春の島の出会い
5、
島の匂いは、レモン色だった。
海岸沿いを自転車で走って行くと、潮の匂いと混ざって爽やかな香りになった。
ずっと遠くまで続く、ターコイズブルーに染まった水平線と一緒に、のどかな島の中を駆け抜けた。
島中を桜色に変えた春は、まだ冬の寒さを残していて、早朝は特に肌寒かった。
舗装されていないボコボコの砂利道を自転車で慎重に進んで行くと、薄茶色の少し古風な雰囲気を醸し出す校舎が見えてきた。
胸の鼓動が、爆発しそうなほど鳴りだした。
私は、「祝 入学」と書いてある看板の横を通り抜けて、校門を潜った。
高校の入学式は、そんな朝から始まった。
中学1年生の3学期から保健室登校を初めて、2年生の始業式からは普通に教室に通いだした。
その頃から考えていた、島のたくさんの自然に囲まれた高校。母が、心にも体にも無理のないように、と探してくれた。
私自身ももともと自然が好きだったから、この島もこの学校もとてもいいところだと思っている。
15歳の、高校1年生の今。
4月20日の誕生日が来たら、16歳になる。
そんな4月に胸を高ぶらせながら、体育館のほうへ歩き始めた。
「カシャ。…、カシャカシャ…。はい、ちーず!」
入学式が終わると大勢の人が「祝 入学」の看板の前で写真を撮り始めた。
看板の斜め後ろには、生徒と親の行列ができていて、出遅れた私たちは看板から遠く離れた最後尾に並んだ。
「荷物、車に降ろしてきたらよかったね。」
「うん、でもいいよ。わざわざ車のとこに行くの面倒だし。」
私が学校に通えるようになって、母は少し明るくなった。
母と姉と私でお出かけすることも多くなって、前より楽しそうに笑う。
あの頃の私は間違った選択をしたから、家族に苦しい思いをさせてしまった。
もう間違えたくない、と思った。
そんなこともあって、島のこの学校に通うにあたって私は寮生活をすることになっている。
母たちは酷く心配そうだったけど、一度ここから離れるほうがいい、と感じたんだ。
「…奈穂、やっぱりお母さん、車に荷物置いてくるから、この人たちに順番譲っておいて!」
後ろに親子が並んできて、母が私に言った。
「えっ!お母さん!」
母は私の荷物を持って車まで走って行ってしまった。
「あの、私の母、車に荷物を置きに行ったので、抜いてください。」
少し後ろに後ずさりながら、母に言われた通り順番を譲った。
その親子の子供のほうは、ブカブカで初々しい制服姿で、帽子を深く被っていて顔が見えなかった。
女子用の赤いリボンとスカートだから女の子だろう。
でも私…、この子と、何処かで会ったことがあるような気がする。
少し茶色の混ざった長い髪を、後ろで三つ編みにして―
「ありがとうございます…。」
母親のほうが、か細い声で答えると、親子は前へ進んで行った。
「あの…!」
どうしても気になって、二人の背中に向かって叫んだ。
「奈穂ー!」
母の声が聞こえたと思ったら、肩をポン、とたたかれた。
「お待たせ!」
思わずすぐに前を向いたけど、そこに親子の姿は無かった。
何処かで見たことのあるその背中は、どこか懐かしかった気がした。




