第六話 異世界の目覚め
異世界の目覚め
カーテンの隙間から入る陽の光を感じながら、眠りから覚める。
瞼を開けると、天蓋が見えた。
え、私のベッドには、天蓋なんてないんだけど……。
一気に目が覚めて現状を確認する。
ベッドの中から白い翼の生えたトカゲが現れた。
「ん、姉様、おはようなの」
「え、え、えええええ!」
「朝からうるさいの!」
トカゲに注意されたことで、ますます混乱がかそくしたが、何とか気を失うことなく、改めて現状を確認する。
まず、ここは、ゴットブレスオンラインのマイルームの屋敷のベッドルームだ。
この白いトカゲは、ミルフィだ。
そうなると、私はユウナとなる。
大丈夫じゃないけど、大丈夫だ。
一応ミルフィに確認をしよう。
「ミルフィだよね?」
「ん、ミルフィなの。姉様、大丈夫?」
「……、うーん、寝ぼけていたみたい」
「そうだったの……」
まだゲームの世界の夢から目覚めていないのだろうか……。
ストレージを開いて、招待状がないかを調べると、昨日はなかった一通の手紙が入っていた。
取り出して中を見てみる。
招待状と違い、長い文章だったので、じっくり読むために、リビングへ移動する。
「ミルフィ、朝食は何が良い?」
「ミルフィは果物が大好きなの!」
リビングのテーブルの上に、ストレージから取り出したフルーツの盛り合わせを載せる。
ミルフィは人型になり、食べ始めた。
「いただきますなの」
「ゆっくり食べるんだよ」
再び手紙を取り出し、ソファーに座って読み始める。
要点をまとめるとこうなった。
まず、ここはゴッドブレスオンラインの世界に限りなく近いが、全く関係のない異世界らしい。
この世界にはステータスやスキルはないが、ユウナのステータスやスキル、ミルフィの能力、私が持っていたアイテムの能力などは、そのままになっているそうだ。
さらに、マーケットには、地球などの品々がいくつも追加されており、私が当面の間、困らないようにもしてくれていると言う。
また、邪神討伐の時に手に入れた経験値は、金銭に買えられ、ストレージに入れてくれたともあった。
最後に、私に招待状と、この二通目の手紙を送った存在についても書かれてあった。
送り主は、高次元生命体と言う、この世界を管理する存在だそうだ。
高次元生命体たちは、地球を含めた知的生命体が住む惑星を管理しているのだが、彼らの目的は、自分たちと同種の存在を生み出すことにあり、戦争起ころうが、世界が危機的な状況になろうが基本的にその世界の知的生命体が選んだ結果であり、滅んだとしても無数にある知的生命体が住む世界の一つが消え去っただけで、あまり気にしない存在でもあると書いてあった。
そんな彼らの中で、流行っていたのが、地球で生み出された数々のゲームで、今回、この異世界の管理人は、ゴッドブレスオンラインの最後の敵である邪神になりきり、私と戦っていたと言うのだ。
そうして、なりきりのロールプレーとは言え、自らを倒した私に興味を強く持ち、招待状を送ったとのことだった。
追加のこの手紙は、いきなり現代地球で暮らしていた私が、見知らぬ土地で暮らすには不自由が多いだろうと、マーケットの商品リストの更新のついでに、届けてくれた手紙だそうだ。
結局のところ、私は異世界に連れてこられただけで、特に使命などもないそうだ。
レイドでの邪神討伐に、私は参加していなかったが、動画を撮っていたプレイヤーがいて、戦闘の様子は確認してあった。
だが、後半戦になると、動画の様子と違う動きをするようになったので、単独討伐専用のプログラムか何かが働いているのだろうと思いながら戦っていた。
この手紙が真実なら、後半戦の動きは、高次元生命体がロールプレーをしていたからということになる。
そもそも高次元生命体と言うのは、神様的な存在なのだろうから、もっといろいろなことができたのだろうが、あくまでロールプレーとして、かなりの手加減をしてくれていたのだろう。
手紙の内容は一応理解した。
まずは、ストレージを確認すると確かに金額が追加されていた。
続けて、マーケットを確認すると、昨日に見たマーケットの内容と大きく変わっており、ネットのショッピングサイトのように、幾つもタブが追加されていた。
衣服はもちろん、ホームセンターやドラッグストアで売っていそうな品々は当然として、昨日も確認できたアニメやゲーム、小説などのコラボ商品も行進され、売り出されていなかった品々まで商品リストに追加されていた。
宇宙戦艦や巨大ロボットなんてどう使えと……。
だが、この状態を現実のこととして認識した方がよいことは、何となくわかった。
とりあえず、私も何か朝食を頂こう。
ミルフィが食べているフルーツの盛り合わせを出して、私も食べ始める。
「姉様、お手紙は何が書かれてあったの?」
「うーん、少し難しい話になるんだけど、ここは、ミルフィや私にとっての異世界らしい」
「え、どういうことなの?」
「邪神を討伐したことで、神様っぽい存在が、ご褒美に異世界に連れてきてくれたって書いてあった」
「じゃあ、ミルフィたちは、あの世界に戻れないの?」
「多分、戻れないけど、この世界は、ミルフィたちの世界とよく似ているらしいから、大丈夫らしいよ」
「うーん、戻れないのは寂しいけど、姉様が一緒なら大丈夫なの……」
「それに神様っぽい存在が、いろいろと用意もしてくれたから、あまり困らないと思う。昨日の乗り物も神様っぽい存在が用意してくれたんだって」
「そうなんだ。なら、少しは安心できるの」
それにしても、地球の私が、いなくなったということなのだろうから、無断欠勤になってしまう……。
戻るに戻れないのだから、どうにもしようがないのは、理解した。
だが、家族には、いろいろと迷惑を掛けてきた自覚はある。
無理を言って、好きな勉強を続けたいがために、大学だけでは物足りず、大学院の修士課程まで進学したのだから、本当に申し訳ない。
両親に恩返しが出来ないのは辛いな……。
ん、もしかして、私が消えたわけじゃない可能性もあるのか……。
この体は、ゲームアバターの体だ。
例えば、身体は地球にあり、精神だけがこちらに来ている可能性もある。
これはこれで迷惑な話だが、精神だけコピーされて、異世界でゲームアバターに入った可能性だってあり得るのだ。
うん、そう考えておこう。
地球の私は、運営会社が新たに運営開始するゲームのテスターになった。
精神だけコピーされた私は、ユウナの姿で、異世界を楽しむ。
無理があるかもしれないが、この状態だって、十分に無理があるのだ。
高次元生命体さんが、上手くやってくれたことを強く願おう。
現状把握は完了した。
混乱気味だった頭も落ち着いて来た。
やることリストでも考えようか。
一番にやることは、周辺探索や村や町などの発見と言いたいところだが、このマイルームの確認から始めなければならない。
あくまでここは、ゲーム内の施設であって、現実世界の施設として使うことが想定されていないのだ。
足りない物があれば、追加しなければならないし、新たな施設が必用なら作らなければならない。
そういうことで、第一は屋敷散策となる。
第二は、個人倉庫とストレージ内の確認と整理だ。
私は、生産プレーも楽しんでいたので、素材アイテムが大量に保管されている。
例えば薬の材料や、金属のインゴットにする前の鉱物たちだ。
これらの加工をして行けば、ある程度の空きスペースができる。
新たにできた空きスペースには、この世界で、必要となる品々を入れて行くつもりだ。
昨日のダンジョンコアや魔石が問題なく入ったのだから、入れる事には問題はないと思っている。
それに、この世界の常識がわからないのだから、何を常に持ち歩くべきかの見当もつかない。
ついでに、ストレージにあるゲーム内マネーの一部も個人倉庫に移しておくつもりだ。
MPをチャージすることで、マーケットを利用することは可能だが、もしもの時に備えてゲーム内マネーは、可能な限り貯めておきたい。
この世界でどんな通貨が使われているのかわからないが、ゲーム内マネーが使われているとは、思えない。
通貨の製造は、基本的に権力者の仕事と、歴史が物語っている。
そんな中で、どこが流通させたかもわからない金銭を大量に持ち歩いていれば、十分に不審者とされてしまう。
とは言え、最低限のゲーム内マネーは持ち歩いておかないと、MPが枯渇している状態で、マーケットを使う必用とする場面が来た時に、使えないのも困る。
ここまでやって、やっと周辺探索となる。
村か街か、どちらにも長所と短所がある。
村では、完全な不審者として捕まる可能性がある。
街なら、そのあたりは何とかなるかもしれないが、常識を知らないことで、おかしな事件などに巻き込まれる可能性がある。
後は、村などから離れた場所に暮らしている人物たちだ。
いきなり襲われる可能性もあるが、ファーストコンタクトさえ、なんとかなれば、簡単な常識を教えてくれるかもしれない。
それに、襲われたとしても、村よりもはるかに少ない人数を相手にするだけになる。
この世界の人が、どれほどの力を持っているのか、わからないが、逃げる事なら何とかなると思いたい。
村外れを第一にして、街を第二、村を第三としよう。
それでは、作業を始めようか。