094 涙のジェスチャー
「ちょっと! そこの君!」
成人女性の警察官が人混みの向こうからやってきて、龍造寺の頭からつま先を舐めるように見つめた。
「さっき刀を抜きましたよね?」
わざと周囲にも聞こえる声で詰問してくる。
これは職質というやつだろう。
リーダーのピンチを受けてカノープス社員たちが動揺する。
俺はチラリと流川を観察した。
この社長なら上手に切り抜けてしまうんじゃないかという予感がしたからだ。
「……」
流川のアクションは無言の一手。
その代わり手のジェスチャーで龍造寺に何かを伝えている。
『一切』
『余計なことは』
『しゃべらないように』
そういう指示を出した……ような気がする。
「その刀を調べさせてもらってもいいかな?」
龍造寺はヤダヤダと首を振りながら模擬刀を抱きしめる。
さっきとは別人みたいで微笑ましい。
「見せなさい。すぐに終わるから」
確か軽犯罪法で定められていた気がする。
刀剣・鉄棒・木刀のようなもの。
これを身体に危害を加える方法で振り回してはならない。
公衆に対して不安を覚えさせるような方法で携帯してはならない。
もちろん正当な理由があれば話は別なのだが……。
「困ったね。黙秘すれば見逃してくれる? そういう甘い考えなのかな?」
警察官はうんざりしたように首を振る。
周囲にはどんどん野次馬が集まってきた。
まるで撒き餌に群がってくる魚群のように次から次へと。
その時、流川が次のジェスチャーをした。
下まぶたを指でこする仕草。
まさかこれは……。
龍造寺の白い顔がみるみる紅潮し始める。
その瞳には涙の膜がつくられる。
「びぃえぇぇぇぇん〜!」
ギャン泣きする赤ちゃんのように大声で泣き出したのだ。
「……えっ⁉︎」
泡を食らう警察官。
ボロボロと落ちてくる涙の雫。
あ〜あ。
泣かしちゃった……。
そのような空気が渋谷のど真ん中に生まれた。
「どうしたの? どこか調子が悪いの?」
警察官はとたんに優しい一面を見せた。
「……ひっぐ……うぇっ……っ……びぃえぇぇぇぇん〜!」
龍造寺は追い打ちをかけるように声のボリュームを上げる。
「どうしよう? 病院へ連れて行った方がいいのかな?」
満を持して動き出したのは流川であった。
号泣している龍造寺の頭をナデナデしてあげる。
「よ〜しよし。怖かったんだね。お姉ちゃんといれば安心だからね」
「……あぅ」
「この人はお巡りさんですよ。悪い人じゃないからね」
「……ぅう」
白髪ストレートをぎゅっと抱きしめてあげた。
ジャケットの胸元に涙の染みを残す龍造寺はちょっと嬉しそう。
「すみません、お巡りさん。彼女は心身に複雑な問題を抱えた幼女でして……」
「……そうでしたか。お気の毒に」
気まずそうにする警察官。
『不幸にも警察を詐称する人間に騙されて……』というフレーズが聞こえたような気がした。
「彼女のような被害者を増やさないためにも我々は活動しているのです。身内に聞かれたくない情報もありますので、あちらで会話させてもらってもいいですか?」
「ええ、はい……」
完全に流川ペースになったといえよう。
やりとりを終えた流川は三分くらいで戻ってきた。
少しだけ勝ち誇った表情で見逃してもらえたことを伝えた。
「口頭注意で勘弁してもらったよ。龍造寺くん、次からは気をつけてくれたまえ。ケースに入れて持ち運びするとかさ。能ある鷹は爪を隠すというだろう。君は目立ちすぎるのだよ」
「うっす! 了解っす!」
龍造寺は威勢のいい返事をする。
もちろん涙の跡はとっくに乾いている。
「流川さん、マジカッケェ。嘘をつくのが半端なく上手いっすね。時代が時代なら一国一城の主を狙えますよ」
「嘘をついたわけではないよ。表現の問題なのだよ。真実を別の言葉に置き換えただけさ」
「惚れました。一生流川さんについていきます。何なら私と結婚してくださいよ」
「結婚? 急性だよね。前向きに検討してみるけれども……」
流川がサイドテールを揺らしながら笑う。
「現行の法律だと幼女同士の結婚は認められないからね。それを変えるためにも我々は活動している。みんなも自分の使命だと思って幼女の権利を守る会の活動に協力してくれたまえ」
何があっても部下を守る。
それがリーダーの務めだから。
流川のカリスマ性の一端を見せられた気がした。
隣にいる神宮寺が、ちょんちょん、と肘でついてくる。
「見てみなよ、須田ちゃん。やつの泣き顔をムービーで記録してやったぜぃ」
神宮寺の指がスマートフォンの再生ボタンを押すと『びぃえぇぇぇぇん〜!』という号泣シーンが流れ始めた。
最初から狙っていたな、この人は。
「ちょっと神宮寺さん。人の泣き顔を撮影するとか、悪趣味にもほどがあるでしょう」
「本当はリュウゾーがしょっ引かれていくシーンが欲しかったんだけどな」
「どうして友だちを失くすような行為をするかな」
龍造寺がふくれっ面で文句をいう。
「別にいいじゃねえか。一時期は同じ釜の飯を食った仲だろう」
「私とリュウゾーの仲とか、同じ釜の飯を食った仲とか、神宮寺さんの基準がイマイチ分からないんだよな〜。これだから天才とは話が合わないんだよな〜」
「街中で刀を振り回すやつに言われたくねえよ」
神宮寺が笑いながらいった。
すると流川も釣られて笑った。
「神宮寺さんと龍造寺くんは本当に仲がいい。そういう関係が羨ましいですよ」
「流川さん! 変なことは言わないでくださいよ! 私は神宮寺さんのことがハッキリと苦手ですから! 聞きました! 私の泣き顔を保存しやがったんですよ! マジで最低幼女っすよ!」
「とても可愛かったよ。龍造寺くんが号泣する姿はね」
「流川さんまで変なこと言わないでくださいよ〜」
龍造寺は開き直るように抱きつくと、飼い主の愛情をねだる子猫みたいに、白髪ストレートをぐりぐりと押しつけた。
その背中をポンポンしてあげる流川も少し嬉しそうだった。




