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093 守護龍の爪

 チャリン……。

 チャリン……。

 規則正しい音が近づいてくる。

 それが神宮寺から三歩くらいの位置で止まった。


「流川さんも流川さんですよ。勝手にふらりと居なくなるんですから。せめて私に一言くらい声を掛けてください」


 学生向けのブレザーを着ている幼女だ。

 ネクタイを大胆に緩めて胸元を露出させている。

 そして下半身にはチェック柄のミニスカートを履いている。


 足元には学生向けのローファー。

 紺色のスクールソックスを着用しているぶん、神宮寺よりも肌色成分が目立つ。


「もっと自覚を持ってほしいっすよ。社長の体は社長だけのものじゃないのですから」


 左手の模擬刀らしき一振り。

 そこに結びつけられた鈴が一つ。


 とてもハイカラな格好といえる。

 ハイカラという言葉がハイカラじゃないかもしれないが……。


龍造寺(りゅうぞうじ)くん、いつも心配をかけるね」


 流川が眉を八の字に下げながらいう。


 龍造寺と呼ばれた幼女は、口の中のガムをクチャクチャさせた後、大きなガムフーセンをつくり、パチンと破裂させた。


「まあ、別にいいっすけど。そういう奔放な性格は嫌いじゃないですし」


 特異なのはその髪型だ。

 白髪のサラサラストレート。

 その中にひと房だけ黒い部分が混じっている。


 天然なのか?

 それとも人工なのか?

 美容院へ行ったとしてどう注文すればこの髪型になるのか?


 俺の経験則が告げてくる。

 見た目がヤバそうな幼女は中身もヤバいと決まっている。


「紹介する必要がないかもしれませんが、改めて紹介しておきましょう。うちのテクニカルマネージャーをやっている龍造寺くんです」


 どうも、と龍造寺が挨拶した。

 神宮寺の顔に警戒の色が走る。


「しばらく音沙汰がないと思っていたら、カノープスの飼い犬になっていたのかよ。私が誘っても袖にしたくせにな。なるほど。ルカにゃんの下についたか」

「おたくの加賀美と違いますので。私は神宮寺さんの尻にノコノコとついていきませんよ。それに……」


 龍造寺が鯉口を切った。


「神宮寺さんと同じ会社で働いたら……」


 さりげない動作で模擬刀の柄に手をかける。


「神宮寺さんと勝負できないじゃないっすか」


 鞘走り。

 からの居合抜き。


 鞘から飛び出した光は、神宮寺の首元をギリギリ(かす)めて、また一条の光となり、元の鞘に吸い込まれていった。


 美技だ。

 幼女とは思えない剣の冴え。

 猫だましを食らったような気分にさせられる。


「うわっ! あぶねっ!」


 迫力に負けた神宮寺がスリップしそうになり、尻餅をつく寸前で俺がキャッチすることに成功した。


 とはいえモロパン状態。

 渋谷のど真ん中でこれは恥ずかしい。


「ざまあみろ!」

「流川さんをバカにしたからだ!」


 そこにカノープス社員の容赦ない野次(やじ)が注がれる。


「おい! 髪の毛が二、三本散ったぞ! 真剣なんじゃねえか!」


 神宮寺は顔を赤らめながらスカートを手で押さえた。


「流川さんを守るための武器ですから。模擬刀を改造しています」

「お〜い! お巡りさん! こいつ、銃刀法違反で〜す!」

「冗談に決まっているじゃないっすか……」

「くそぅ……」


 その蛮行に黙っていられないのは流川だった。

 龍造寺に脳天締め(アイアンクロー)をかます。


「神宮寺さんが大怪我するところだったじゃないか。いくら龍造寺くんでも度が過ぎるよ」

「いたたたたっ! たまには神宮寺さんを驚かそうと思っただけです!」

「それなら本業で驚かせてくれたまえ」

「ええ……わかりましたから……」


 プロレス技から解放された龍造寺がブレザーの襟を正した。


 俺が気にしたのは剣光けんこうの速さである。

 大人の俺でも再現できそうにない加速だった。

 かなり軽い素材でつくられている……と信じたい。


「でも神宮寺さんの誘いを断ったのは本当なんですよ。その部分は評価されるべきだと思いますがね……」


 龍造寺が緩んだネクタイの位置を整えながらいう。


「そういうわけですよ。神宮寺さん。私は龍造寺くんと手を組みました。少々凶暴な性格ですがね。そこが彼女の魅力です。カノープスのような未成熟の組織だからこそ活躍してくれる人材ですから」


 流川は頼れる相棒の肩を叩いた。


「なるほど……ルカにゃんの守護龍というわけか……あのリュウゾーがね……」


 俺は神宮寺を抱き起こしてあげた。


 リュウゾウジ。

 だからリュウゾーなのか?


「瀬古先輩には神宮寺さんという守護神がいますから。私も見習ってみました」


 流川がサイドテールをいじりながらいう。

 その瞬間の笑顔がとても可愛らしい。


 俺はもう一度だけ龍造寺を見つめた。

 とても採点する気になれない幼女といえる。

 あらゆる面が突き抜けすぎていて俺の理解を超えている。


 でも判明していることが三つある。

 流川の右腕。

 神宮寺と対をなす存在。

 カノープス社員七十人の頂点に立つ幼女。


 おそらく見かけ倒しの人物ではないだろう。

 神宮寺が勧誘に失敗したくらいだから相当なスキルを持っているに違いない。


「そっちのシティーボーイは神宮寺さんの後輩っすか?」

「うちの唯一の新人だな。もう二年目だけれども。期待のニューフェイス・須田ちゃんだ」

「へぇ〜。去年の新卒採用か〜。進んでいますね〜。さすが瀬古さんの会社だな〜」


 俺と龍造寺の視線がぶつかった。


「ん? 私の髪が気になりますか?」


 その手が黒いひと房を隠す。

 すると白髪の鬼のような迫力が生まれた。


「かなり独創的だなと……」


 俺は正直に答えておく。


「実は天然なんですよね。昔は黒かったんですけどね。白髪になった経緯を話し出すと長くなるんで、酒の席とかでお願いします」

「ええ……ぜひ……」


 なんだろう……。

 これも神宮寺が絡んでいそうで非常に気になる。


「にしても神宮寺さんと一緒に仕事していた日が懐かしいっすね」


 龍造寺は胸の前でゆっくりと抜刀した。


「神龍コンビでしたっけ? 短い期間でしたけど。何をやっても成功する気がしましたよ。実際、成功しましたが。負け知らずってやつですかね。でもね……」


 刀の切っ先を神宮寺の脇腹にピタリと押しつける。


「神宮寺さん、実は退屈しているでしょ? 瀬古さんに飼いならされているから。何をやっても成功しますものね。勝てるゲームは面白い。でも勝率10割のゲームはクソゲー。違いますか? だったら、私が対戦相手になってあげようって魂胆です。スポーツと一緒ですよ。拮抗している状態がもっとも熱くなれる。トップの独走はつまらない」


 神宮寺は、ふん、と鼻を鳴らした。

 相手の言い分を半分認めたようにも映った。


「私が声をかけたメンバーはほぼ全員が幼女株式会社に来たんだけどな。オファーを蹴ったのはリュウゾーだけだな」

「リュウゾーって呼ぶの、そろそろやめてくれませんかね? 前からお願いしていますけれど。ゴツいんで。マジで。だから神宮寺さんと一緒に仕事するのが嫌なんですよ」

「別にいいじゃねえか。リュウゾーという呼び名は強そうだし。昔からの付き合いだし」

「なんで気安くあだ名を付けちゃうかな〜」


 龍造寺は模擬刀をくるりと反転させると、流れるような動作で鞘に収める。


「流川さんもビシッといった方がいいですよ。天才には常識が通用しないですから。ルカにゃんは絶対にないです。リュウゾーはギリギリ許せても。にゃん付けは許せないです。私が瀬古さんのことを、いのりん、と呼ぶようなものですからね。クラスメイトかよって感じでしょ。私らは社会人なんですから。ゆるキャラみたいな呼び方は言語道断でしょう」


 そうだそうだ!

 賛同する声がカノープス社員の間からあがった。


 これがテクニカルマネージャーの龍造寺。


 砕けた性格。

 遊び人のような服装。

 現場のリーダーという地位。


 やはり神宮寺に近いものを感じる。

 社長からの信頼の厚さを含めて。


「須田くん、これを……」


 龍造寺の手がブレザーのポケットから何かを取り出した。

 市販のチューインガムだった。


「うちの親戚がそこのメーカーで働いているんですよね。お近づきの印っす。一本あげます。神宮寺さんの下で頑張っているご褒美です。逃げたくなったらいつでも私の下にくるといいっすよ〜」


 龍造寺はガムをクチャクチャさせる。


「どうも……」


 思ったよりも優しそうな人だな。

 プレゼント効果で俺の好感度がやや上昇する。


「神宮寺さんも一本どうですか?」

「……毒とか入っていないだろうな?」

「そんなわけないでしょう。生パンツを見せてくれたお礼です」

「くそっ! あとで吠え面をかいても知らねえからな!」

「それは楽しみっすね」


 そして確信したことが一つある。

 神宮寺と龍造寺はまあまあ仲がいい。

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