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008 成長マインド

 社長の名前は瀬古(せこ)いのり。

 スーツをピシッと着こなす幼女。

 いまは楽しそうに『幼女ランチ』を食べている。


 俺には以前から疑問に思っていたことがある。

 ちょっとデリケートな内容なので、他の幼女にはなかなか聞きにくい質問だ。


「いのり社長、前から気になっていたのですが……」


 俺はアジフライに(はし)をつけながらいった。


「体って成長しているのですか? 身長とか、足のサイズとか? なんか失礼な質問ですみません」


 ご飯を食べていた社長の手が止まる。


「あ~あ、それ、気になるよね〜」

「ほとんど毎日顔を合わせていますから。あまり変化に気づけなくて」

「結論からいうと、ちょっとだけ背が伸びているよ」


 社長は手のひらを頭にのせながらいった。

 その表情が少しだけ嬉しそう。


「へえ、身長は伸びているのですね」

「それ以外の部分だと……」


 社長はブラウスの胸元をつかみ、ぐっと引いた。

 いかにも真剣な眼差しで服の内側をまじまじと観察している。


「う~ん、バストのサイズは……」

「どこからどう見てもまな板だと思います! 服の上からでも分かります! 恥ずかしいから自重(じちょう)してください!」

「だよね~。成長してほしい部分が成長しないなんて、完全に女の子のマインドだよね~」

「いや、社長はまだ胸が生えてくるお年頃じゃありませんから」

「お年頃? なんか思春期を思い出すな。あっはっは」

「笑うところじゃないですってば」


 俺はくしゃくしゃと髪をかきむしった。

 どうもペースを乱されてしまう。


 この世には二種類の幼女が存在する。

 いまの自分を楽しんでいるタイプ。

 男だったときの自分を引きずっているタイプ。


 いのり社長の場合、典型的な『楽しんでいるタイプ』といえよう。


 これを見分けるのは簡単だ。

 どのくらい服装やヘアスタイルに気をつかっているか?

 うちの会社の場合、社長のポジティブな性格もあり、先輩たちは自由にオシャレを楽しんでいる。


「幼女の体にもメリットはあるよ」

「身近なところだと何がありますか?」

「食べる量が少なくて済む。そのお陰で世界の食糧危機が後退したといわれているな。どうだ? けっこう偉大な話だろう」

「確かに……」


 ふふん、と嬉しそうに自慢顔をする社長を、俺は保護者のような気持ちで眺める。


 まるで年の離れた妹と遊んでいるみたいだ。

 ついつい相手のペースに合わせたくなる。


「地球の幼女人口って確か30億人とかですよね。すごいインパクトですね」

「ただ、砂糖の消費量だけは急増したらしい。お菓子メーカーにとっては朗報(ろうほう)だよね」

「あっはっは……」


 社長が最後のデザートを飲み込んだ。

 ちなみに俺は三分くらい前に食べ終わっている。


「ごちそうさま。食べるスピードはマサくんの方が早いよね」

「男ですから。むしろ自然なことですよ」

「いつも待たせて申し訳ない」

「いえいえ」


 このままだったら『社長がおごる』流れになりそうだな。

 それを察知した俺はちょっとした作戦を開始する。


「社長、お口の周りがちょっと汚れていますよ」

「おっと、それは良くない」


 社長が口元をぬぐい始める。

 その隙にお会計の伝票をさっと手に取るのだ。


 社長は一瞬だけ怪訝(けげん)そうな顔をした。

 すぐにこちらの意図に気づき、小鹿のような目をくわっと見開く。


「今日こそ俺が払いますよ」

「何だって?! どういう風の吹き回しだ!?」

「いつも社長のごちそうになっていますから。たまには俺に食事代を払わさせてください」

「ダメだよ! 私から誘ったんだから!」


 やっぱり昼食代を払う気だったのか。

 俺はやれやれと首を振る。


「誘いを受けたのは俺の意思です。だから社長が払う理由にはなりません」

「このっ!」


 社長がぴょんぴょんとジャンプしてくる。

 悲しいかな。

 身長差が大きすぎて指先がかすりもしない。


「それを私に渡したまえ」

「嫌で~す」


 俺は伝票をさらに持ち上げた。

 顔を真っ赤にした社長が、ぜえぜえ、と息を荒げる。


「くそ、このひ弱な体が恨めしい!」

「お昼代くらいはフェアにいきましょうよ。どうせ俺の給料も社長からいただいていますし」

「社員に還元したお給料で、私のランチ代をまかなってもらうのか。う~む、複雑だ。かなり複雑な心境だ。この心境を全身で表現するとこうなる!」


 社長は頭を抱えてくねくねと体をよじった。

 本物の小学生みたいなリアクションについ苦笑してしまう。


「たまには花を持たせてください」

「わかったよ。そこまでいうならマサくんの好意に甘えよう」


 社長が口をへの字に曲げながらいう。


「しかし納得できない。嬉しくない誤算だ。部下に奢ってもらう上司の気持ちを考えたことはあるのか? 白昼から恥をさらしたも同然なのだぞ。こんなの破廉恥だ! 破廉恥だ! 破廉恥だ!」

「言葉を返すようですが、いつも幼女に奢られる成人男性の気持ちを考えたことはありますか? あと破廉恥って連呼するのも自重してください。俺が変質者みたいですから」

「うぅ……幼女の足元をすくうなんて……男にあるまじき……卑怯だ……ぐぬぬ……」


 本気で悔しがっている姿も可愛いな。

 俺はそんなことを考えつつ伝票を会計カウンターに置く。


「お会計は別々にしますか?」

「いえ、一緒でお願いします」

「1,150円になります」

「これで」

「1,150円ちょうどお預かりします」


 お尻のあたりに圧力を感じた。

 ちょんちょん、と。

 社長の小さい手がズボンを(つつ)いている。


「フェアといったよな? だったら次は私の番だ」

「ええ、明日も一緒に食べましょう」

「明日じゃない。今夜はどうだ?」

「夜ですか?」

「どうせ家に帰っても不健康なものしか食べないのだろう?」


 鋭いな。

 牛丼、カップ麺、コンビニ弁当といったら怒られそうな空気である。


「まあ、()められた食事じゃないですが……」

「若いからといって油断は禁物。私が体にいいものを食べさせてあげよう」

「ええ、でしたら、ぜひ」


 この三秒後、俺はハメられたことに気づいた。

 あっ、と後悔しても遅い。


「ちょっと待ってください! 社長! お昼より夜の方が絶対に高いじゃないですか!」

「聞こえない、聞こえない」

「それってフェアじゃないと思います」

「なにも聞こえないもんね~」

「夜は昼の二倍くらいしますってば!」

「そうだったかな~」


 俺は社長の体を抱っこしてみた。

『やだやだ! マサくんに美味しいものを食べさせるの!』と駄々(だだ)()のようにごねられる。


「そろそろ周囲の目が恥ずかしいだろう。いい加減、私の誘いを受けたまえ」

「うっ……そこまで計算して」

「幼女には幼女なりの戦い方ってものがあるのだよ」


 社長の口がにんまりと笑う。

 このようにして『夜は俺がごちそうしてもらう』ことが決定した。

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