099 ランチ会議
電話を手にした姫井がトコトコと寄ってくる。
「特製にぎりの竹を八人前お願いします。……はい……はい……五つはワサビ抜きで。……シャリの量なのですが、ワサビ入りの一人前以外は、少なめでお願いします。十二時前には取りに行きます」
わざと周囲にも聞こえるように大声で伝えてから電話を切った。
「須田くん、頼みたいことがあります。近所の寿司屋にテイクアウトを注文したので、お昼休み前に取りに行ってください。これは会社の財布です。領収証を忘れずに」
「了解です」
特製にぎり、というキーワードに他の社員たちの表情も華やいだ。
ガイドブックに掲載されたこともある寿司屋で、俺も何回か食べにいったことがある。
いつも社長の奢りだったので自慢できる話ではないのだが……。
「どうしたんだよ。にぎり寿司なんてさ。珍しいじゃねえか」
神宮寺が仕事の手を止めながらいう。
「幼コレのダウンロード数が700万を超えそうなのです。その前祝いなのです。あとランチ会議をするので、社員の皆さまは強制参加なのです」
姫井はニコリともせずにいうが、その声は少し嬉しそうだ。
俺は午前の仕事をキリのいいところで切り上げてから、寿司を取りにいくため席を外した。
すると社長もエレベーターに体を滑り込ませてくる。
「お寿司でしょ。私が持つのを手伝ってあげるよ」
右腕でガッツポーズをとりながらいう。
社長のひ弱さを知っている俺としては曖昧な返事をするしかない。
「幼コレの700万ダウンロードということは、また節目のご褒美を買うのですか?」
「それね。まだ未定なんだよ」
前回の600万ダウンロードの時が神田エリアへの引っ越しだった。
俺はそこに便乗させてもらうことを決断し、社長との同棲をスタートさせたことで、公私にわたりサポートしている。
「だったら700万の記念は俺に用意させてくれないですかね?」
「マサくんがプレゼントしてくれるの?」
「いつもお世話になっているので……」
「わ〜い!」
社長は子どものようにバンザイしてから純度100%の笑顔を向けてくる。
「社長の頑張りは俺もよく知っているので。少しは報いたいのです」
あなたは特別ですから。
そういう気持ちを込めて頭をポンポンしてあげる。
「だったら……」
エレベーターが地上階に到着すると、社長は嬉しさを体現するようにぴょんとジャンプしながら降りる。
「ペアリングにしようよ。同じデザインで色違いのやつ。私はピンクゴールドでさ。マサくんはシルバーが似合うかな。私の指はまだ成長するから。数年後のサイズ直しに必要な費用を店員さんに質問してみようよ」
左手を立てながらいう。
「別にいいですが……」
「お揃いのアイテムっていいよね」
ペアリングは半永久的に残るものなので、記念の品としては悪くない選択といえよう。
しかし俺は素直に頷くことができない。
「社長って注目されているじゃないですか。マスコミ関係者とかから。指輪をつけていると騒がれないですかね」
「もう! 水臭いなあ!」
社長がぎゅっと抱きついてくる。
こういう過激な愛情表現だって、いつ誰が見ているかと思うと気が気でない。
「隠そうとするから後ろめたい気持ちになるんだよ。自然体でいいんだよ」
「……ですかね」
社長は俺をリードするように歩くペースを上げた。
「いつも決断が早いですよね。社長は滅多に迷わないので羨ましいです」
「そんなことはないけどな。今日のにぎり寿司だって、松竹梅のどれにするのか、ギリギリまで迷ったよ。けっきょく真ん中の竹に落ち着いちゃうんだよね。とても平凡な選択なんだけれども。私には安全そうな方へ流れちゃう習性があるんだよ」
寿司屋に到着した俺たちは予約の名前を告げた。
まだ十二時前というのに、店内の席はほぼ埋まっている。
「領収証はいかがしますか?」
「お願いします」
『瀬古いのりは守りの人』
お会計を済ませながら、週刊誌に載っていたアナリストの一言を思い出す。
「うちの会社ってずっと人手不足じゃないですか? そろそろ社員を増やしたりしないのですか?」
俺は軽い方の袋……醤油や割り箸や赤だしの素が入っている方を社長へ差し出した。
「それね……」
花弁のような唇から淡いため息が漏れる。
「どの会社も幼女人材が不足しているから。いまは幼TEC同士の争奪戦。うちの仕事を手伝ってくれているフリーランスのエンジニアに声をかけたのだけれども……」
「断られたと?」
社長はコクリと頷いた。
「親御さんの介護があるから。フルタイムで働くのは厳しいってさ。とはいえ人材採用のエージェントを頼るのもね。姫ちゃんいわく、コスパが悪いってさ」
そういう背景もありこの一年で一人も社員を増やしていない。
ビジネス規模を拡大できているのは、神宮寺や姫井が努力しているのと、外注先に頼っているからだ。
「人とお金を集めるのも社長の仕事なんだよ。そういう意味だと私は落第だよね。お金なんてジャブジャブ余っているから」
「あれ? 手元にお金があるとダメなのですか?」
「うん、一般論でいうとね」
社長は形のいい眉をしかめる。
「次のビジネスに投資するのがお約束だよ。でも私たちのビジネスってさ、いつお客から見限られるか分からないから。たとえ売上がゼロになっても、三年とか五年くらいは給料を払えるくらいの余裕が欲しいんだよ。銀行の担当者からすると噴飯モノの話かもだけれども」
俺はオフィスに戻ると先輩たちの席へお寿司を配膳していった。
お湯は姫井が沸かしてくれており、出汁の豊かな香りがすぐに立ちのぼる。
「説明は姫ちゃんから。みんなの画面を奪っちゃって」
社長が指示を与えると、個々人のPCに姫井からの画面共有リクエストが送られてくる。
「それではランチ会議を始めます。お寿司を食べながら聞いてください。ちなみに今日は『志摩だ』の特製にぎり・竹です」
まずは会社の売上と営業利益から。
月次データをグラフ化すると、鋭角的なカーブを描いて成長している。
「幼コレの大ヒットのお陰でバラ色の一年間を送れました。その他のサービスについても堅実に伸びています。大車輪の活躍をしてくれた神宮寺さんをはじめ、社員の皆々さまに感謝いたします」
姫井は抑揚のない声でいうが、ブース席にいる社長は楽しそうだ。
「続いてこの先一年の予測です。幼コレについてはベンチマークにしている他社製タイトルの平均値で算出しました。概算とはいえ、サンプル数十五ですので、大きく外れることはないと考えていますが……」
ジリジリとした右肩下がり……つまり減収減益の予想となっている。
二年目は苦戦すると考えているようだ。
「一番詳しい神宮寺さん、この辺りの予想をどのようにお考えでしょうか?」
「少し悲観的すぎる気もするが……こんなもんなんじゃねえの。ソーシャルゲームの開発期間って一年ちょっとだから。幼女向けを意識したタイトルのリリースが控えているしね。幼コレ人気は続いたとしても、売上はすでに頭打ちか横ばい、ピークアウトしているでしょ」
開発の責任者はあっさりと減収予想を認めた。
「なあ、いのり。前年度比でマイナス成長になったら、うちの会社としては初だけれど、その辺りについての意見は?」
「別にいいよ。何なら赤字でも。他の幼TECなんか赤字のところばかりだしさ」
神宮寺の問いに対して、社長は即答する。
「社長からはご寛大な言葉をいただきましたが、現場としてはプラス成長を目指すべきだと、僕自身は考えています。そこで神宮寺さんには幼コレの減収を穴埋めできるような新規ビジネスを立ち上げてほしいです」
「ちょっと待て……」
神宮寺は食べかけのにぎりを飲み下してから、胸元をポンポンする。
「質問が三つあるぞ。現場っていったな? おい、ゆり姫。お前自身は現場に入るのかよ?」
「僕は経営サイドの人間ですので。現場とは神宮寺さん以下のスタッフ全員を指します」
「そうかよ。あと新規ビジネス。ゆり姫はノープランという認識でいいのか?」
「そうです。僕の脳内には月並みなプランしか存在しません」
降って湧いたような険悪ムード。
どの先輩たちも食事の手を休めている。
「神宮寺さんには秀逸なプランを要求します」
「随分と簡単にいってくれるよな」
「期待の裏返しですから」
「……まあ、いいや」
神宮寺はマイクのスイッチをオフにしてから、
「自分ができもしない仕事を平気で押し付けてきやがって」
と苦々しそうにこぼした。
「それで三つ目の質問は何でしょうか?」
スピーカーの向こうの姫井が催促してくる。
「人手だよ。頭数を増やすという話。いまは幼コレの作業が忙しいから、私だって、加賀ちゃんだって、須田ちゃんだって、新しいプランを練る余裕なんかないぞ。……この前、ゆり姫が紹介してくれた会社。正直、技術力が微妙すぎるから。社員がボロボロ辞めていくし、安心して仕事を任せられないんだよ。……外注先に頼るのもいいけれど、経営サイドを自称するなら、いい人材を引っ張ってくるなり、手元のビジネスを減らすなり、そこら辺の展望を聞かせてくれないか?」
これは社内でも何回と議論してきたことなので『人を増やす』という大まかな方向性は出ているものの、解決策はまだ見つかっていない。
「人が増える。そうしたらビジネスの幅も広がる。神宮寺さんがおっしゃりたいのはそういうことですね」
「人が増えないのにビジネスの幅を広げたら地獄だからな」
「いいでしょう。その質問にお答えします」
姫井は手元のマウスを操作して一枚の表を立ち上げた。
「神宮寺さんのご期待に添えるような技術者集団をリストアップしました。この中のどこかと新たに手を結びます」
ずらりと並んだ社名。
それに対するSABCの四段階評価。
ほとんどがB評価かC評価で姫井の期待の低さがうかがえる。
その中にたった一社だけ。
『カノープス・システムズ(社員数七十名)……S評価』
最高ランクの社名が堂々と輝いていた。




