あなたに出会えて―
気が付いたら、真っ白なベットの上にいた。
消毒のような、薬のような匂いが部屋中に漂っている。
からっとした群青の春空に、まぶしく輝く太陽が浮かんでいた。
「い、一華!」
そんな嬉しそうな泣きそうな、懐かしい声がして、隣を見た。
「目、覚めたんだね…。」
自分のベットから抜け出して、泣きながら抱き着いてきた。
「やめて!」
そう言って、奈穂の手を無理やり引きはがした。
「え…。」
「やめて…。」
声が震えていた。
泣きそうになった。
私には、奈穂に心配してもらう資格などない、と思った。
私は結局死ねずに、奈穂を巻き込んだ。
もしかしたら、奈穂も死んでいたかもしれない。
もしかしたら、私だけ生きて、奈穂だけが死んでしまっていた未来だって、あったかもしれない…。
「死にたかったのに…。」
「え…。」
「死にたかったのに。何で…、何で助かったりしたの?奈穂が止めに来なかったらよかったんだよ。何で、助けに来たりしたの?何で―?」
声が涙色に変わっていく。
「あの時は、助けてくれなかった癖に。あの時、裏切ったりした癖に。全部、全部、奈穂のせいだよ…。」
もう全部、何もかもがグチャグチャで、どれが、私の本当の気持ちか、分からない。
「何で、みんな私のこと、傷つけるの―?何でみんな、私を置いて行くの?何で、一人ぼっちにするの―?ホントはずっと、寂しくて、悲しくて仕方ないのに。」
―もう、やめたい。
もう、全部、手放しちゃ…、駄目かな—
生きてることやめて、全部捨てちゃえば―。全部、全部、怖くなくなるかな―?
―あの子、小学校の頃、クラスメイトの子、いじめてたらしいよ。
―あ、ここ、水守が触ったとこだよ。
―ホントだ、消毒しとこ!黴菌がうつっちゃうかもよ!
―ここ、席替えの前水守が座ってた席じゃん!
―先生ー!私、水守が座ってた席とか嫌でーす!交換してくださーい!
―小学校でいじめしてたとか、ほんっとサイテー!
―クラスメイトいじめるとか、ホントありえない!まじでクラスの恥だわ!
―ねえ、小学校でそんなことしてた人は、罰受けなくていいの?
―奈穂ちゃんも、一華ちゃんのこと、酷いと思うよね!
―だって一華ちゃん、小学校の頃同じクラスの子、いじめてたんだよ。そんな子、生きてる価値ないよね!
みんなが、私を見る目には、いつも軽蔑の色が混ざっていた。
虫やごみでも見ているような、顔。
私には―、価値がないんだろうか―?
何が本当の自分で、何が本当の私なのか、もうよく分からない。
私の本当の気持ちは、どれなのだろう?
「私は……」
本当の、気持ち―
なんて、どれなのか分からない。
でも一つだけ、分かることがある。
「私はずっと、信じてたよ。
奈穂のこと、ずっとずっと、大好きなんだよ―」
奈穂の顔が、少しずつ歪んでいく。
歪んで、細くなった目から、大粒の涙が溢れてくる。
「私だって……」
泣きながら俯いた奈穂が、小さく言った。
「私だって…ずっと、待ってたんだから。ずっとずっと、一華のこと。嫌いになんてなれなかったんだよ。」
紛れもない奈穂の言葉で、胸が熱くなる。
「だからさ……だから、もう―
ずっと、ずっと、ここにいて…。
死にたいなんて…、言わないで―。
私は、ずっと…、一華に生きていて欲しいの。
弱音吐いたっていいから。苦しいなら苦しい、って言っていいから。
私が全部、受け止めるからさ。
―ただ、生きてるだけでいいからさ。
だからどうか、笑っていて―」
もう、とっくの前に冷え切っていた心。
恐怖と不安と寂しさが、染み付いて、消えなくなった。
少しずつ私の心を蝕んでいくそれを、一人で抱え込んで、気づかないふりをして、必死に生きることしかできなかった。
でも―、
あなたの暖かさが、少しずつ解かしていってくれた。
生きてみたい、って思えた。
奈穂、あなたに出会えて、本当に良かった―
まるで、春を咲かせるみたいに、二人は笑いあった。
病院の窓からは、太陽に照らされたすみれ色の花が、小さく微笑んでいた。
奈穂と一華の鞄には、それぞれ花の形をした、すみれ色のキーホルダーがついていた。
その花の名前は、
―むすかり
二人を繋ぐ、希望の花だ。
❀むすかり
―夢にかける思い、失望、明るい未来




