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むすかり  作者: やきぶたたまこめし
16/30

「闘う」ということ―



     ❀❀



フリースクールに行けなくなって、一か月が経った。

普通の学生たちは冬休みに入ったみたいで、町にはクリスマスムードが漂っている。

町中に赤と緑の装飾がされていて、私には少し鬱陶しかった。

学校に行くことが出来ない私は、普通に街を歩くことさえ出来ない。

一華がいなくなった今では、外に出る勇気なんてあるはずがなかった。

そんな私に、母が言った。

「3学期から、保健室だけでも…行って、みない…?」

突然言われたその言葉に、私は戸惑いを隠せなかった。

いつもは「学校に、教室に行かないの?」と、言う癖に―

「……。」

保健室にも、行く気はなかった。

学校に行こうとするだけで、震えが止まらないのだ。

それこそ、外にすら出られないのに、行けるはずがない。

「ほら、教室には…行かなくてもいい、からさ…。」

「…ちょっと…考えさせて…。」

私がそう返事をすると、

「ゆっくりで、いいからね。」

という、母の優しげな声が返ってきた。

「うん…。」

答えなんてもう、決まっている。

行かない、行けない。

行けるはずがない。

でも心のどこかでは、このままではいけないことも、分かっていた。

それでも、学校に行こうと思うだけで、体は異常なまでに反応を示す。

パニックが起き、全身に鳥肌が立っていって、どうすることも出来ない恐怖に襲われる。

そんなことが起こると、学校になんて、もう行きたくない、と思ってしまう。

私はどうすることも出来ないまま流れていく日々の中で、

ただ一人、怯えていた。



答えを出すことが出来ないまま、3学期が始まろうとしていた。

「奈穂、どうするの…?」

少し、イラついた様子で聞いてくる母に、まだ心の準備の出来ていない私の心。

「……。」

「教室じゃないし…、行けば…?」

「……。」

「あと一日しかないんだよ、行くんなら先生に連絡入れなきゃいけないし、早く答え出してね。」

お母さんに、「行かない」と言う勇気がなかった。

でも、イラついた母の姿を見て、怖くなった。

私がもし、「行かない」と言えば、母はまた意味もない高い授業料を払わなくてはならない。

母は私がまた行けるようになると、信じてくれている。

それを踏みにじることなんて、私には出来なかった。

「…行く…。」

そう口に出してしまえば、もう取り消すことなんて出来ない。

「ほんとに…?」

「…うん…。」

この時思ってしまった。

また喘息の発作が出て行けなくなればいい、と―



暗闇だった。

夜の闇に沈められて、ただ一人、月だけが光っていた。

空に輝く光の粒たちは、誰一人として私を照らしては、くれない。

私は一人、心に雨を、必死に溜め込んで、抱えた。

満杯になったコップの中は、今にも溢れ出しそうだ。

寒くて怖い夜は、私を一人、暗闇の中に閉じ込めた。

一華に、会いたくなった。

一緒に抱えてくれると、言ってくれた。

「一人じゃない」と教えてくれた。

初めて、私を私として見てくれた。

たった一人の、私の友達。

どうしても、

会いたくなった。


「トントントン…トン…」

誰かが階段を上がる音がして、羽毛布団の中で体を強張らせた。

足音と共にスリッパの擦れる音もするから、きっと母が上がってきたのだろう。

「ザザザザ…」

廊下のカーテンを閉めに来たのだろうか?

カーテンを閉める、心地のいい音がした。

「カチャ…」

私は無意識に部屋のドアを開けていた。

「奈穂、まだ起きてたの…。どうしたの?眠れないの…?」

そう心配そうに問いかけてくる母に、溢れ出した涙がまた次々と流れ落ちていく。

「奈穂、どうしたの…?」

どうしても止まらない涙は、目を閉じるたびに零れていく。

そのたびに、「怖い」という感情に襲われて、いつの間にか服の袖を、きつく握りしめている。

手も唇も、震えていた。

「お母さん、学校が…、怖い。怖いよ―」

私は母に抱き着いて、涙が枯れるまで泣いていた。

その時は母は、優しく私の背中を撫でて、静かに抱きしめてくれていた。


学校に行けない子供たちには、みんなが持っているはずの思い出がない。

運動会の思い出も、遠足の思い出も、修学旅行の思い出も、テストをした思い出も、当たり前の日常の思い出さえも…。

あるのは、みんながそうしているのを想像して、ただ一人で怯えていた、という思い出だけ。

未来への怖さや、過去への怖さ、全部をしまい込んでしか、生きることが出来ないんだ。

そうしないと耐えられないくらい、辛いんだ―。

でもそれでもいつも、私たちは闘っている。

怖くて苦しくて、つらい現実の中で、

闘っているんだ―

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