092 思わぬ再会
声が似ているわけでもない。
髪型が似ているわけでもない。
ふっくらした唇。
やや濃いめの化粧。
ゆる可愛いサイドテール。
こうして書き並べると不一致が多い。
なのに俺がよく知る社長とかなり似ている気がした。
「あなたは……」
ピリピリとした空気が一転。
流川は人懐っこい笑みを向けてくる。
「しがない社長です。周りから頼まれて渋谷区統括などという分不相応の役をやっていますが……」
俺は何と返すべきか迷った。
「……ありがとうございます」
感謝してから気づく。
何に感謝したのか自分でもよく理解していないことに。
「面白いことをいう人ですね。迷惑をかけたのは我々だというのに……」
「いえ、俺が余計なことを口走ちゃったので」
流川は口元に手を当てて笑った。
その目が何かを見つける。
「おっと。肩口が汚れていますよ」
手でポンポンと。
俺のシャツについていた汚れを払ってくれたのだ。
これは社長がよくやるテクニックだ。
一瞬で相手のことを好きになりそうになる。
「今日はデモの日なので。メンバーが殺気立っていたようです。普段は気のいい連中なのですが。今日みたく成人男性に噛みつきます。あなたも次回からは気をつけた方がいい。渋谷区のメンバーはまだ穏健な方ですから」
流川はそう言い残して去っていく。
そうなるべき場面だったのだが……。
「おっ! いたいた! 須田ちゃん発見!」
ミニスカートの人物が視界の隅に映った。
ウェーブした茶髪を揺らしながら近づいてくる。
「やっぱり渋谷は人が多いよな〜」
かなり垢抜けた雰囲気がある。
着崩した服装だって都会の街によく似合っている。
「駅の出口が多すぎだろ〜」
どの会社も喉から手が出るほど欲しい天才エンジニア。
それがケーキ&タルトを食べるためにわざわざ渋谷までやってきた。
「ん? ピンク色の腕章? やけに多いな。何だっけ? 『関東幼女連合センター』だっけ?」
その言葉にメンバーの一人が食いつく。
「幼女の権利を守る会だ! ちゃんと書いているだろう!」
「ああ……」
いつもの神宮寺なら余計な一言で相手を怒らせる場面なのだが……。
「日曜日なのにご苦労さま」
さらりと労いの言葉を返した。
「……神宮寺さん」
突然の来訪者に反応したのは流川だった。
神宮寺の方へくるりと向き直る。
「おっ! 誰かと思えば」
「それは私のセリフです。渋谷で神宮寺さんを見かけるなんて意外すぎます」
「ケッケッケ。ここは完全アウェーだからね。今日はお菓子を食べにきてやったぜぃ」
「左様ですか。ところで……」
流川は右手を差し出しながらいう。
「検討してくれましたか。我々の仲間になるという話。考えておくという返答でしたよね?」
「白昼堂々と引き抜きかよ……。ゴメンだね。いまの二倍の給料を積まれても断る」
「神宮寺さんならいまの三倍の給料を出しますよ。それでも安いと思っています」
「いいやがるぜ。この若造め」
神宮寺が憎まれ口を叩いたが、その表情はどこか嬉しそうだ。
「気にするなよ、須田ちゃん。こいつなりの挨拶……というかお世辞みたいなものだ。いまの三倍の給料を払ったらカノープスの家計は火の車。廃業コースだからな」
それを聞いた流川が苦笑いする。
「よく分かっていらっしゃる」
「人を煽てるのが上手いよな。そういう点はうちの社長とそっくりだぜ」
「瀬古先輩ほどじゃありませんよ」
瀬古先輩。
その声には相手を敬愛する気持ちが込められていた。
「神宮寺さんがこの場所にいるということは、瀬古先輩も近くにいるのですか?」
「そうだよ。会っていきなよ。幼女フォーラム以来だろ」
「そうですか。でも今日は遠慮しておきます」
流川は渋々といった感じで首を振った。
「いまは幼TECのライバル同士。マスコミがそういう記事を書いていました。公衆の面前で仲良くしたら不自然でしょう」
「なんだよ。昔は腰巾着だったくせに。ルカにゃんらしくないぞ」
神宮寺がその頬っぺたをツンツンする。
「やめてください。いくら神宮寺さんでも怒りますよ」
「それより大学はどうなったんだよ? いのりから聞いたぜ。留年しすぎてヤバいんだろ? いまどき中退社長とか流行らねえからな。何なの? ルカにゃんって実は高卒なのかよ。ある意味すごいな。尊敬するぜ」
本気で嫌そうにする流川。
それでも神宮寺はツンツンを止めようとしない。
「心配しないでください! 会社の決算資料をもって卒業論文の代わりとしてくれるよう、ゼミの教授に掛け合いましたから!」
「特例措置かよ。格好いいじゃん。大学側もルカにゃんを中退させたら後味が悪いってことかよ」
「これも立派な相互扶助です。もう現役大学生社長という肩書きも不要ですから」
「ケッケッケ。計算高い性格をしていらっしゃる」
にしてもルカにゃん呼ばわりか。
面識があるのは知っていたが、大の仲良しなんだな。
しかし神宮寺の馴れ馴れしい態度に黙っていられないのはカノープスの面々だ。
「こいつ!」
「私たちの社長を!」
「ルカにゃん呼ばわりしやがった!」
殺気を含んだ視線を向けてくる。
すると流川が、こほん、と露骨に咳払いした。
「君たち。神宮寺さんに向かって頭が高いぞ。この人をどなたと心得ているのだ。私が昔から尊敬している神宮寺さんだぞ。国宝級の頭脳を持っている。君たちもエンジニアの端くれなら一度くらいは名前を聞いたことがあるだろう。爪の垢を煎じて飲むとは、まさに神宮寺さんのために存在するような言葉なのだよ」
これ以上にない美辞麗句が並べられる。
カノープス社員の一人が悔しさのあまり歯ぎしりした。
「やけに褒めてくれるじゃねえか。いつもは傲慢なくせに私の前だと可愛いよな。でも先輩呼ばわりするのはいのり限定なんだ」
神宮寺が頭をナデナデしながらいう。
「瀬古先輩は特別……なので」
流川はその手をやんわりとはねのけた。
「ケッケッケ。嫉妬させてくれるじゃねえか」
意外だな。
神宮寺の口から嫉妬という言葉が聞けるなんて。
社長。
神宮寺。
流川マキ。
この三人を結ぶ因果の糸が見えたような気がした。
「なんで幼女の権利を守る会に入ったんだよ? 忙しい身だろ?」
「単なる良心から行なっている活動です。ビジネスとは一切関係がありません」
「そういう含みのある言い方が好きだよな。小利口な性格もいのりを真似しちゃったな」
「瀬古先輩は潔白ですから。私はどちらかといえば清濁あわせ呑むタイプを指向していますので」
とても良い雰囲気。
さすがに水を差せないな。
俺が一歩引いた位置から見守っていると、チャリン、という鈴の音が近づいてきた。
「ちょっと神宮寺さん。うちの社長を揶揄うのはその辺で勘弁してくださいよ」
ただひとり。
横から堂々と文句を突きつける幼女がいたのだ。




