表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/278

080 海と空のブルー

 バスで移動すること30分。

 俺たちは潮の香りがする海岸沿いのバス停までやってきた。


 懐かしさを感じさせる漁村。

 どこまでも広がる青空と大海原。

 この景色だけでも都会からわざわざ足を運んだ甲斐があるといえよう。


「わ〜い、海鮮丼だ〜。楽しみだな〜」


 社長が安っぽい演技をする。

 意地でも正体をバラさないつもりらしい。


「そんなに慌てなくても海鮮丼は逃げないよ」


 俺もパパ役に徹する。

 近くに神宮寺と姫井がいるので緊張感が半端ない。


「ぼくね、海鮮丼を食べるの生まれて初めてなんだよ」

「瀬古太郎はお魚が好きなのかい?」

「うん! とっても! 大好き!」


 社長が頬っぺたに人差し指を当てながらいう。


 おい。

 可愛いな、瀬古太郎。

 きっと社長に子どもができたら、このくらい愛嬌たっぷりなのだろう。


「聞いたかよ、ゆり姫。瀬古太郎は海鮮丼が初めてだってさ。けっこう可愛いところがあるよな」


 神宮寺がアーモンドのような目を細めながらいう。


「うぅ……トイレの一件がありますから。なんだか怖いです。本当に男の子なのでしょうか」


 姫井は肩をガクガクと震わせている。


「どうしたんだよ。平静さを失っちゃってさ。ゆり姫らしくないよな」

「誰かに監視されている気がするのです。霊的存在のようなものを感じます」

「マジで? 地縛霊とか背後霊とか? 大丈夫かよ。風邪なんじゃないのか。無理はするなよ」

「ええ……すみません。神宮寺さんの日なのに。僕がここまで弱気だと足手まといですよね」

「足手まといって……」


 神宮寺はゆるくウェーブした茶髪をくしゃくしゃといじった。


「ゆり姫、こっち向いてみなよ」


 スマートフォンのカメラを立ち上げる。

 そして姫井の顔をパシャリと撮影した。


「誰かの視線に怯えるゆり姫。一枚ゲット」


 姫井が一瞬だけポカンとする。

 かと思いきや逃げる神宮寺を追いかけ始めた。


「ちょっと、神宮寺さん! 勝手に撮影しないでください!」

「あ〜あ、怒っちゃった。落ち込んでいるときのゆり姫が一番可愛いのに」

「だからって無断撮影はないでしょう! さっきのデータは消してください!」

「ゆり姫の足じゃ私に追いつけないよな〜」

「このっ! 卑怯な! 卑劣幼女!」

「くっくっく……」


 やるな、神宮寺さん。

 鉄壁のガードをほこる姫井がさっきから翻弄(ほんろう)されている。


「明日になったら会社のファイルサーバに公開しようかな」

「それは絶対に許しません! 断固阻止します!」

「いいじゃん別に。可愛いのに」

「その表情はダメです!」


 神宮寺が逃げるスピードを緩める。

 そこに息を切らした姫井が追いつく。


「はぁ……はぁ……その情けない……表情だけは……勘弁して……ください」


 姫井はいまにも泣きそうな声でいった。


「いつも強がりだもんな。ゆり姫は」


 神宮寺の手がくすんだ金髪に触れる。


「はう……神宮寺さんはデリカシーに欠けています。僕がどういう気持ちで今日という日を迎えたか……。それを知りもしないで自分勝手な……」

「どういう気持ちって……社長の命令だろ?」

「それだけではありません!」


 強い風がひとつ。

 海から陸へ向かって吹き寄せた。

 帽子が飛ばされないよう姫井は手で押さえる。


「この前に須田くんがいっていました。僕と喧嘩した日に……」

「幼女フォーラムの日か? 社長がいなかった?」

「そうです」


 神宮寺のミニスカートがめくれそうになった。

 それでも本人は姫井だけを見つめている。


「あの言葉は僕にとって衝撃的でした。そして須田くんらしいと思いました。なぜ社長が須田くんを選んだのか、その理由が少しだけ理解できました。


『好きになった人の好きなものを俺も好きになる。それって変な感情ですかね』


 須田くんはそういったのです。熱くなっている僕に対して。とても堂々とした態度で。


『社長だって姫井さんのことが好きだから。社長が好きなものは俺も好きです。つまり姫井さんのことも好きです』


 好きです。この言葉はなかなか口にできるものじゃないです。拒否されるのが怖いから。何かを失うのが怖いから。あの時、須田くんの瞳はまっすぐでした。自分の感情に嘘をつくことだけを恐れていました。だから……」


 姫井が口をぎゅっと結ぶ。

 そして用意していた言葉を告げる。


「僕は社長のことが好きです。社長が好きなものは僕も好きです。つまり神宮寺さんのことも好きです」

「ゆり姫、お前……」


 波状攻撃のような風。

 ふたりの幼女を祝福するように包み込む。

 神宮寺のミニスカートが根負けしたように膨らみ、ショーツが一秒だけ丸見えになった。


「僕だってもっと優しくなりたい。須田くんのように優しい人になりたい。でも僕は僕です。須田くんじゃありません。それでも……」


 ブルーサファイアの瞳。

 海岸の向こうに広がる空と海に似ている。

 キラキラと太陽の光を反射する、絵画のように美しい一枚。


「誰かに優しくしたい。神宮寺さんに優しくしたい。須田くんの半分でもいい。さらにその半分でもいい。僕はもっと優しい人になりたい。……須田くんだけじゃありません。優しいのは神宮寺さんも一緒です。僕はいつも神宮寺さんにキツく当たります。あれこれ命令します。いつも口喧嘩しています。時には意地悪もします。……なのに。……それなのに。……神宮寺さんは笑って。……僕のことを許してくれて。……いつも僕に優しい。……今日だってそうです」


 姫井の声が少しだけ震えている。

 心の雨音が聞こえたような気がした。


「会社のために頑張ってくれる、仲間のために頑張ってくれる、献身的で努力家の神宮寺さんに、僕はもっと優しくしてあげたい。……僕は弱い人間なので。あえて打ち明けます。もっと神宮寺さんを大切にしたい。……須田くんとの一件があってから、そう考えるようになりました」


 神宮寺の口が何かを伝える。

 姫井が弾かれたように顔を上げる。


 とても強い風。

 いったん宙へと舞い上がった神宮寺の言葉は、青空の彼方へとさらわれて、俺の耳まで届くことはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ