空は怯え、海は慄く
邪悪なる神とその軍勢は、人間界に大いなる戦禍をもたらさんとする。
一方そのころウルリカ様は、魔界に大いなる熱狂をもたらしていた。
「海なのじゃ、海水浴なのじゃーっ!!」
輝く砂浜、踊る波しぶき、照りつける極炎の太陽。魔界の海は魔物達で大賑わい、誰しも海遊びに夢中である。
元々は人間界の文化であった海水浴、それをウルリカ様は魔界へと持ち込んだのである。結果はご覧の通り、流行りすぎて海は大混雑だ。
「わーいなのじゃ、楽しいのじゃー!」
「わーいでございます、楽しいでございますー!」
ウルリカ様は大はしゃぎで、縦横無尽に魔界の海を泳ぎ回る。水着と浮き輪の相乗効果で、可愛らしさ百倍増しだ。
そしてゼーファードも大はしゃぎ、猛烈な勢いでウルリカ様の後ろを泳ぎ回っている。誰がどう見ても変質者だが、ウルリカ様は気にしていないよう。
「いっぱい泳いで気持ちよかったのじゃ、そろそろ陸へあがるのじゃ」
「かしこまりましぶふぉ!」
「なんじゃ!?」
どうしたことかゼーファードは、陸にあがるや砂浜にバタリ。ピクピクと痙攣しているが、辛うじて意識はあるようだ。朦朧としながらも、何事かをブツブツと呟いている。
「おおぉ……やはりウルリカ様の愛らしさは別格、まさに至高の愛らしさでございます。その愛らしさに天は平伏し、地は這いつくばって悶絶するでしょう。加えて本日のウルリカ様は、なんと水着を着用しておられる。くうぅ……悔しいことに私の語彙力では、ウルリカ様の愛らしさを言い表せない。もはやこの世の誰にも、ウルリカ様の愛らしさを言い表すことは出来ないのでしょう。ただひたすらに全身全霊で、愛らしさを感じることしか──」
ゼーファードの様子から察するに、水の滴るウルリカ様を直視してしまい、あまりの魅力に悶絶しているらしい。
「そんな所に寝そべってはダメなのじゃ、日に焼けて真っ黒に……しまったのじゃ、日焼け止めを塗り忘れておったのじゃ!」
「ぐふぅ……はて、日焼け止めでございますか?」
「塗り忘れると地獄に落ちるのじゃ、急いでぬりぬりするのじゃ!」
ウルリカ様は大慌てで、日焼け止めを探し右往左往。だがすでに手遅れなようで、クッキリと日焼け跡が浮き出ている。今さら日焼け止めを塗ったところで、ヒリヒリ地獄からは逃れられないだろう。
「むううっ、日焼け止めが見つからないのじゃ!」
「もしやどこかへ落とされたのでは?」
「仕方ないのじゃ、時空間魔法で召喚するのじゃ……?」
「どうされました?」
「ふーむ、これは……」
ここへきて突然の異変、何やらウルリカ様の様子がおかしい。深く眉間にしわを寄せ、じっと虚空を睨みつけている。
「……時空間魔法を弾かれたのじゃ」
「弾かれるとは、一体どういうことでしょう?」
「魔界と人間界の間に、隔たりのような何かを感じるのじゃ。妾の魔法を拒絶しておるのじゃ、これは……この魔力はガレウスのものじゃな」
日焼け止めを召喚するため、ウルリカ様は時空間魔法を発動。その際に図らずも、邪神ガレウスの仕掛けた障壁に気づいたのである。
「ガレウスといえば、千年前に暴れていた魔物ですね」
「妾の不在をいいことに、人間界で何かしでかすつもりじゃな……」
言葉や振る舞いはいたって静やか、だが明らかに怒っている。
空は分厚い雲で身を隠し、海は激しく波頭を立てる。自然環境すら畏怖するほど、ウルリカ様の怒気は凄まじい。
「これはマズい……そうだウルリカ様、あちらでお菓子を食べましょう!」
「嫌なのじゃ」
大好きなお菓子に見向きもしないほど、ウルリカ様は怒り心頭である。それほどウルリカ様にとって、人間界は大切な場所であるということだろう。
「妾の魔力だけを弾いておるようじゃな、ふーむ……小賢しいのじゃ、強行突破してやろうかの」
「強引な手段を用いられますと、反動で世界を壊しかねません」
「ぐぬぬぅ、面倒じゃな……」
ウルリカ様の強大な力は、世界に多大な影響を与えてしまう。強行突破は極めて危険、とはいえ何もせずにはいられない。
実に悩ましい状況だ、とここでゼーファードが妙案を繰り出す。
「どうかご安心ください、私に考えがあります」
「ふむ?」
「ここは私に、我々にお任せください──」
ここまで読んでいただきありがとうございました、これにて最終章序盤はお終いです!
次回更新は翌々週の予定です、引き続き応援よろしくお願いいたします。
ゆにこーん




