暗闇の先
また、場面が切り替わった。
今度は、小学校の入学式。
家の傍にある公園の桜が、ひとひらずつ舞い落ち始めた頃。
私は入学式の前日まで、母に入学式がいつで、何時からなのか、ということを言っていなかった。
きっと来てくれないと分かっていたし、娘の入学式も来られないほどに、毎日ボロボロになって働いていた母に、「来て欲しい」なんて言えなかった。
本当は、「来て欲しい」と口に出して、来てくれなかった時、傷つく自分を見たくなかったのかもしれない。
「いっちゃん!明日、入学式なんだって?婦人会の人から聞いたよ。」
「うん―…」
「何で言ってくれなかったの?」
「―…。」
本当のことも言えず、黙りこくっている、さっきよりも少し大きくなった幼い私。
「お母さん、明日絶対に見に行くからね、いっちゃんの入学式!」
そう言って、母は小指を差し出してきた。
「指切りげんまん、嘘ついたらはりせんぼんのーます!指切った!」
優しく笑う母の笑顔を見ていると、私の胸にも小さく桜が咲いていくようだった。
一瞬暗くなると、一人ぼっちで悲しそうにうつむく私の姿があった。
この時、母は来なかった。
急な仕事が入ったとかで、どれだけ待っても来ることのない母を待ち続けた私は、本当に惨めだった。
何度も心に言い訳をした。
お母さんは私のために働いて、私のために来れないんだ、って―
でもやっぱり、寂しかった―
また、場面が切り替わった。
今度は、中学の制服を着て、ボロボロの校舎で一人寂しそうに、笑っている。
小学校の同級生と一緒になりたくなくて、違う校区にある中学校に入学した。
でも―、過去の過ちって、一生引きずっていくものなのかもしれない。
―あの子、小学校の頃、クラスメイトの子、いじめてたらしいよ。
初めから、先生たちは私を警戒していたらしい。
中学校でもまたいじめをするかもしれないから、警戒しておけ―
なんて声が、実際に聞いていなくても聞こえてくるようだった。
クラス中に噂が広まると、クラスメイト達は私をゴミのように扱い始めた。
―あ、ここ、水守が触ったとこだよ。
―ほんとだ!消毒しとこ!黴菌がうつっちゃうかもよ!
―あ、ここ、席替えの前水守が座ってた席じゃん!
―先生ー!私、水守の座ってた席とか嫌でーす!交換してください!
―小学校でいじめしてたとか、ほんっとサイテー!
―クラスメイトいじめるとか、ホントありえない!まじで、クラスの恥だわ!
―ねえ、小学校でそんなことしてた人は、罰受けなくていいの?
―アハハハハ!ホントだ!
わざと私に聞こえるように大声で話すクラスメイト達の、キーキーとうるさい声が、大嫌いだった。
罰を受けなければならないようなこと、した覚えはない。
でもそんな思いも、どこに届くこともなく消えて行ってしまうから、だんだんと自分は価値のない存在なんだ、って思いこむようになっていった。
中学生の私は、既に、自分のために生きることを、諦めていた―
でも、ある時―
星の見えない真っ暗な夜みたいだった私の世界に、一つだけ、弱々しく光って、花みたいに微笑む、「光」が現れた。
それは決して、強くなくて、むしろ頼りないくらい。
でも、言葉では表せないほどに、暖かくて優しい光だった。
嬉しかった。
―これからもずっと、友達でいようね!
その言葉が一番、嬉しかった。
あなたに会うために、生まれてきたんだと思った。
奈穂―
あなたが大好きだった。




