表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/278

009 重なる声

 スキップ。

 それは小さいジャンプを交互の足で連続させる歩行法。

 幼女がやると可愛いのだが、あまりエネルギーの効率が良くないといわれている。


「ふっふふっふふふ~ん♪」


 社長がぴょんぴょんとツインテールを揺らしている。

『夕食を俺にごちそうしてあげること』がそんなに嬉しいのだろうか。

 だとすれば部下冥利(みょうり)に尽きるといえよう。


 俺は歩くペースを早めつつ、小さいお尻を三メートル後方から追いかけている。

 するとご機嫌だった社長が、


「うにゃあ!」


 と不吉な声をあげて突然しゃがみ込んだ。

 これは全身の血液が一瞬で冷えるシーンといえよう。


「大丈夫ですか?」

「うううぅぅぅ~、マサく~ん」

「トラックに()かれた猫みたいな声がしましたけれど」

「やばい。足首、くじいちゃった……メチャクチャ痛い……」


 社長の顔はすでに涙目だ。

 小さい手でくるぶしの辺りをスリスリしている。

 どうやら着地のタイミングで足首を内側にひねっちゃったらしい。


「慣れないのにスキップなんてするからですよ」

「だって、仕方ないじゃん。子どもは楽しいときにスキップしたくなるんだよ。マサくんも昔はやったよね?」

「いや、俺はスキップできない側の人間なんで」

「なぬ? その選択肢があったか」


 俺はやれやれと首を振った。


 オフィスまでの距離は300メートルくらい。

 痛がる社長を歩かせるわけにはいかないだろう。


 タクシーを呼ぶか?

 俺の肩を貸してあげるか?

 娘の脚がダメになったとき、全国のお父さんなら何をするだろう。


「乗ってください」


 俺は背中を向けてしゃがみこんだ。


「なんのつもりだ?」

「この距離でタクシーを使うわけにはいかないでしょう。俺が社長の乗り物になりますよ」

「いいの? 運んでくれるの? 頼っちゃうよ? 社長命令しちゃうよ?」

「無理して歩いても痛くなるだけです。それに俺の体よりも社長の体の方が大切じゃないですか。うちの会社としては」


 俺の選択はおんぶ。

 我ながら悪くないアイディアといえる。


「やった。マサくんのおんぶだ!」

「これは遊びじゃないんで。バタバタする元気がある人は降車していただきます」

「わ~い!」


 社長は笑顔を炸裂させており、手のひら返しを食らったような気分にさせられる。

 まったく、こっちは本気で心配しているのに……。


「ちゃんとつかまっていてくださいよ」

「りょ~かい」


 俺はゆっくりと両足に力を込めた。


「たっのし~! これが大人の視線の高さかぁ~!」


 背中の社長がきゃっきゃと楽しそうに笑い、俺の首筋にぎゅっと抱きついてくる。


 さすがに周りの視線が気になるな。

 俺がそう思うのは自意識過剰なせいだろうか?


「怪我人なのですから! 少しは自重してください!」

「え~、別にいいじゃん。ほら、頭をナデナデしてあげる」

「うわっ! 恥ずかしい! 周りには一般人がたくさんいるのですから!」

「だったら仲が良いところをもっと見せつけないとね~」

「まったく、あなたって人は……」


 なんて罰当たりな天使なのだろう。

 そう思わなければやっていられないほど、心臓がバクバクと暴れていた。


 それにしても幼女というのは不思議な生き物である。

 大人の女性が相手であれば、ここまで気安くは接触できないだろうから。


「ちょっと、そこの君たち!」


 路上でイチャイチャしていると、いきなり声をかけられた。

 誰かと思えば犬神(いぬがみ)警部補(けいぶほ)だ。


 さっぱりとしたショートカット。

 鍛えられた肉体。

 イケメン幼女として名高いことは周知の事実である。


 どうやら付近を巡回中らしい。

 俺たち二人組に対してセンサーが反応したわけか。


「何でしょう?」

「怪しい関係……じゃないよね?」


 下からまじまじ見つめてくる犬神。

 こういう時、視線を外すと怪しまれてしまう。


「え~と、この人は俺の上司でして」

「うん、足をダメにしちゃったから運んでもらっているの!」


 社長がひょっこりと顔をのぞかせた。

 それまで真剣だった犬神の顔つきが変わる。


「あっ! あなたはもしや!」

「ん? どこかでお会いしたことがあるような……」

「幼女コレクションをつくった会社の瀬古いのり社長では?」

「そういうあなたは確か……」


 犬神がひとつ咳払いをする。


「私は犬神です。いのり社長の噂は常々うかがっております」

「えっ? 幼女機動隊の犬神警部?」

「警部ではありません。まだ警部補です」

「そっか。犬神警部補か。思ったよりも可愛らしい顔をしているんだね。写真だともっと凛々(りり)しいから」

「可愛らしいなどと……。いのり社長ほどではありません」


 犬神は恥ずかしそうに横を向く。

 いつもはクールな印象があるだけに意外な一面といえそうだ。


「あの~」

「あの~」


 ふたりの声が重なった。


「「握手してもらってもいいですか?」」


 思わず吹き出してしまう社長と犬神。

 どちらの顔も心底から嬉しそう。


「ええ」

「もちろん」


 社長たちが握手できるよう、俺は腰の高さを落とした。

 すると必然的に犬神のイケメン顔を近くで観察することになる。


「午後のお仕事も頑張ってください」

「ええ、お互いに」


 普段ではお目にかかれない有名幼女によるコラボだ。

 晴れやかな犬神の表情を、俺は心のカメラに保存した。


「君は何という名だ?」

「俺は須田(すだ)っていいます」


 犬神に、ぽん、と腰を叩かれた。


「いい上司に巡り合えたんだね。君の会社のお陰で、たくさんの幼女が楽しい毎日を送れているよ」

「どうも……ありがとうございます」

「それと……」


 犬神の目つきが仕事モードになる。

 たった30秒ほどで周りの視線が増えていたのだ。


『ねえ……』

『あれって……』

『ランキングの人かな?』


 そういう声を聞くと耳の奥がこそばゆい。


「あんまり長居するとギャラリーが増えそうだね。ここらへんで失礼させていただこうか」


 犬神は肩越しに手を振りながら去っていった。

 その格好いいショートカットを揺らしつつ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ