083 貸切風呂(中)
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…………。
温泉に水着はNG。
なのだが社長が宿側と交渉して、貸切風呂に限り水着を許可してもらったらしい。
というわけで俺たちはいま脱衣所にいる。
お互いに背を向けたまま上下の衣服を脱いでいく。
ちょっとだけ社長を見てみたい。
でも負けを認めるみたいで悔しい。
そんな綱引きをしながら海パンに足を通した。
「社長、そろそろ振り返っても大丈夫ですかね?」
「もうちょっと待って……」
俺としては待てを命じられた気分になる。
「30分の時間制ですよね? 早くしないと入浴時間がなくなりますよ」
「うぅ……急かさないでよ。あとちょっとなんだから……」
あとちょっと。
その言葉を信じて振り向いた俺はすぐに後悔した。
「な……な……何をやっているんですか⁉︎」
社長の水着というのは布面積の小さい三角ビキニであった。
セクシー感あふれる黒色で、お尻のラインがくっきりと出ている。
幼女のくせに勝負してきたな。
いや、俺を満足させるためかと思うと愛おしい気さえする。
「社長、たぶん順番を間違っていますよ。まず胸の前で紐を結んでから、後ろへ半回転させるのです」
「あれ? そうなの? どうも指先が不器用で……」
社長を苦戦させているのはトップスの紐である。
背中のところが上手に結べないらしい。
「俺がやりますよ。入浴中に緩んだら大惨事ですから。ガチガチに結びます」
「お願いします。最初からマサくんに助けてもらえば良かったね」
「慣れないのにビキニを選ぶのが問題なのです」
そもそも社長は貧乳なのだ。
胸が小さい……という以前の問題である。
猫に小判。
豚に真珠。
幼女にビキニ。
笑っちゃうくらい滑稽な姿になる気がする。
「どう……かな?」
社長が恥じらいながらビキニ姿を見せつけてきた。
谷間という概念すら存在しないバストを守っている三角の布切れ。
とても虚しい。
いや、とても美しい。
例えるなら数字のゼロのような完成度。
「なんか……すごいです。俺の想像以上です」
俺はごしごしと目をこすった。
何もないはずなのに、幼女の乳頭が存在するだけなのに、あえて隠すことによって、謎の魅力を放っているのだ。
これぞ貧乳マジック。
胸がないならそれを逆手に取っちゃえという逆転の発想である。
「おかしくない? 笑わない?」
社長がモジモジと体をよじった。
そのたびに揺れるアンダーの紐が色っぽい。
「この場で押し倒したいです。まともな性欲の持ち主ならそう考えます」
「いやん」
社長が色っぽい声を出す。
「なんて言うわけないでしょう! 幼女にビキニって絶対におかしいでしょう!」
俺は非難の声を上げてみた。
「これが市販の水着なんだもん。ついつい買っちゃったんだもん」
私は悪くないでしょ?
社長は無罪を主張するように首を傾げてくる。
まいったな。
社長なら何かを仕掛けてくると読んでいたが、ビキニは予想の斜め上といえよう。
「いいですか。忠告しておきます」
俺は手首をつかみながらいう。
「俺は吸血鬼です。社長は美女です。こうしている時間も吸血衝動を抑えるのがつらいです。その首筋に食らいつきたいです」
社長が三歩だけ後退した。
俺は同じだけ距離を詰める。
脱衣所のコーナーにぶち当たり、可愛らしい唇から小さい悲鳴がこぼれた。
黒髪がさらさらと流れる。
それさえ普段の何倍も色っぽい。
「社長まで吸血鬼化したらそれは社長のせいです。つまり自己責任でお願いします」
いまの俺は猛獣なのだ。
美味しそうな生肉が鼻先にぶら下がっている。
「別にいいよ。この場で食べちゃう?」
社長は人差し指を立てながらいった。
「すごく美味しいと思うよ」
指先をこちらの鳩尾に突き立てる。
そして水が垂れるようにまっすぐ降下させてきた。
「でもね……」
わざと毒々しい色をした、密林の蝶々のような、あからさまな挑発行為。
「小さなヴァンパイア。つまり吸血鬼は私かもしれないよ。そしてマサくんが美女だったりして。その可能性を排除しても平気かな? 主導権を握った気になって、実は主導権を手放していないかな?」
黒真珠のような瞳には怪しい光が宿っている。
「あなたって人は……」
俺はゆっくりと手を伸ばして、社長の顔をホールドした。
動けなくしてから無理やり唇を接近させていき……。
「そんな誘惑に負けるわけないでしょう。社長はバリバリの幼女体型なのですから」
キスすると見せかけてからデコピンを食らわせる。
「あうっ!」
コツン、といい音がした。




