変われない自分
「ジャリッ。ジャリッ。」
小石の混ざった黒くて堅いコンクリートに、ローファーの擦れる音。
見慣れた校舎で、窓から聞こえる生徒たちの声に、私は少し体を強張らせた。
中学に入って、初めてローファーというものを履いた時は、すごく嬉しかったのを思いだした。
公立の中学はダサい白靴だけど、私立のここは制服も可愛くてローファーも履けて、高校生になったような気分になれた。
始めは、姉に少しでも近づきたくて、この学校に入った。でも実際に学校で過ごして、大変ではあったけど素直に楽しくて、特別な気分になれた気がした。
でも―
あの頃も今も、変わらず臆病な自分に、いい加減嫌気がさす。
変わりたい―と思ったあの時の自分の気持ちは、どこに行ったのだろうか―?
私は人気のない砂利道を、保険室に向かって歩き出した。
「ガコンッ」と音を立てながら、靴箱からシューズを出す。
「ワハハハハ!」
すぐそばの教室から聞こえた笑い声。
皆が、私のいないクラスで笑っているのを聞くと、胸に「チク」と傷みを感じた。
まるで私の存在なんて、最初からなかったみたいで、私には帰る場所がないことを、思い知らされるみたいで。
「コツ…コツ…コツ…。」
目の前に誰かの気配を感じて、顔を上げた。
なぜこんな時間にここにいるのか、分からない。
今はどこのクラスも、授業中はずだ。
―でも
何故か、私の目の前に立っている。
「コツコツコツ…。」
1年3組の、同じクラスの子。私の腰ぐらいまでありそうな、長くて艶のある髪を後ろで束ね、ゆらゆらと揺らしながらこちらに向かって歩いてくる。
「あぁ…、奈穂ちゃん、久しぶりだね!」
すぐ目の前まで来たその子は、作ったような笑顔で私に話しかけてくる。
足元から氷で固められたように動けなくなった。
それでも、振り絞って、震える声で言った。
「うん…。久しぶり、佳穂ちゃん…。」
そんな私に、佳穂ちゃんは顔色を変えて言った。
「何で、学校、来ないの?」
「え…。」
「あー、ごめんね、体が弱いんだったけ?嫌味みたいに聞こえたらごめんね!」
そう前置きをしたかと思うと、早口で話し出した。
「正直迷惑なんだけど、委員会の仕事も、クラスの役割とかもさ、自分でやりたい、って決めた癖に最後まで出来ないとか、代わりに押し付けられる私たちの身にもなってよね。」
真っ向から私を鋭く睨めつけると、イライラした様子で貧乏ゆすりを始めた。
「学校来れないんだったら、さっさと退学して、公立にでも行ったら?そのほうが案外、誰にも迷惑かけずに済むかもよ。
ホントに、お姉ちゃんと正反対で、何にも出来ないんだね。」
佳穂ちゃんは、私に背を向け、反対側に歩いていった。
私は、廊下の冷たい床に、足の裏を貼り付けられたみたいに動けなくて、ただ突っ立っていた。
姉は、この学校の生徒会長をしていた。
もう卒業してしまったけれど、良く学校に尽くしてくれた、ということで卒業しても知っている人が多かった。制服の制度を変えたり、校則を見直したり、と歴代で一番優秀だった、と言う人たちも多かった。
1年生の、まだ学校に通えていた頃に言われた。
―お姉ちゃんは、みんなに頼りにされてて、すごく優秀だった。奈穂ちゃんも頑張ってね!期待してるからね!
―奈穂ちゃんも、生徒会長になるんでしょ!
―お姉ちゃん頭いいから、奈穂ちゃんも頭いいんでしょ!
―奈穂ちゃんすごいね。お姉ちゃん生徒会長で、名門校に入学したんでしょ!
誰一人、私を私として見てくれなかった。
私は藤本里紗の妹だけど、一人の人間で、何もすごくなんてないのに。出来ないものを背負わされて、勝手に期待されて。
結局、何も出来ないまま終わってしまう。
努力はした、つもりだった。
必死に、自分に出来る限りの、期待に応えたくて。
期待されたのなんて、初めてで、嬉しかった、から―
でも、やっぱり、私には出来ない。
何もできない。
姉のようになれない自分が、大嫌いだ。
何度謝っても、頑張っても、変われないことも、姉のようにはなれないことも、もう身に染みて分かっている。
だからもう、やめて欲しい。
もう、何も重い荷物を、背負わせないで欲しい。
弱いから。
姉みたいに、強くないから。
もう―
お願いだ。
それから私は、いつ居場所をなくしてもいいように、必死に生きた。
何度辛い夜が来ても、乗り越えられるように、生きていられるように。
何も感じないように、考えないように―生きた。
あの時までは―




