090 幼女フィギュア
プルルルッの会社の電話が鳴り出した。
これは来訪者が呼び鈴を鳴らしたときの音だ。
俺はすぐに対応する。
『郵便です。お荷物を届けにきました』
「はい、すぐに向かいます」
配送業者のユニフォームを着た幼女からダンボール箱を受け取った。
品名のところには『模造品』の三文字。
大きさの割にはとても軽い。
「姫井さん宛にお荷物ですよ」
姫井が描きかけのスケッチブックを置く。
「おお〜、ついに届きましたか」
「俺がダンボール箱を開けましょうか?」
「お願いします」
テープのところにカッターナイフで切れ込みを入れると中から出てきたのは……。
「……お人形?」
ゲームセンターの景品とかで置いていそうなフィギュアであった。
幼女コレクション。
塗装済み完成品フィギュア。
サクヤヒメ 1/6スケール。
そのように記載された箱が三つ詰まっている。
「うおっ! サクヤヒメのフィギュアじゃないですか!」
俺のテンションが上がるのも無理はない。
白玉のように透き通った肌。
翡翠のごとく輝くグリーンの瞳。
白無垢をイメージした嫁入りの衣装。
幼コレの中でも三本指に入る人気キャラクターなのである。
加えて運営元……つまり姫井のお気に入りでもある。
ちなみにSNS上で検索すると
『サクヤヒメはどの環境でも現役』
『運営が依怙贔屓しているから仕方ない』
『サクヤヒメだけ二回も上方修正されてずるい』
という投稿を見かける。
『無課金ユーザの強い味方』
姫井にはそういう意図があるらしい。
「このフィギュア、もしかして通信販売するのですか?」
そんな質問をした俺はどこまでもビジネス音痴といえる。
「須田くんはわかっていないですね。売るわけないじゃないですか」
姫井はチッチッチと指を振ってから、フィギュアの完成度を確かめるべく一箱を開封した。
「一つは僕用……じゃなくて会社用。残りの二つをユーザへのプレゼントにします」
「つまり抽選方式にすると?」
「そうです」
たったの二体か。
すぐにネットオークションへ流れちゃいそうな気もするが……。
「須田くんの心配はわかります。転売目的の人に渡っちゃうかも? それですよね?」
「まあ……数が限られますし……倍率が高そうですし……可愛いですし」
「僕も気前よく百体くらいプレゼントしたいのですが……」
姫井はサクヤヒメを台座から浮かせた。
ショーツの出来をチェックするようにひっくり返す。
合格。
満足そうな顔にはそう書いてある。
「このフィギュア、けっこう高いのです。職人が一個一個手作りしますから。三体注文するか、四体注文するか、五体注文するか、ギリギリまで迷いました」
「もっと会社に余裕があれば数を増やすと?」
「そうです。お金との兼ね合いです」
その言葉に反応したのは神宮寺だ。
「会社の金を私物化しやがって。ゆり姫がサクヤヒメを気に入っているだけじゃないか」
わざと本人にも聞こえるようにいう。
「神宮寺さん、聞き捨てなりません。サクヤヒメはユーザからも人気なのです。それを考慮してフィギュア化の第一弾に選んだのです」
「だけどさ……」
職場に険悪ムードが湧いてくる。
「サクヤヒメを二回も上方修正したのはゆり姫の判断だろ。初期のキャラクターのくせに今も使用率はまあまあ高いしな。そりゃ、ユーザの人気も上々だろうよ」
「僕が人気を操作している。そうおっしゃりたいのですか?」
「そう思われても仕方がないってことだよ」
俺たちは過去に何回かキャラクターを上方修正してきた。
二回も上方修正されたサクヤヒメは当然ながら息の長いキャラクターになる。
もちろん姫井だって独断でサクヤヒメを強くしたわけではない。
誰を強くすれば理想的なゲームバランスに近づけるか?
それをシミュレーションした上で慎重に判断している。
「サクヤヒメの上方修正の前と後でユーザの満足度は上がりました。つまり僕の判断は正しかったのです」
姫井がぺったんこの胸を張りながらいう。
「でも週あたりのユーザ平均課金額は微減しただろ?」
神宮寺がもっともな指摘を返す。
「それは……課金する要素がそれほどなかったから。それにユーザの満足度というのは長いスパンで経営に寄与します」
「長いスパンね。まあ、いいや。うちはガツガツしない方針だしね。上場企業と違って数字の圧力とかもないしね」
あっさりと矛を収めたのは神宮寺であった。
姫井はどこか肩透かしを食らったような顔になる。
「神宮寺さんらしくないですね。いつもなら『幼コレ界の神様になったつもりかよ〜』みたいな挑発発言をするじゃないですか?」
「なんだよ、それ」
神宮寺が肩を揺らして笑った。
「幼コレの全キャラクターをデザインしたのはゆり姫だろ? だからゲームのことを一番理解している。将来の方向性とかもさ。だから私はその意思に従うだけだよ」
そしてポツリと付け加える。
「まあ、文句つけるときはハッキリ言うけどな。私もユーザの一人だしな。けっこう課金しているし」
私もユーザの一人……。
それを耳にした瞬間、姫井の表情が輝いたのを、俺は見逃さなかった。
「へえ〜、サクヤヒメのフィギュアが完成したんだ」
社長がやってきて姫井の手からサクヤヒメを奪った。
ショーツの出来をチェックするようにひっくり返す。
好きだな。
幼女のくせに。
「品質にはこだわりました。完璧な出来栄えです」
「可愛いよね。小物まで再現されているし。私も家に飾りたいな」
「そうでなくてはプレゼントする意味がありません。この一体には僕たちの情熱が詰まっています」
社長はサクヤヒメの頭を撫でてあげる。
「初めてだよね。私たちのサービスが形ある物になったのはさ」
そして宣言する。
「私たちは楽しみを提供している。だから自分たちの人生を楽しむのって、やっぱり大前提だと思うんだ」
とても強い正論。
これには姫井も神宮寺も頷いた。
「というわけで、あすかにお願いです。次の日曜日は何か予定があるかな?」
「おいおい、また休めっていうんだろ? 社長命令なんだろ?」
「正解です」
「たっく……」
社長がその鼻先に一枚の紙を差し出した。
「たまには甘いデザートを食べさせようと思ってね」
「デザートって……えっ? いのりも一緒なの? しかも食べ放題かよ」
ケーキ&タルトの食べ放題を予約したらしい。
幼女は一人800円。
胃袋のサイズを考えると妥当か。
ちなみに成人男性は一人2,500円する。
「全種類をコンプリートするのです」
姫井が気合いを入れるように拳を握る。
「いやいや、ゆり姫の胃袋だと無理じゃないか? 帰りの電車で吐くんじゃないか?」
「一口ずつ食べればいけます」
「でも食べ残し厳禁だろ?」
「そこで……」
ブルーサファイアの瞳が見つめてくる。
「須田くんの胃袋を借ります。僕と社長と神宮寺さんが一口ずつ食べて、残りは須田くんがちょちょいと片付けてくれます」
マジか……。
全32種類と記載されているのだが……。
いやいや、食べ放題のケーキだ。
一個が小さいと相場で決まっている。
それに期待するしかないだろう。
「しかも渋谷のお店かよ。人しかいねえな。日曜の渋谷はヤバいだろ〜」
「まあまあ。新しい刺激に出会えると思ってさ」
不満そうな神宮寺の肩を社長が揉んであげた。
生き物のように進化し続ける街。
流行の発信源のひとつ。
物語の舞台はいったん日曜日の渋谷へとジャンプする。




