本当の願い
―はっ!
「い、いち、か…!」
息の切れた呼吸を重ねながら、絞り出すようにそう言った。
私は、目の前に広がる茜色の夕焼けに目もくれずに、一華のほうへと走って行った。
「待って!一華、待って…!」
崖の続く海岸線のほうへ足を向け、ゆっくりと進んで行く一華に、私は必死に叫んだ。
一華は、目を瞑っていた。
寂しそうに、苦しそうに、自分の人生を諦めたように―。
「待って…!」
止まろうとしない一華の、細長くて白い腕をつかんだ。
分厚い雲の隙間から除く黄金の太陽は、少し眩しくて、遠すぎる。
「やめて…。」
初めて一華が、こっちを向いた。
「やめてよ…。」
丸っこい形の綺麗な一華の頬に、涙が伝っていた。
ほんの少しついただけでも崩れ落ちて、壊れていってしまいそうな、苦しそうな涙。
「裏切ったくせに…、助けてくれなかった癖に…!いまさら何?もう、ほっといてよ!」
裏切ったのも、助けなかったのも、全部事実だ。本当に今更だけど、私は一華の心にどうすることも出来ないほど深い傷を負わせてしまった。
「お願いだからもう、放っておいて…。」
一華の涙が、雨に濡れてぬかるんだ地面へと落ちっていった。
その深い傷を、えぐられたみたいに、痛そうで、苦しそうで、今にも消えていってしまいそうなその表情を見た時、思った。
「手、放して。」
私はなんてことをしたんだ、って。
あの時私が助けていれば、ちゃんと向き合っていれば―
後悔が、胸に沁みついて、心を染めていく。
「放して。」
ほんの少し、不安になった。
このまま、死なせてあげたほうが、一華は楽になるんじゃないのか、って―
「放してよ。」
でも、どうしても―
―放せなかった。
理不尽な願いかもしれない。
本当にこのまま、死なせてあげたほうが一華は楽になれるかもしれない。
でも―
―私は、水守一華。よろしくねっ!
―何言ってんの。友達に、決まってるでしょ!
―大丈夫。奈穂は今もずっと、闘ってるでしょ。逃げてもないし、ずるくもないんだよ。
―今まで一人で、よく頑張ったね。
―これからもずっと、友達でいようね!
「ねえ一華、お願い。お願いだから…」
優しく打ち付ける雨と一緒に、透明の暖かい雫が、目の端から零れ落ちていく。
「生きていて」
私の本当の、願い。
ねえ神様、この願いさえ叶えばいいから、どうか一華を、死なせないでください。
暖かい夕日が照らす山のてっぺんには、黄金の光に包まれた二人の少女と、むすかりの花が、寂しそうに笑っていた。
一華の優しい笑顔が見えた、気が、した。
でも―
「一華っ!」
突然一華が私の手を振り払って、飴色の海のほうへと走って行く。
「まっ!やめてっ!」
「ごめん、奈穂。」
そんな悲しそうな声がすると、一華の姿がその場から消えていく。
「待って―」
私は、一華の後を追って海のほうへと身を投げていった。
「っ…!」
何とか空中で一華の体を受け止めると―
そのまま二人、雨色の海の中へと、消えて行った。




