないでください」
ヴィルデイジー男爵は黙っていた。
カイは思い出したように付け足す。
「そもそも、奥様と義妹の調べをしたほうが良いのでは?」
「え」
「あの二人は過去が怪しい。まずはフェリシアよりも、彼女たちをどうするかを考えた方がいいのでは」
「そ、そんなことは言わないでくれ。わしはあの二人を気に入っているんだ、だから」
「じゃあ大事にしなければなりませんね? ならばどうすればいいのか、わかっているでしょう?」
にっこり。
カイの笑顔に、ヴィルデイジー男爵はぐったりと肩の力を落とした。
カイは内心思う。反吐が出る、と。
この男はなんだかんだ、あの頭の弱そうな母娘を気に入っている。ちょうどレベルが近しいのだろう。
後妻とその娘を好きなのはかまわない。だがーーその愛情を少しでも、フェリシアに分ければよかったのに。
カイは拳を握った。
本当は完膚なきまでに叩きのめしたい。けれどこれ以上はコーデリック公爵家に迷惑をかけるし、目立ちすぎる。
何よりーーきっと、フェリシアはそんなことをしたら、悲しむだろうから。
カイは咳払いする。
「とにかく」
そして立ち上がり、項垂れたままのヴィルデイジー男爵の頬に手をかけて、強引に目を合わせる。
至近距離で微笑みながら、言い聞かせるようにカイは一言一句、はっきりと言って聞かせた。
「借金は法律的にきちんとすれば最低限、なんとかなるはずです。博打にかけず、真面目に働いて一からやり直しましょう。それが一番短距離です。あなたが真っ当に立ち直るまで、僕はあなたを見ていますからね」
「ひええ」
ーー顔を近づけていい含めた、その時。
「ねえ、お父様〜!」
そこに呑気な声が聞こえてくる。そして扉がノックなしに開かれる。
金髪ふわふわの美少女がやってきた。
彼女がおそらく、例の義妹なのだろう。
「え」
彼女はカイが父と顔を近づけているのをみて、何を思ったか顔をみるみる真っ赤にさせていく。
「きゃー!!!!!」
何がきゃーなのか。
上下黒のほっそりとしたインナー一枚で、覆い被さるように顔を近づけて睨みつけていただけだが?
「騒ぎになると面倒だな……」
「あっあっあっ」
とりあえずカイは話すことは話したので、もうここには用はない。
狼狽える彼女に近づき、カイはサッと手刀で気絶させる。
「あっ」
「あっお前! わしのルジーナに何を……うっ!」
そしてまた、ストン。
ヴィルデイジー男爵と、フェリシアの義妹の両名を制圧した。
ちなみにこの手刀はただの手刀ではなく、母国流護身術の流れを汲んだ手刀なので、秒で落ちるし安心安全だ。
「ちょっとどうしたの?」
そして開いたドアから、続いて義母がやってきた。
「って、きゃー!!!!」
状況に悲鳴をあげた彼女もついでに、ストンと落とす。
「終わった……」
カイは三人を丁寧にカーペットへと並べると、服を纏ってチョーカーをつける。
これ以上フェリシアを待たせるわけにはいかない。彼女は馬車で待っているはずだ。
……と思ったが、フェリシアは廊下で待っていた。
ひゅっと、カイは息を呑む。
ヴィルデイジー男爵家一同はスライムちゃんの身代わりに気づかなくとも、フェリシアは当然気づく。
危なかった。
うっかり正体がバレるところだった。
「あなた、馬車に乗っていてって言ったでしょう?」
「カイが心配で……それになんだかすごく大暴れしてる音が聞こえたから、ええと」
「なんてことないわ。あなたの家族も無事よ」
駆け寄るフェリシアにカイは微笑むと、今のうちにさっさと帰るべく急いで玄関へと向かった。
婚約を白紙にするための書類は全て掴んでいる。
情報も得た。
こんな家から、早くフェリシアを逃げ出させたかった。
小走りについてきながら、フェリシアが訪ねてくる。
「家族に何をしたの?」
「なんてことないわ。手刀で落としただけだから」
「手刀!?」
「大丈夫。結婚は白紙になったわ。安心してちょうだい」
馬車に乗り込み、ようやくカイは息をついた。
それからは静かな馬車の旅だった。
夕日を片頬に浴びながら、フェリシアはぽつぽつと、今後の決意を口にした。
彼女の真剣な決意を聞いてーーカイはとても嬉しい気持ちになった。
フェリシアが前向きになるきっかけを作れたなら、少しは自分がおせっかいをしたかいもあるというものだ。
フェリシアは今はまだ、自己肯定感が少し足りない。
けれどこの調子で学園で一歩一歩励んでいけば、彼女は必ず結果を出す。
結果が、彼女の自信になっていく。
その大切な柔らかな芽を守っていこう。
カイは安堵感で少しまどろみながら、改めて決意するのだった。
(……ん? 魔法で鍵をかけていたのに、あの妹は鍵を開けた……? もしかして、彼女も魔法の才能が……?)
疲れていたカイは、馬車ですっかり熟睡してしまった。
ーー抱いた違和感も、彼らしくもなく、微睡の中に溶けてしまった。
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