「良性発作性頭位めまい症」
ああ、やばい。
ぐるりと、目が回った。
このところ、無理してたからなあ…。
「良性発作性頭位めまい症」
中高年の女子によくみられる、めまいなんだってさ。
耳の中の耳石がずれる?剥がれるとバランスがおかしなことになるらしい。
慌てず、騒がず、その場に座り込む。
しばらく待てば、症状も落ち着いて、来るはず。
ぐるん、ぐるん。
出先でこうなると、困っちゃうんだよねえ…。
ウォーキング中にめまいに襲われた私は、ベンチを見つけて、移動する。
ふわり、ふうわり、ぐらぁ…
ヤバイ、5メートルの距離なのに、まっすぐ向かえない。
地球上の、平たんな道が。
まっすぐ歩けなくなる。
あとちょっと、歩けるかな?
「だいじょうぶですか。」
紳士が私に声をかける。
「ああ、すみません、めまいがしたもんですから。」
「それはいけない、早くお座りなさい。」
私の手を取って下さった、紳士の手は。
水かきの付いた、緑色のやや冷たい手。
ああ、しまった、迷い込んだ~!!!
「平衡感覚がなくなると、人の歩けない道に迷いこんじゃうんですよ…。」
「人の体というのはいろいろと不便ですなあ…。」
逢魔が時の、邂逅。ここは時間がない場所。
知らぬもの同士が、言葉を交わす。
「あら珍しい、人間さんですね。」
「どうも、こんばんは?」
「おや、おや、珍しいお客さんだ、どうしたんです。」
「いやめまいがね。」
あっという間に、囲まれた。
「世間は大変ですね、空気がヤバいよ。」
「ずいぶん落ち着いてきたみたいですけどねえ。」
「まあねえ、あなたは落ち着いてるけど。」
「人はいろいろと伝播するから。」
「ホントですねえ、どうしましょうか。」
「なるようにしか、ならないねえ。」
「ですよねえ。」
世間話は尽きないものです。
「そろそろ耳石なおったかな?」
「ああ。私取りましょうか?」
「いいんですか?」
「いいですよ、…はい取れた。」
「じゃあ、変なものもついでにとっとくよ。」
「いいんですか?」
「いいよ、はいとった。」
「ちょっと風、吹かせておくね。」
「いいんですか?」
「いいよ!はい吹いた。」
「ありがとう!!」
ああ、めまいが治った。気分もよくなった。良かったよかった。
「ありがとうございます。」
「「「いえいえ、よかったです。」」」
「じゃあ、私そろそろ失礼するんで、これ皆さんでどうぞ。」
もっさ、もっさり。
私は溜め込んでいた徳を渡した。
「こんなに宜しいんですか!!」
「ええ、持っていても仕方がないんですよ、使わなければ意味がない。」
「わあ!!ありがとう!!」
「ちゃんと使ってね?」
「これで運賃が払える!」
「それは重畳。」
みんなで分け合って、余った分だけ返してもらった。
「さ、いくか。」
立ち上がると、当たりは夕暮れで薄暗くなっていた。
公園内に、人はまばらだ。
めまいの取れた私は、まっすぐ自分の家に向かって歩き出した。