1. 三十歳の誕生日の朝
――男は三十歳まで童貞でいると、魔法使いになれる
随分昔の話だが、ネット上でこんな噂が冗談めかして拡散していた事を知っているだろうか?
「う、うーん……」
北川佳祐は目覚めた。
時計を見ると、八時過ぎ。
外は晴れているようだ。
今日は佳祐の三十回目の誕生日。
目が覚めて、布団の中で少し寝返りを打った時、妙な違和感を覚える。
「ん? 何? これ……」
なにやら胸の周りが重い感じがする。
腕を曲げて触ってみると、妙に胸がプニプニとして柔らかい……?
「え? ええええ!?」
佳祐はガバッと起き上がり、自分の胸を見下ろしてみると、寝巻き代わりに着ていたTシャツの胸が前に大きく突き出している。
――こ、これがオレの……胸? と言うか、これはおっぱい……だよな……。
佳祐は三十歳になる今日まで童貞だった。
だから物心付いてから本物の女性の胸を見た記憶は残念ながらない。
もちろん、母親の胸なら見たことはあるだろうが、記憶の彼方――覚えているわけがなかった。
そんな童貞男子だから自分の胸とは言え、おっぱいに俄然興味が湧いてきた。
――ちょっと触ってみるか……。じ、自分のだし……。
まず膨らみの下から持ち上げるように自分のおっぱいを両手で支えるように持ち上げてみた。
――おぉ、意外に重みがあるな……。
自分の身体を触ってるとは言え、想像以上におっぱいは柔らかく不思議な気持ちになってきてた。
「うーん……、ちょっと……、変な気分……」
何故自分の胸が膨らんでいるのかということに考えつく前に、もっと別のことが気になりはじめた。
――身体が女の子になってる……? それなら下の方は、ど、どうなってんだろ……
半ば当然のごとく、そこに興味を持ってしまった佳祐は、自分の下着の中に恐る恐る手を伸ばしてみる。
自分のパンツの中に手を突っ込むことにこんなに抵抗を感じたのは生まれて初めての経験だった。
寝間着替りにしているハーフパンツのゴムと下着とで立ちはだかる二重の城壁を突破した時――。
――バーン!!
突然、部屋のドアが開け放たれ、見慣れない男性が二人そこに立っていた。
――――――――――――
「誕生日おめでとう」
「誕生日おめでとう、お兄ちゃん」
「おめでとう、佳祐」
小さい頃は誕生日が来るのが嬉しくて、前の日から何が貰えるのか楽しみで眠れなかった。
ケーキ……
プレゼント……
誕生日前夜、翌日に三十歳の誕生日を迎える佳祐は、もう誕生日なんて来なければいいとベッドの中で鬱々としていた。
この約三十年、振り返ってみるとほんの一瞬の事だったが、時間として考えれば随分と長い。
「三十年も時間があったのに、どうしてオレはまだ童貞なんだ……」
今年は西暦で言うと二二五二年。
生まれた年は二二二二年だ。当時は数字の二が並ぶので縁起が良いと世界中で祭りになっていた。
幸か不幸か、佳祐は二月二十二日生まれのため、『アルティメット・ミレニアム・ベイビー』などと、珍妙な呼び方をされたりした。
佳祐は周囲からとても祝福されたと、これまでに何度も聞かされたし、両親や産婦人科の医師、看護師たちが派手に祝ってくれている出産祝いのビデオを何度も見せられたこともあった。
それらは全て昔の事。
これまで一人として彼女が出来ることも無く、残念で寂しい青春時代を過ごし、佳祐の三十年という長い時間はエッチな動画と妄想で支えられていた。
――そして、佳祐の部屋に入ってきた男たちが強い命令口調で言った。
「北川佳祐君。我々は少子化担当省の者だ。今から君を強制連行する。分かっていると思うが君に拒否権はない。直ぐに着替え給え!」
長編・連載ものをここでアップするのは初めてです。
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