北方事変
「ナターシャが行方不明ですのよ!」
どういう因果であろうか、悪い出来事ほど続くもの。ヴィクトリア女王の消息不明と重なり、ナターシャまで行方不明だという。
五月雨の異常事態発生、とはいえ誰も取り乱したりはしない。国を代表する者の集まりだ、変事に対して百戦錬磨なのである。
「落ちつけシャルロット、まずは情報を整理しよう。一体いつからナターシャは行方不明なのか、なぜ行方不明だと判断したのか教えてくれ」
「えっと……昨日の日没直後に、忽然と姿を消してしまいましたの。伝言や書き置きはなく、姿を消す理由は思い当たりませんの」
「ふむ、なるほど……」
「ナターシャの性格上、誰かに心配をかけるような行動はしないはずですの。ましてや急に姿を消すなんて、とても考えられませんわ。つまりナターシャの意思ではなく、何か別の要因で行方を眩ましたものだと考えましたの」
慌ててはいたものの、シャルロットは努めて冷静だった。ゼノン王の問い対して、分かりやすく答えられている。
だが一方で無理をしていたのだろう、話し終えると同時にバタリと倒れてしまう。体力の限界を超え走ってきたらしく、今や息をするのも精一杯といった様子だ。
「はっ……はっ……」
「大丈夫っす、ゆっくり深呼吸っすよ」
「はぁ……はぁ……。ふぅ、もう大丈夫ですわ……」
「それは何よりっす、そのまま深呼吸を続けるっすよ。ところでシャルロットちゃん、私からも一つ聞きたいっす」
「ええ、どうぞですわ」
「ナターシャちゃんが行方不明ということは、ヨグソードも一緒に行方不明っすね?」
「……そうですわね、ヨグソードも姿を消していますわ」
「ふむふむっす……」
アンナマリアはシャルロットを支えながら、キョロキョロと視線を上下左右へ。何かを探っているような素振りだ、とその時──。
──ズズンッ──。
脳を揺さぶる激しい轟音、天変地異のような衝撃。それは王都ロームルスの住人にとって、何度か経験したことのある衝撃だった。
「これはもしやウルウルの魔法では?」
「分からない……、だけど確かに……ウルリカの魔法と……似た魔力……」
「ならばウルリカは人間界へ戻ってきたのだな!」
魔界と人間界を往来する度に、ウルリカ様は時空間魔法で王都ロームルスを揺らしている。故に王都ロームルスの住人は、先ほどの衝撃をウルリカ様の仕業だと推測した。
ところがその推測を、アンナマリアはあっさりと否定する。
「確かに今の衝撃は時空間魔法の余波っす、でもウルリカの仕業ではないっすよ」
「聞くがアンナマリアよ、なぜウルリカの仕業ではないと言える?」
「ウルリカの魔力は特徴的っす、魔法を使えばすぐに分かるっすよ。でも今はウルリカの魔力を、欠片ほども感じないっす。探っても見つからないっすね、ウルリカはどこにいるっすか?」
「数日前から魔界へ遊びにいっている、そろそろ戻るはずだ」
「……やられたっすね」
ウルリカ様の不在を知るや、アンナマリアは険しく表情を歪める。いつも飄々としているからこそ、この表情には不安を覚えざるを得ない。
「先の衝撃は時空間魔法の余波っす、そして時空間魔法は私とウルリカしか使えないっす。その上でウルリカは不在、ということで時空間魔法の発生源は私っすね」
「何を言っている? アンナマリアは魔法を使っていないだろう?」
「正確に言うと、魔法の発生源は神器ヨグソードっす。あれは私の魔力を吸った、時空間魔法の塊みたいな剣っす」
「ヨグソードに宿った……魔力で……、誰かが……時空間魔法を……発動させた……?」
「そういうことっす、魔力は……遠く北方から感じるっす、恐らくはアルキア王国っすね」
アンナマリアの口調は重い、それほど深刻な事態なのであろう。とはいえ現実から目を背けたりはせず、頭を抱えながらも考えを述べ続ける。
「はぁ……ここからは私の推測だと思って聞いてほしいっす。ヴィクトリアちゃんとナターシャちゃんは、ガレウス邪教団に攫われたものだと思うっす。そして恐らくガレウス邪教団は、アルキア王国を拠点に活動しているっす」
「あの大国を拠点にするなんて、信じられないわ……」
「ヴィクトリアちゃんを攫った目的は分からないっす。でもナターシャちゃんの方は明確っす、目的はヨグソードっすね」
「残念ながらアルテミア様、その推測は正しく思われます。聞く限り筋は通っていました、だがなぜ今……そうか、ウルウルの不在を狙われたのか!」
「人間界と魔界の全戦力を足しても、ウルリカ単体に及ばないはずっす。つまりガレウスとって最大の障害はウルリカっす、不在と知れば行動を起こして当然っすね」
ガレウス邪教団の動きは、実に巧妙かつ素早いものだ。翻って人類側としては、先手を許してしまった形である。
「時空間魔法を……ガレウス邪教団に……使われた……、まさか……邪神ガレウスは……復活した……?」
「それは分からないっす、いずれにせよ放置は出来ないっすね」
「軍事演習のつもりだったが、このまま全面戦争に突入するかもしれんな……」
「かも、ではなく戦争になるっすよ。ともかく最悪を想定しておくべきっす、杞憂に終わればそれまでっす」
不幸中の幸いは、ロムルス王国、南ディナール王国、アルテミア正教国の戦力が集まっていることだ。
ここにきて同盟を組んでいたこと、合同軍事演習を計画していたことが功を奏したといえよう。
「アルフレッドは急ぎ戦闘準備を整えろ、アンナマリアとエリッサ王女も協力してくれ」
「もちろんっすよ!」
「ええ、尽力するわ!」
「クリスティーナとエリザベスはアルフレッドの補佐だ、連携と役割分担を怠るなよ。シャルロットも……いや待て、シャルロットはロームルス学園に戻ってもらおう」
「なっ!?」
少しでも人手は欲しい状況だろうに、ゼノン王はシャルロットの協力を必要としていないのだろうか。
シャルロットは困惑しつつも怒り心頭、声を荒げて猛抗議である。
「ワタクシを子供扱いしないでっ、ワタクシだって力になりますわ!」
「落ちつけ、お前を子供扱いしているのではない」
「だったらなぜ!?」
「可能性は低いかもしれんが、ナターシャが戻ってきた場合を想定しておきたい。その場合は適切にナターシャを、そしてヨグソードを保護しなければならないだろう」
「……」
「それからもう一つ、魔界から戻ってくるウルリカに状況を説明せねばならん。どちらも重要な役割、だからこそお前に任せたい」
「……分かりましたわ」
理由を告げるやゼノン王は、バタバタと会議室を後にする。
果たしてシャルロットは納得したのだろうか、どこか複雑な表情で父の背中を見送るのであった。




