「闘う」ということ―
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フリースクールに行けなくなって、一か月が経った。
普通の学生たちは冬休みに入ったみたいで、町にはクリスマスムードが漂っている。
町中に赤と緑の装飾がされていて、私には少し鬱陶しかった。
学校に行くことが出来ない私は、普通に街を歩くことさえ出来ない。
一華がいなくなった今では、外に出る勇気なんてあるはずがなかった。
そんな私に、母が言った。
「3学期から、保健室だけでも…行って、みない…?」
突然言われたその言葉に、私は戸惑いを隠せなかった。
いつもは「学校に、教室に行かないの?」と、言う癖に―
「……。」
保健室にも、行く気はなかった。
学校に行こうとするだけで、震えが止まらないのだ。
それこそ、外にすら出られないのに、行けるはずがない。
「ほら、教室には…行かなくてもいい、からさ…。」
「…ちょっと…考えさせて…。」
私がそう返事をすると、
「ゆっくりで、いいからね。」
という、母の優しげな声が返ってきた。
「うん…。」
答えなんてもう、決まっている。
行かない、行けない。
行けるはずがない。
でも心のどこかでは、このままではいけないことも、分かっていた。
それでも、学校に行こうと思うだけで、体は異常なまでに反応を示す。
パニックが起き、全身に鳥肌が立っていって、どうすることも出来ない恐怖に襲われる。
そんなことが起こると、学校になんて、もう行きたくない、と思ってしまう。
私はどうすることも出来ないまま流れていく日々の中で、
ただ一人、怯えていた。
答えを出すことが出来ないまま、3学期が始まろうとしていた。
「奈穂、どうするの…?」
少し、イラついた様子で聞いてくる母に、まだ心の準備の出来ていない私の心。
「……。」
「教室じゃないし…、行けば…?」
「……。」
「あと一日しかないんだよ、行くんなら先生に連絡入れなきゃいけないし、早く答え出してね。」
お母さんに、「行かない」と言う勇気がなかった。
でも、イラついた母の姿を見て、怖くなった。
私がもし、「行かない」と言えば、母はまた意味もない高い授業料を払わなくてはならない。
母は私がまた行けるようになると、信じてくれている。
それを踏みにじることなんて、私には出来なかった。
「…行く…。」
そう口に出してしまえば、もう取り消すことなんて出来ない。
「ほんとに…?」
「…うん…。」
この時思ってしまった。
また喘息の発作が出て行けなくなればいい、と―
暗闇だった。
夜の闇に沈められて、ただ一人、月だけが光っていた。
空に輝く光の粒たちは、誰一人として私を照らしては、くれない。
私は一人、心に雨を、必死に溜め込んで、抱えた。
満杯になったコップの中は、今にも溢れ出しそうだ。
寒くて怖い夜は、私を一人、暗闇の中に閉じ込めた。
一華に、会いたくなった。
一緒に抱えてくれると、言ってくれた。
「一人じゃない」と教えてくれた。
初めて、私を私として見てくれた。
たった一人の、私の友達。
どうしても、
会いたくなった。
「トントントン…トン…」
誰かが階段を上がる音がして、羽毛布団の中で体を強張らせた。
足音と共にスリッパの擦れる音もするから、きっと母が上がってきたのだろう。
「ザザザザ…」
廊下のカーテンを閉めに来たのだろうか?
カーテンを閉める、心地のいい音がした。
「カチャ…」
私は無意識に部屋のドアを開けていた。
「奈穂、まだ起きてたの…。どうしたの?眠れないの…?」
そう心配そうに問いかけてくる母に、溢れ出した涙がまた次々と流れ落ちていく。
「奈穂、どうしたの…?」
どうしても止まらない涙は、目を閉じるたびに零れていく。
そのたびに、「怖い」という感情に襲われて、いつの間にか服の袖を、きつく握りしめている。
手も唇も、震えていた。
「お母さん、学校が…、怖い。怖いよ―」
私は母に抱き着いて、涙が枯れるまで泣いていた。
その時は母は、優しく私の背中を撫でて、静かに抱きしめてくれていた。
学校に行けない子供たちには、みんなが持っているはずの思い出がない。
運動会の思い出も、遠足の思い出も、修学旅行の思い出も、テストをした思い出も、当たり前の日常の思い出さえも…。
あるのは、みんながそうしているのを想像して、ただ一人で怯えていた、という思い出だけ。
未来への怖さや、過去への怖さ、全部をしまい込んでしか、生きることが出来ないんだ。
そうしないと耐えられないくらい、辛いんだ―。
でもそれでもいつも、私たちは闘っている。
怖くて苦しくて、つらい現実の中で、
闘っているんだ―




