墨色の心
秋祭りの日。
いつもは着ない秋色の浴衣を着つけてもらった。不慣れなせいか、動かしにくい足を無理やり動かした。
家の近くの公園では、紅葉が色づき始めていた。
赤と黄色とかぼちゃ色の落ち葉が、木の下にたくさん落ちている。
私は、未だに落ち着かない気持ちを落ち着かせようと、落ち葉を一枚手に取った。
「カサ…」
カラカラに乾いた葉っぱを、「パリ」と音を立てて二つに割いた。
黄土色の砂の上に落ちる葉っぱを、ただ見つめていた。
「ごめんね、遅くなって…!」
そう、一華の声が聞こえたのは、待ち合わせ時間より10分も遅れてのことだった。
「ホントにごめんね。準備に時間が掛かっちゃって。」
一華は、私と同じ着物を着ているようには見えないほど可愛らしくて、大人びていた。
「すごいね一華、私と同じ着物着ているようには見えないよ。」
綺麗に結わえ付けられた薄茶色の混ざった髪に、薄く塗られた季節感のあるメイク。どれも中学生の身のこなしには見えなかった。
「ほんとッ!」
「うん。一華、すっごく可愛い!」
硬直しかけていた口角を上げて、無理やりの笑顔で笑った。
「ありがと、そんなこと言われたの、初めてだよ…!」
そう言った一華の目の端が少しだけ、うるんでいたような気がした―
私は、「どうかした?」と問いかけてみたけれど、一華は「ううん。嬉しかっただけ。」と、嬉しそうに笑うだけだった。
商店街の正面には、チラシの紙と同じようなプリントがされた看板が飾られてあった。
提灯が一メートルくらいの間隔でたくさん吊るされていて、もう日が暮れ始めているというのに、中は昼のように眩しそうだった。
浴衣を着た人や私服の人、数人のグループで固まっていたり、二人や三人で来ていたり、色々な人が大勢集まっていた。
私は、拭いきれないを感じると、浴衣の裾を強く握り締めた。
大丈夫、そう言い聞かせると、人の多い商店街へと足を進めて行った。
最近、思い出すことが多くなった。
未だに机の上に積み上げられている教科書を、ベットの横に飾ってあるクラス写真を見るたびに、恐怖が私を襲った。
会ってしまったら、もっと思い出す。
―ずるいよね。私らは必死に頑張ってんのに、一人だけ逃げて、楽して。
―ほんとね、あいつだけ逃げて。
―一人だけ逃げだしておいて、ホントずるい。
―てか、学校行ってないのに、こんなとこ来る資格ある?
そんな声が、今にも聴こえてきそうで、怖かった。
もう、全部全部…、
忘れてしまいたいのに―
制服の子が、いた。
私の学校の、チャック柄の、紺色の制服。
4人ぐらいで集まって、楽しそうに話していた。
自然に足が止まって、震えが止まらなくなっていく。
怖い―そう、思った。
怖くて怖くて、仕方なくて―
これが逃げてる、っていうことなんだろうけど、
私は逆境に立ち向かえるほど、強くはない。
どんどん青ざめていく顔に、硬直しきっていく体。
私はまた、逃げるのだろうか―?
そう、頭の冷静な部分で考えた。
だってもう、そうするしかなかったから―
「ごめん…。」
やっとのことで口にした言葉。
きつく握りしめた浴衣の裾は、きっとクシャクシャになっているだろう。
「え…?」
「一華、やっぱり私、行けないや…。」
震えて、うまく声が出せなかった。
でも、私はすぐ、走り出した。
出来るだけ遠くに、誰もいない場所に、行くために―。
視界は何故か、涙で滲んでいて、はっきりしなかった。




