085 風呂の続き
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風呂からあがった俺たちは休憩室へ向かった。
畳敷きの部屋でたくさんの入浴客がくつろいでいる。
おもな客層は幼女と成人女性だ。
その中に神宮寺と姫井の姿を見つけた。
「張り切って長風呂するからバテちゃうんだよ」
「うぅ……神宮寺さんより先にあがるのは悔しかったので」
姫井は湯あたりしたらしい。
病人のようにぐったりと横たわっている。
「なんだよ。根比べかよ。ゆり姫のひょろい体で私に勝てるわけがないだろう」
「卑怯です。僕がお荷物みたいです。文句タラタラの嫌な人間みたいです」
「ケッケッケ。相手が悪かったな」
神宮寺はうちわをパタパタさせて風を送っている。
優しいお姉さんみたいだ。
「ゆり姫の髪型、崩れちゃったな。家のヘアアイロンで毛先をセットしてきたんだろ?」
「別にいいですよ」
姫井が不貞腐れたように寝返りを打つ。
「焼き付けましたから。神宮寺さんの記憶に」
神宮寺は恥ずかしそうに前髪をいじった。
「ゆり姫はときどき可愛いことをいうな」
「いいえ。全然可愛くないです」
「そこは認めないんだな?」
「はい、認めません」
姫井がよろよろと上体を起こした。
それを神宮寺が支えてあげる。
「ちょっと待っていなよ。冷たい飲み物を買ってくるよ。牛乳は飲めるの?」
「牛乳なら飲めます。コーヒー味かイチゴ味かヨーグルト味限定ですが……」
「飲めないじゃん……」
神宮寺が買ってきたのはコーヒー牛乳であった。
姫井の額に瓶をピタッと押し当てる。
「ほらよ」
「ありがとうございます」
ふたりは一本を仲良く回し飲みした。
「神宮寺さん、僕のバッグの中からタッパーを取ってくれませんか?」
姫井が麦わらのトートバッグを指差しながらいう。
「別にいいけれど……え〜と……タッパーね……これか? こっちのラッピングしている箱は?」
「ラッピング? それはダメです! 何も見なかったことにしてください!」
「なんだよ。プレゼントかよ」
「あう……」
図星らしい。
姫井は手元の帽子で顔を隠している。
「夕食のときに渡します。それよりもタッパーの中身です。今日はフィナンシェを焼いてきました」
「フィナンシェって? お菓子の?」
「そうです。人生初です」
神宮寺が意外そうな顔をした。
「食べていいの?」
姫井がこくりと頷く。
「強制はしません。任意です。不味かったら吐き捨ててください」
タッパーにはアルミホイルの包みが入っていた。
その中に小麦色のお菓子が並んでいる。
「いただきます」
神宮寺が一口ほおばる。
アーモンドのような瞳が輝きを増す。
「おいしい……ですか?」
姫井は半分だけ顔をのぞかせた。
頬が赤いのは湯あたりだけが原因ではないだろう。
「おいしい。絶品だよ」
「はう……忌憚のない意見をお聞かせください」
「いや、本当に美味しいって。ちゃんと全部食べるよ」
「あとで体調が悪くなっても知りませんよ。文句をいっても受け付けませんから」
「ならないよ。もっと自信を持てよ。見た目も味も合格点だよ」
「ですか……でも今日のフィナンシェは試作品なので……」
姫井がフィナンシェと神宮寺を交互に見つめる。
「次はもっと美味しいのを焼いてきます」
「へえ……それは楽しみだな。でも次とかあるんだ?」
「あります。神宮寺さんの治療は緒についたばかりです。また僕のお菓子を毒味……じゃなくて味見してもらいます」
「……なるほどね。ゆり姫のお菓子スキルも上達するという計画ね」
「その通りです。実験台になってもらいます」
なかなか先が長そうな計画といえる。
「いいな。私も姫ちゃんのお菓子を食べたいな」
社長が物欲しそうな顔でいう。
俺はその頭をポンポンしてあげた。




