♯4
「志野の母親、母さんだった。」
放課後の音楽室。
弾くわけでもなく、ピアノの蓋を机代わりにして、突っ伏していた。
あの時と同じ状況。
偶々私が音楽室を通りかかったら、桧山が居たのだ。
放っておいたら、壊れてしまいそうで…
放って置けなかった。
今回の一連の真相、つまりは、桧山はつゆりから母親のことを聞き、つるむようになったらしい。
母に会いたいか、と聞かれ、言いなりになっていたが、結局会うことはできてない、と言う。
「よく考えたらさ、今更会いに行っても迷惑だったよね…。」
と、泣きそうなのを我慢している様子だった。
「…久しぶりに弾こうか?」
そう提案すると、桧山は体の向きを変えピアノに背を向けた。
これはいつも、私が桧山に弾く時の体制。私が弾いて、桧山は背中合わせに座る。
そうすると私が弾いているところが見えないから、母親のピアノと重ねられるのだ。
けど、そんなの絶対出来ないし、やっぱり私のと母親のとは違うって、桧山が1番よく分かってると思う。
〜〜♪
「練習したの?」
後ろを向きながら、桧山は言った。
「してないよ。…あのさ、優雨はまだ私の事好きだったりする?」
「…うん、好きだよ。…心珀は?」
「…嫌い。」
「そか。」
〜〜♪
「…そ。」
「何?」
「…嘘。ずっと好きだ…バカ。」
「…ありがと。」
「優雨は弾かないの?」
「俺は…弾けないの知ってるでしょ?」
初めて会った時から、桧山がフルで一曲弾ききったことはなかった。
それは、ピアノを弾くと…思い出すから。お母さんの事を。
「指…動かない?…今も?」
…
〜〜♪
〜〜♪
私の音に桧山の音が合わさった。
「弾けるじゃん。」
「心珀と一緒だからかな…。」
〜〜♪
〜♪
「ずっと…」
「?」
「って言ったよね?…別れてから、…ずっと?」
「そうだけど…。」
「俺も…あの後結局、母さんも心珀もいなくなって、逆にダメになってった。高校も、心珀がここ受けるって聞いてついてきた。」
「え…。」
桧山が演奏を止めた。続いて私も弾くのをやめる。
桧山は、泣いていた。
「何時もの?」
「ごめ…大丈夫…だから…」
訳もなく涙が出る。
桧山は中学生の時からそんな風になる時があった。
そんな時はしばらく黙って抱きしめてあげる。
私しか知らない事。
周りの取り巻き達は、桧山の弱いところを一切知らない。
本当は、まだ心が癒えてないから。
ずっと、苦しんでる。
「涙、止まらない?」
「もう少し…」
特にって理由は無いんだ。
けど、訳もなく悲しい…そんな感情になってしまうらしい。
いつからなんだろう。
私と出会う前はどうしてたのか…別れた後は?…
「ごめんね…こはく…。迷惑かけて。」
「私にはかけてもいいよ。じゃないと優雨…なんでもない。…迷惑なんて思ってないから、いつでも頼って…。」
「ありがと。」
涙を袖でぬぐいながら、そう言って笑顔を見せた。
順番的には、♯2の前の時間設定になります(汗)
ややこしくてすみませんm(_ _)m