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オカルトマニアのぼくっ娘と陰キャオタクな先輩のラブコメホラー(仮)

深夜ラジオで合成音声が人名を読み上げるだけの不気味な番組が流れ、名前を呼ばれた人々が次々と失踪しました。放送を聞いてしまった私も消されるかもしれません。

作者: 大萩おはぎ

○登場人物


ぼく:本作の語り手。カメラ片手にオカルト蒐集や謎解きに情熱を燃やす変人。撮影にはこだわりを持っており、心霊写真や恐怖映像にはちょっとうるさい女の子。


先輩:アニオタにして学園随一の秀才で、”ぼく”の謎解きに協力する。重度の懐疑主義者で、「この世には信じられるものなど何もない」という信念を唯一信じている。


大河内 靖子:バドミントン部所属の女子生徒。深夜にラジオを聴くのが趣味。不安になりやすいタイプ。


 私の趣味は深夜にラジオを聴くことです。

 大嫌いな勉強も、大好きなDJの面白い話があれば捗ってしまいますから。

 先月のあの夜は暗くて、新月でした。

 その日も、いつも通り自分の部屋でラジオをつけて勉強していました。

 けれど、どうにも様子がおかしいのです。

 急にノイズが入ったかと思うと、DJの明るい声ではなくもっと無機質な……合成音声みたいな声の人が話し始めました。


『畠山雄三さん、三好康彦さん、大西和美さん、西村――』


 その人はひたすら人の名前? みたいな言葉を読み上げるだけで、しばらく聞き続けても変わり映えしなくて、そろそろチャンネル変えようかな〜なんて思ったその時でした。

 無機質な声は、こう言ったんです。


『以上、今月選ばれた幸運な皆様でした。ARKのクルーズをお楽しみください』


 この直後にノイズが走って、元の番組に戻りました。

 その日以来、あの番組は聞こえてきません。いったいなんだったのでしょう?

 気になって眠れない日々が続いています。どうかこの謎を解いてください。




   件名:混信

   投稿者:大河内(おおこうち) 靖子(やすこ)




「なんだよ、ただの旅行会社のキャンペーンじゃあねえか」


 先輩は呆れてため息を付いた。

 ここは図書準備室。彼はソファに寝そべって優雅にライトノベルを読んでいる。

 白背景に巨乳美少女がデカデカと描かれた、いかにもって感じの表紙だ。

 これだから男って……という怒りをこらえながら、ぼくは冷静に相槌を打った。


「やっぱり、先輩もそう思いますか」

「そうとしか思えねぇだろ。ARK(エーアールケー)なんて旅行会社は聞いたことがないが、何らかの抽選……そうだな、クルーズってことは船での旅行ツアーか何かに応募して、当選した人間の名前を読み上げてた――そんなトコだろうよ」

「でもそれだと、いつも合わせてたチャンネルで別の番組が流れた説明にはなってません」

「ラジオはアンテナで特定周波数の電波を受信するって原理からして、”混信”は避けられない」

「混信?」

「そうだ。同じ周波数を使った複数の電波が飛び交う場合、互いに干渉して正常な通信が成立しなくなるからだ。電波法で”混信等の防止”が定められているのはそういうことだ」

「ああ、そういえばワイヤレスイヤホンを使ってる時に電子レンジを使うと途切れるって聞いたような」

「それも類似した周波数の電波が近場で使われて起こる干渉だな。無線LANとBluetoothと電子レンジがどれも2.4GHzの電波を使っているから同時使用すると途切れるってワケだ」


 先輩は顎に手を当てながら続けた。


「混信の有名な例は違法無線機器を使ったトラックだ。規格を無視した強力な電波を使うトラック無線の通信が近くを通ると、通信内容がラジオから鮮明に聴こえることがあるらしい」

「はえー」

「他に有名な例を挙げるとすると、北朝鮮の放送は電波が強いから、日本の特定地域で受信できるって聞いたことがあるな。どちらも今回の件と似ていると思わないか?」

「つまり、依頼の件もなんらかの放送――というか旅行会社の抽選発表が混信した、と?」

「それ以外何があるってんだ?」


 先輩がもっともな疑問とともに眉をひそめた。

 ぼくは少し口ごもる。確かにそうだ。先輩の話はしごくまっとうで、正論だろう。

 普通なら、先輩の仮説でみんな納得してこの話題は終了だ。

 

 この件が”普通なら”の話だけど。


 もしかしたらこの話は、ヤバい話かもしれない。

 首を突っ込んだらひどい目にあうかもしれない。そんな予感がしていた。

 だけど先輩なら――彼なら、謎を解いて誰かを助けられるかもしれない。

 根拠のない希望だけを頼りに、ぼくは口を開いた。


「この放送で名前を読み上げられた人たち……失踪しているんです」

「は?」

 

 先輩は目を丸くして、読みかけのライトノベルを床に落とした。



   ☆   ☆   ☆



「畠山雄三、三好康彦、大西和美……メールに書かれた名前にどこか聞き覚えがあるような気がして検索してみたら、みんなここ最近の行方不明者だったんです」


 ぼくは図書準備室の机に新聞の切り抜きやネットニュースの印刷を広げた。

 先輩はまじまじとそれを見つめて言った。


「旅行にでかけて失踪――ってワケじゃあないな。特に怪しい点もなく、急に姿を消したと書かれている。失踪者三名の年齢、性別、住所に共通点も見当たらない……」

「そうなんです。バラバラなんですよ! 何も共通点はないので、彼らの失踪事件を関連付けて調べてる人も当然いませんでした」

「三人を関連付けるのは、今回お前に届いたメールの内容……ひいては、例の”深夜放送”だけ、というわけか」

「はい」


 先輩はボサボサの髪をくしゃくしゃと掻いて、しばし考え込んだ。

 沈黙の後、口を開く。


「これがただのイタズラメールだとしても辻褄はあう。メールの内容は全て嘘で、投稿者が失踪事件をネタにしただけだという可能性は高い」

「かも……しれません」

「なんにせよ、情報が足りない。会ってみるしかないな。メールの差出人、大河内靖子に」


 先輩はすっと立ち上がった。


「放課後なら、まだ校内にいるかもしれない。大河内の部活はわかるか?」

「彼女はバドミントン部ですけど……今は校内にいません」

「は? どういうことだ?」

「大河内さん――体調不良で3日前から休んでいるんです」



   ☆   ☆   ☆



 ぼくと先輩は大河内さんの部屋の前に来ていた。

 彼女は一人暮らしで、学生向けのアパートに部屋を借りている。

 今まで先輩と謎解き活動をしてきたことで、学園中に協力者がいるから住所を割り出すのは楽だった。

 ピンポン、とボタンを押すと、しばらくしてインターホンから彼女の声が返ってきた。


『はい、誰ですか?』


 どことなく生気がない、弱々しい声だった。

 ぼくは答える。


「例のメールをもらった者です。”先輩”も一緒です。お話を伺いに来ました」

『……入ってください』


 しばしの間のあと、ガチャリガチャリと大仰な解錠音が聞こえてからドアが空いた。

 中にはジャージ姿の女子生徒、大河内さんが立っていた。

 頬がこけて、げっそりとしている。メールに書かれていた「眠れない日々が続いている」からだろうか。

 ぼくたちは彼女の姿に躊躇したけど、彼女のほうはどこか安心した様子でぼくたちを中に通した。


「念の為、鍵とチェーン両方してるんです」


 大河内さんはそう説明した。

 中はそれなりに整然としていて、散らかってはいなかった。

 先輩はというと、ジロジロと女の子の部屋を無遠慮に物色していた。

 そしておもむろに勉強机の椅子に座ると、


「コイツか?」


 いきなり本題に入った。先輩の手にはクラシカルなラジオがあった。

 勉強机の上に置かれていたものだ。先輩は最初からコレを探していたのだろう。

 大河内さんは先輩の無礼な態度にも怒らず「はい」とだけ答えた。


「状況を確認しよう。あんたは新月の夜にこの机で勉強していた。ラジオを流しながら、な。そして普段聴いている番組に何らかの別番組が混信して聞こえてきた。ここまでは間違いないな?」

「はい、そのとおりです」

「周波数はイジってないな? 同じチャンネルのまま、別番組が聞こえてきたのは確実か?」

「そう……だと思います。そもそもその時間帯はお気に入りの番組を聴くのが習慣だったので、無意識にチャンネルを変えるなんてこともありえないと思います」

「ふム」


 先輩はラジオをジロジロと睨みながら続けた。


「あんたのメールには三人の名前が書かれていた。例の放送で読み上げられた名前はそれで全部か?」

「いえ」


 大河内さんは首を横に振った。


「もっとたくさんの名前が読み上げられたと思います。でも、その時は特に不審に思っていなかったというか、真面目に聞いていなかったので覚えていた名前があの三人分だったんです」

「なるほどな。それで――大河内さん。あんたはこの三人が失踪していたと知っていたか?」

「っ――!」


 大河内さんはそれを言われてさっと顔が真っ青になった。

 唇を震わせ、答える。


「は、はい……最近知りました。この名前が気になって、検索してみたら……行方不明だって。ネットニュースで見ました」

「失踪したのは前回の新月より後のことだ。あんたの記憶が正しければ、この三人は深夜放送で名前を呼ばれるまでは失踪していなかったことになる」

「そうなります……」

「あんたがここ三日ほど学園を休んでいるのは、このことと関係あるか?」

「……はい」


 大河内さんは深く頷いた。

 それから、彼女は説明し始めた。先月の新月の夜から、今までのことを。


「そのラジオを聴いた後しばらくは、気にしてなかったんです。あなたたちの言う通り単なる電波の”混信”だって思ってました。でも……少しずつ、妙なことが起こり始めたんです」

「妙なこと?」

「はい、誰かにつけられてるというか、見られてるというか……気配を感じ始めたんです」

「それだけなら、ストーカーという可能性もある」


 先輩が口を挟んだ。


「最初は私もそう思いました。あの放送と関係あるなんて思いもしませんでした。でも……”できもの”ができたんです」

「できもの?」

「首の後ろに、起きたら突然できていたんです。触ると硬くて、悪性腫瘍かもしれないと思うと怖かったので病院に行きました」

「どうだったんだ?」

「異物が入り込んでるって言われたんです。簡単な手術で取り出せるからって、日帰りで摘出してもらいました」


 大河内さんは髪をかきあげると、首をみせてきた。

 確かに、小さな手術痕が見える。

 その後、彼女は机の引き出しから小さな”金属片”を取り出した。


「これが摘出された”異物”です」


 先輩はそれを手にとって見た。

 四角形の、銀色の金属片で、細かく回路のような模様が走っている。


「何かの”集積回路(ICチップ)”のように見えるな……よくわからないが」


 先輩はそうコメントした。


「お医者さんもよくわからないって言ってました。でもなんとなく、私はそれが”追跡装置”なんじゃないかって思って」

「追跡装置?」

「見てはいけないもの、聴いてはいけないもの……私が何か知ってはいけないことを知ったんじゃないかって思って……それで、放送のことを思い出したんです。覚えている限り、あの放送で聞いた名前を検索してみたら――」

「失踪していることがわかった、と――そういうことだな。怖くなったあんたは、部屋に引きこもり始めた。それが三日前の出来事、と。話はだいたいわかった」


 ぼくにも腑に落ちた。大河内さんの今の状況が。

 不気味なラジオ放送で名前を読み上げられた人々が失踪していたこと。

 誰かにつけられているような気配がしたこと。

 ICチップのような謎の金属片が首から摘出されたこと。

 学園を休み、扉のチェーンロックまでしていたこと。

 全ての情報が一つに繋がった気がした。

 彼女はこう考えているのだろう。

 「自分は知ってはいけないことを知ってしまい、監視されている」と。

 だけど、だとしたら――。


「俺たちにメールで依頼を出したのは昨日のことだろう? なぜこのタイミングで?」


 先輩がぼくに先んじて、ぼくが今抱いた疑問を口にした。

 そうだ、なぜ、今になってぼくたちに依頼した? なぜこのタイミングで?


「それは……」


 彼女はしばし口ごもる。

 しん、と部屋に沈黙が流れ、そして数分が流れただろうか。

 彼女はゆっくりと口を開いた。


「今夜が新月で、あなたたちに一緒にラジオを聴いて欲しいからです」



    ☆   ☆   ☆



 深夜になった。

 ぼくと先輩は、依然として大河内さんの部屋にとどまっていた。

 コンビニで買ってきた食料で夕食は済ませた。

 大河内さんの言い分はこうだった。


「もしかしたら、私が考えてることってただの被害妄想っていうか……ぜんぶ思い過ごしかもしれないと思うんです」

「どうして、そう思うんだ?」

「放送自体は旅行会社のキャンペーンが混信しただけかもしれませんし、名前だってうろ覚えで、たまたま私が行方不明者の名前と勘違いしてる可能性だってあると思います。誰かに後をつけられてるなんて感覚には根拠がないし、金属片も知らないうちに首に刺さってただけかもしれないじゃないですか」

「そうだな、気づかないうちに骨折していたなんて症例も世の中あるくらいだ。知らないうちに金属片が深く刺さっていても不思議ってほどではないな」

「全部私の思い過ごしかもしれないし、やっぱり私は”知ってはいけないことを知ってしまった”のかもしれない……どっちかわからないこの状況……すごく辛いんです。このまま普通の生活に戻るのって、たぶんストレスっていうか……」

「白黒つけたい。確かめないと気がすまない。そういうわけだな」

「だから誰かに立ち会ってもらいたかったんです。私一人だけじゃなくて、客観的に判断できる人に見届けてほしかったんです」


 それがぼくらに依頼を出した動機だったらしい。

 メールにその真意を詳しく書かなかったのは、メールも監視されているかもしれないと大河内さんが心配したからだろう。結果としてぼくらは彼女のもとへたどり着いた。

 ぼくも先輩も、彼女の意向を尊重することにした。

 彼女の体験や推測が真実かどうかは、ぼくにも先輩にも判断しようがない。

 でも新月の今夜、同じ時間、同じ場所で同じことが起こるかどうか。立ち会ってあげることはできるハズだ。


 彼女は勉強机に座って、ラジオのチャンネルをいつものDJの放送に合わせていた。

 ぼくらも部屋の床に座ってその様子を見守っている。


『こんばんは〜今夜もオレのイチオシの楽曲を紹介していくぜ〜』


 DJの陽気な声が流れ始めた。大河内さんお気に入りの番組が始まった。

 

『まず一曲めはコレ! ×××の新kyok――ブチッ、バリバリッ――ッ――』


 三人に緊張が走った。

 ノイズだ。電波干渉が起きているサインだ。

 彼女の体験談が正しければこのあと……。


『×山○実さん、△川□郎さん、A野B太郎さん――』


 名前が読み上げられ始めた。

 無機質な、合成音声のような声が。淡々と名前を読みあげる。

 それだけだった。本当にそれだけ。

 ブチブチと雑音混じりの放送が続いていた。

 ぼくらは一言も発することができなかった。

 数分が経っただろうか。放送の声は淡々と、しかし確実にそういった。


『――大河内靖子さん。以上、今月選ばれた幸運な皆様でした。ARKのクルーズをお楽しみください』


「ひぃっ……!」


 ガタリと椅子が倒れた。大河内さんが勢いよく立ち上がったのだ。

 彼女はハァハァと息を荒くして、顔を真っ青にして全身を震わせていた。


「お、落ち着いてください大河内さん!」

「離して!」


 彼女はぼくの手を振り払うと、大声で叫んだ。


「やっぱり! 消されるんだ! 私は知ってはいけないことを知った! あなたたちも! もうダメ、全部終わりだ! あはははははははは! あはははははは!!」

「落ち着いて、ぼくたちがついてますから!」

「あひゃひゃひ゛ゃ! あああああああああああああああああああ゛あああああああああああああああああああああああああああ゛あああああああああああああああああああ゛あああああああああああああああ゛ああああああああああああ゛あ!!」


 ぼくと先輩の制止を振り切って、彼女は錯乱状態で部屋の外へ飛び出した。

 アパートから走り去る彼女を追いかけるけど、運動部の脚力に全然ついていけず、暗い新月空の下ですぐに見失ってしまった。


「先輩、そっちは!?」

「ダメだ、くそっ……完全に見失っちまった……なんでって新月なんかに……」


 そう言って先輩は悔しそうに暗い夜空を見上げた。

 その時だった。

 先輩が空を見ながら目を丸くして立ち止まっていた。


「先輩?」

「おい、アレ……」

「え?」


 先輩が指差す方向を見ると、何かが”あった”。

 いや、”なかった”というべきだろうか。

 暗い新月の空といえども、多少は星の光が見えるハズだ。

 だけど先輩の指さした先には、星の光すらなくポッカリと暗い円形の”闇”が広がっていた。


「黒い――月……?」


 ぼくにはそう見えた。だけど先輩は即座に否定する、


「いやもっと低空だ。宇宙空間じゃあない、あれは雲の下――この街の上空を飛んでいるようだ」

「つまり、空飛ぶ円盤(ユーフォー)……!?」

「わからない。どこかの軍のステルス機か……いや、まさか……ARK、ARK……エーアールケー、つまり方舟(はこぶね)……そういういうことだったのか……」


 先輩はなにやらブツブツと呟いていた。

 そして最後に、ポツリとこう漏らした。


「強力な電波発信元が近くを通ると、その電波をラジオが拾ってしまうことがある。トラックの違法無線と同じだ、電波の発信源は……上空のアレだったってことかよ」



   ☆   ☆   ☆



 結局、その夜大河内さんは見つからなかった。

 だけどこの事件は意外な結末を迎えることになる。

 あの放送で名前を読まれてしまった彼女は失踪してしまったのか?

 答えはノーだった。

 翌朝、学園の中で彼女と普通に出会った。


「お……大河内さん……?」

「?」


 ぼくが声をかけると、彼女は怪訝な顔をしてぼくを見た。


「何か用ですか?」

「用って……昨晩は大丈夫だったんですか? 何かされたりはしなかったんですか?」

「何を言っているのか全然わかりませんけど……」


 大河内さんと全然話が噛み合わなかった。

 どうやら、昨晩の記憶が一切ないらしい。

 それどころか、ぼくにメールを出したことすら大河内さんの中では無かったことになっているらしかった。

 噛み合わない押し問答をしているうちに、彼女はしびれを切らして怒り始めてしまった。


「よくわからない話につきあってる暇はないんです。失礼します」


 彼女は踵を返し、去っていった。

 だけどぼくは見逃さなかった。


「できもの……」


 そう。彼女の首の後ろに。ちょうど昨晩、手術痕を見せてくれたあの場所に。

 再び、ぽっこりとした”できもの”ができていることを。

 腫瘍ならば、良性だろうと悪性だろうと再発することは珍しくない。

 でも、アレは異物だったハズだ。今回も同じだとすれば、彼女の首の中には――。

 背筋が寒くなった。ぼくは去ってゆく彼女を追わなかった。


 そうして放課後。ぼくは図書準備室に向かった。

 先輩は、いつもどおりそこにいた。安心してほっと息を吐く。

 ぼくは先輩に、大河内さんに会って話したこと、どうやら昨晩の記憶を失っていることを説明した。

 先輩はあっさりと答える。


「そうか」

「”そうか”って……! 先輩、やっぱり昨晩のはUFOですよ! アブダクションです! 大河内さんも、あの放送で呼ばれた人も宇宙人に誘拐されて金属片を埋め込まれたんです!」

「本当に、そう思うか?」


 先輩が冷静にそう問いかけた。


「どういうことですか?」

心理的防衛機制しんりてきぼうえいきせいかもしれない」

「心理的防衛機制?」

「この金属片を調べてみたが……コイツは本当にただのICチップだった。電子機器の通信制御に使われる汎用チップだ。2.4Ghz帯の無線LANだとかBluetoothだとかを送受信するためのな。スマホやPCといったデバイスに搭載されるありふれたモノでしかない。少なくとも、宇宙人の技術だとか最先端技術だとか、そういう上等なモノでは決してない」


 先輩は机に上に、昨晩大河内さんから受け取った金属片を投げ出した。


「汎用通信チップということは、追跡にも使えるんじゃ……」

「電源がなけりゃ機能しない。チップだけ埋め込んでも無意味だ」


 先輩の正論にぐうの音もでなかった。


「でも、大河内さんはそれが首の”できもの”から出てきたって」

「それはあの女が自分で言っただけだろ? カルテでも見なけりゃコイツが確実に首から摘出されたって証拠はない。そして、俺たちはあの女の家族でもなんでもない。個人情報保護の観点から、病院に行ったとしても手術の情報は確認しようがない」

「肝心の大河内さん自身がこの件を”忘れてしまっている”から今後も絶対に確かめようがない、というわけですか……」

「そうだ。あの女が自分の首に出来た腫瘍を『追跡装置が埋め込まれた』と思い込んでいた……だから腫瘍の手術をした後、汎用チップを入手して『これが自分の首からでてきた』と自分自身に思い込ませた。誰かに追跡されている証拠として自分に納得させるためにな」

「全部、彼女の被害妄想からくる辻褄合わせだったということ……ですか?」

「ああ、そうかもな。やがて昨晩の現象でストレスの限界を超えた彼女は、ストレス源となっていた情報を全て”否認”した。”否認”は心理的防衛機制の一つだ。自分の心を守るために、事実ですら認識しなくなってしまう状態だ」

「大河内さんは記憶喪失になったとか、宇宙人に誘拐されて記憶を消去されたとかではなく……自分から都合の悪い記憶を認識しなくなったということなんですね。それじゃまるで彼女が――」

「精神的に何か異常をきたしたんだろう。誰かにストーカーされているという妄想や、電波にまつわる過剰な不安や恐怖は精神疾患の症状として典型的だからな」


 先輩はさらりとそう断言した。


「だ、だったらぼくに出したメールに書かれていた失踪者の名前は!?」

「それは大河内自身がうろおぼえだったと証言している。失踪者の名前を見てから、自分が聞いた名前と同一視してしまってもおかしくない。何か大きな陰謀に自分が関わっているという根拠になるからな」

「それも……後付けだったということなんですね……。だから、失踪者に共通点なんて何もなかった……。彼ら三人を結びつけるのは、大河内さんの証言だけ……。つまり全てが大河内さんの妄想なら、説明がつく」


 確かに、先輩の言うことは正しいかもしれない。

 この説ならば、前の新月の夜から今日までの彼女の言動には全て説明がつく。

 だけど、最後の疑問は残っている。


「だったら……昨晩のラジオ放送で彼女の名前が呼ばれたのはどう説明するんですか?」

「ラジオの件は、旅行会社のキャンペーンだと推定するとして、だ。大河内の名前が呼ばれたのは、同姓同名の可能性だってあるだろ。そう珍しい名前じゃあない」

「あの夜、上空を飛んでいた黒い円盤は? あれが電波の発信源だって先輩も言ってたじゃないですか!?」

「円盤ってのはお前の思い込みだ。俺たちが観測したのは真下からだから、形状は正確に把握できていない。加えて、新月の暗闇の中では飛行物体は全て黒く見えるはずだ。例えば、新月の暗い夜に気球を真下から見れば黒い円に見えるはずだろ? UFOだとか軍のステルス機だとか言わなくとも、説明がつく。電波の発信源にしても、アパートの上空を飛んでいるからといってあの飛行物体だという保証はない。俺もあの時はそう思い込んでいたが……よく考えると、強い違法電波なんてやろうと思えばどこからでも発信できるからな」

「そんな……全部気のせいとか思い込みだなんて、そんなコト……」


 呆然とするぼくに、先輩は毅然とした態度で告げた。


「あまり思いつめすぎるな。そういう思い込みや、不安と恐怖が大河内の精神を押しつぶしたんだろう。俺たちもこれ以上深入りすると同じようになっちまうかもしれない。この件は、これ以上追求しないほうが良さそうだ」


 それ以上先輩は何も語らなかった。

 そのうち下校時間になって、先輩と別れてぼくは帰宅した。



   ☆   ☆   ☆



 その夜、ぼくは部屋で宿題をしていた。

 日々、オカルト蒐集に熱を上げているといっても勉学も疎かにできない。

 だけどさすがに昨晩から今日までのことがあって、集中できる状況じゃなかった。


「あー、気になるなぁー。なんか、モヤモヤするぅー」


 ぼくはなんとなくPCを立ち上げ、大河内さんから送られた三人の名前をもう一度検索してみた。

 何か手がかりはないものか。その一心だった。

 すると――。


「え……見つかった……?」


 畠山雄三、三好康彦、大西和美。

 三人とも、発見されたとのニュースが目に飛び込んできた。

 彼ら、彼女らに目立った外傷はなく、行方不明中のことは覚えていないと証言しているらしい。

 だけど――気になる文章が目に止まった。

 ほとんどの大手ニュースサイトには記載されていない文面だった。

 個人のニュースサイトだ。独自に情報収集しているから、メジャー紙にはない情報が掲載されることがあって以前からよく利用している。

 もちろん個人が運営しているサイトだから、情報の確度は低いと思う。無批判に信用できるとは思っていない。

 けど、ぼくの脳裏にこの文面がこびりついて、離れなかった。


『発見された畠山雄三さんには、目立った外傷はありませんでした。首の後ろに腫瘍が見つかったそうですが、診察した医師によると良性腫瘍であり、健康上の問題はないとのことです』





   FOLKLORE:混信   END.

ここまでお読みくださりありがとうございました。

本作をお楽しみくださった方はぜひとも、評価をいただけると嬉しいです。


評価はこの下の☆☆☆☆☆を押せばできますので、面白かったという方はポチっていただけると作者のモチベがものすごく上がります。よろしくお願いします!


本作には連載版がありますので、そちらもよろしくおねがいします(下にリンクを貼っておきます)

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ΦOLKLORE:オカルトマニアのぼくっ娘と陰キャオタクな先輩のラブコメホラー
本ホラー短編シリーズをまとめた連載版です。
短編版に加筆修正を加え、連載版オリジナルエピソードも多数挿入しています。
本作を読んで面白かった方は是非お読みください!
― 新着の感想 ―
[一言] 異世界転生かと思ったのに… 裏世界ピクニックとかでもありましたけど、越える為の手順って色々ありすぎて無意識に踏んじゃいそうで怖いですよね
[一言] 色々推察するのが面白いのでこういう意味の分からない曖昧なホラーが個人的に一番好きかもしれません この話で言えば一番の謎であるチップの存在を抜きにしても名前を読み上げる必要性がそもそも不明です…
[良い点] 後味の微妙さ [気になる点] 気になるっ……でも知ったらいけない……。 良いところを突いてきますねw ARK、調べて驚き、【(Noah が大洪水を逃れた)箱舟】。 この微妙にズレた不可解…
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