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黒竜の逆鱗

 ワイバーンの群れを撃退したエリザベスとロアーナ要塞の兵士達。しかし、黒いローブを纏った男達の襲撃によって、再び窮地に陥っていた。


「「「「「紫炎魔法、デスブレイス!」」」」


 ワイバーンの死体が空を飛び交い、紫色の火球が雨のように降り注ぐ。

 要塞内部の指令室では、エリザベスとスカーレット、そしてカイウスの三人が戦況に頭を悩ませていた。


「要塞上部は炎に包まれています、弓兵の展開は難しいですね」


「大砲も投石機も炎でダメになってしまったわ、どうすればいいのよ……」


「このままではジリ貧だな……仕方ない!」


 エリザベスはバンッと机を叩くと、意を決したように立ちあがる。


「ロアーナ要塞を放棄する、残っている兵士を避難させるぞ」


「それは……致し方ありませんね。しかしエリザベス様、要塞から出れば空から狙い撃ちにされてしまいます」


「それは分かっている、だから私が囮になる」


「なるほどエリザベス様が囮に……って、へえぇっ!?」


 かつてないほど奇妙な声をあげるカイウス、しかしそれも無理のないことだろう。なにしろ王族であるエリザベス自ら囮になると言うのである。

 スカーレットとカイウスは大慌てでエリザベスを止めにかかる。


「ちょっとエリザベス様! 冗談は止めてくださいよ!」


「囮でしたら私にお任せください、エリザベス様は避難を──」


「私は王族であり聖騎士筆頭でもあるのだ! ロムルス王国に生きる民を守らなければならない!」


「でも……でも!」


「心配するなスカーレットよ、私はこんなところで死ぬつもりはないぞ!」


 そう言ってニッコリと笑ったエリザベスは、指令室から出ていこうとする。とその時──。


「グルオォォーッ!!」


 突如として鳴り響く咆哮。ロアーナ要塞全体が揺れ動くほどの、耳を引き裂く大音量である。

 慌てて窓から身を乗り出したエリザベスは、驚きのあまりギョッと目を見開く。


「なっ、あれは一体……!?」


 鈍く輝く漆黒のうろこ、ギラリと光る鋭い爪と牙、そして見る者を圧倒する超巨体。規格外に巨大なドラゴンが姿を現したのである


「グルルルル……サテ、ウルリカ様ノ言ッテイタ人間ハドコダ?」


 現れたドラゴンは、長い首をエリザベスの方へと向ける。


「ソコノオ前、サテハ人間ダナ?」


「はっ? ドラゴンが喋った!?」


「質問ヲシテイルノハ我ダ、オ前ハウルリカ様ノ知リ合イカ?」


「あ、あぁ……私とウルリカは知り合いだ」


「ソウカソウカ! グハハハハハッ!」


 どうにか質問には答えたものの、エリザベスはすっかり混乱状態である。そもそもドラゴンとは喋るような生き物ではないのだ。


「お前はドラゴンなのか? ウルリカの知り合いなのか?」


「ソウイエバ名乗ッテイナカッタナ! 我ノ名ハドラルグ・ドラニアクロス、ウルリカ様ニオ仕エスル魔界ノ大公爵デアル!」


「大公爵? ということはジュウベエ殿のお仲間か?」


「グルル? オイ人間ヨ、ナゼジュウベエノコトヲ知ッテイル?」


「ジュウベエ殿は私達の師匠だ、剣術の稽古をつけてもらったことがある」


「グハハハハッ、コレハ愉快ダ! ジュウベエノヤツメ、人間界ニ弟子ヲ作ッテイタノカ!」


 一体なにがそんなに面白いのやら、両手を叩いて大爆笑のドラルグ。威圧感のある見た目とは対照的に、ずいぶんと愉快な仕草だ。

 すっかり上機嫌なドラルグだったが、不意に横やりを入れられてしまう。


「あのドラゴンを見ろ、タイラントドラゴンよりも大きいぞ!」


「珍しいドラゴンだ、喋るドラゴンなんて見たことない!」


 ドラルグはグルリと首を後ろに回すと、黒装束の集団を睨みつける。先程までの愉快な雰囲気はどこへやら、見た目通りの凄まじい迫力である。


「グルルゥ、セッカク愉快ナ気分デオッタノニ……ナルホドサテハ、ウルリカ様ノ楽シミヲ奪ッタ連中トハ貴様等ノコトダナ?」


「ははっ、わけの分からないことを言ってるぞ!」


「気にするな、それよりドラゴンを捕獲するぞ! エゼルレッド様への貢物にするのだ!」


「我ヲ捕獲スル? ズイブント命知ラズナ連中ダ……」


 ただでさえ不機嫌なドラルグは、首を失ったまま飛び続けるワイバーンを見て、より一層不機嫌さを増していく。


「トコロデ貴様等ノ乗ッテイル生キ物ハワイバーンダナ? スデニ首ヲ落トサレ死ンデイルヨウダガ、ナゼ飛ビ続ケテイルノダ?」


「ハハハッ、このワイバーンにはアンデット化の薬を投与してあるのだ! 首を落とそうとも蘇り、我々の命令に従い続けるのだ!」


「アンデット化ノ薬ダト……?」


「ハハハハハッ! お前にもたっぷりと投与してやるぞ!」


 不気味な高笑いをあげる黒装束の男、同時に黒装束の集団から膨大な魔力が溢れ出す。溢れ出た魔力は紫色の炎となり、空中に巨大な火球を作り出す。


「「「「「紫炎魔法、デスフレア──」」」」」


 そして放たれる紫色の火球、しかし──。


「ゴゴゴオォォーッ!!」


 まさに天変地異のような咆哮。なんとドラルグは咆哮一発で、襲いくる火球を吹き消してしまったのである。

 ここにきてようやく黒装束の集団は、ドラルグの放つ強大な殺気に恐れ慄く。


「ひっ……ひぃっ!?」


「貴様等……ウルリカ様ノ楽シミヲ奪ウダケデナク、我ガ同胞タル竜族ヲアンデットニ……、許サンゾ!!」


「おいっ、ヤバいぞ!」


「逃げろ! 逃げろーっ!」


 慌てて逃げ出そうとする黒装束の集団。しかし時すでに遅く、ドラルグの口からバチバチと黒い閃光が迸る。


「ゴロロ……ゴロロオォーッ!!」


 轟音とともに放たれたブレス、それは並のドラゴンのものとは次元が違った。

 放たれたブレスは漆黒の雷と化し縦横無尽に迸る。その衝撃は凄まじく、空を覆っていた雲を吹き飛ばしてしまうほどだ。


「ゴロロロッ! ゴロロロロッ!!」


「ぎゃぁ──」


「うあぁ──」


 黒装束の集団は瞬く間に塵と化していく。悲鳴をあげる間すらない、一瞬の出来事だ。

 雷に飲まれたワイバーンも、次々とこの世から姿を消していく。いかに強力な再生能力を持っていようとも、塵一つ残らなければ再生のしようがない。


「グルルゥ……口ホドニモナイ連中ダ……」


 残ったのは雲一つない空と、黒き竜の姿だけである。すっかり晴れ渡ったロアーナの空に、勝利の咆哮が響き渡る。


「グルオォォーッ!」


 こうして、ロアーナ要塞を襲った邪悪なる存在は、黒竜の逆鱗に触れ一掃されたのであった。

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