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074 幼女の穴


 ……。

 …………。


 とある日曜日。



 俺は待ち合わせのため品川駅までやってきた。

 幼コレで時間を潰しつつ、約束の人物がやってくるのを待つ。


 たくさんの観光客。

 旅行カバンを転がしている幼女。

 羽田空港への玄関口ということもあり、駅の構内はどこも人で埋め尽くされている。


 今日の俺の服装は私服……シャツにデニムの組み合わせだ。

 しかし用向きはほとんど仕事である。


 出張ではない。

 会社のイベントでもない。

 とある人物を監視するのが任務なのである。


 これには深い理由がある。

 なので数日だけ時間をさかのぼる。


 ……。

 …………。


 夜の九時になったオフィス。

 PCを操作するカタカタという音が虚しく響いていた。


 俺以外に残っているメンバーが三人いる。


 社長、姫井、そして神宮寺。

 もはやお馴染みとなった創業者トリオだ。


 ここに俺を加えた四人。

 よくある残業風景だったりする。


 社長はPCの画面を眺めながら、ツインテールの先っぽ同士をモシャモシャと擦り合わせている。

 これはアイディアを煮詰めるときの癖だ。

 真剣な顔つきも可愛らしい。


 姫井は紙と電卓で何かを計算している。

 アナログ人間らしい一面といえる。


「……う〜ん」


 隣にいる神宮寺が渋そうな顔をする。


「……どうしたのです?」


 俺はそれを横目に見つつ尋ねてみた。


「いや〜、親がさ〜、結婚相談サイトに登録しろってうるさいんだよね〜。私ってこんな体だけれど長男? 長女? だからさ〜。登録するのは別にいいんだけれど……」


 結婚相談サイト。

 神宮寺の口からそのキーワードが飛び出すなんて、明日は雪でも降るのだろうか。


「また急な話ですね。でも神宮寺さんは年中仕事じゃないですか? 結婚しちゃって平気なのですか?」

「そうそう。無理に結婚しても離婚する未来しかないよな。光速で離婚する自信があるよ」


 俺は登録フォームを見せてもらった。

 案の定というべきか、まだ三割しか埋まっていない。


========

 氏名:神宮寺あすか


 年齢:25〜29歳


 性別:幼女


 住所:東京都


 職業:


 年収:


 趣味:アニメ観賞、映画観賞


 特技:


 資格:


 備考:


 恋愛パートナーに望む人:束縛してこない人


 …………。

 ……。


========


 束縛してこない人って……。

 テンプレかよ。


 あと職業で迷うのか?

 サラリーマンかシステムエンジニア以外にないと思うのだが……。


「私ってさ、自分の会社を持っているんだよね。ここみたいな事務所じゃなくてさ。自宅で。私一人で。自営業みたいな。神宮寺カンパニーみたいな」

「神宮寺さん、たまに社外の仕事をやっていますよね。儲かるのですか?」

「それそれ。ゆり姫から廃業するよう指示されたんだけれど……」


 神宮寺がニヤリと口の端を吊り上げる。


「メチャクチャ儲かる。知人からの紹介案件だからね。利益率がいいのよ。昨年度の儲けだって本業の給料よりもデカかった。今年の納税がヤバいけれども」

「おぉ! ……儲かっていることは姫井さんもご存知なのですか?」

「そうだよ。税金の計算とか手伝ってもらったからね」

「へぇ〜。二足のわらじですね」


 いちおう事業主。

 神宮寺も広義の社長なのか。

 遊び人みたいな服装のせいで、まったく貫禄がないけれども。


「だから自営業で登録するか、サラリーマンで登録するかで迷うんだよな」

「贅沢な悩みっすね。どっちか一個を選んで、もう一個を備考欄に書くしかないでしょう」

「だよな〜。サラリーマンにしとくか。どうせ結婚願望とかないし。……んで次に問題なのが……」


 神宮寺が指差したのは『特技』の欄だ。

 

「特技……仕事じゃダメかな?」

「いや、普通に考えたらダメでしょう。せめて外国語にしたらどうですか? 日常会話レベルとか、ビジネスレベルとか併記する感じで」

「外国語か。……それを書くぐらいならプログラミングかな。大会で優勝した経験もあるし。あの時の私は輝いていたな」

「すごいですね。それって記事になったのですか?」

「エゴサーチしたら一番上に出てくると思うよ」


 俺は検索エンジンに、


『神宮寺あすか 優勝』


 と打ち込んでみた。

 ちなみに神宮寺は幼女化する前から『神宮寺あすか』が本名である。


 うぉ⁉︎

 なんか記事が出てきた!

 しかも世界タイトル云々(うんぬん)という内容だ。


========

 日本に朗報が舞い込んだ。プログラミングの世界一を決める大会で…………歴代の優勝はアメリカ、ロシア、中国の三ヶ国が独占してきたが、第十五回大会にして初めて優勝の栄冠を…………他のアジア諸国にとっても希望といえる。優勝メンバーは…………『神宮寺あすか(20歳)』の三人。第一回大会から十五年…………日本にとって悲願の初タイトルを獲得した。

========


 ちゃんと本人の名が出ている!

 しかもインタビュー付きだ!


========

 神宮寺あすかのインタビュー


「家を出発するときに、一番下の妹が駅までついてきたのですが、『絶対に優勝してね! 負けたら承知しないんだから! 罰として夏休みの宿題を手伝ってもらうんだから!』といってきて、何とか優勝することができて、妹も納得してくれると思いますので、堂々と家に帰れるというか、一安心って感じです」

========


 なんか緩い!

 そんなモチベーションでアメリカ、ロシア、中国の三強と戦ったのか⁉︎

 あと妹さんが可愛いな!


「まあ、あの時が人生の最盛期かな。いまの仕事は消化試合みたいなノリだよ。もうお腹一杯みたいな」


 神宮寺は達観したような顔つきでいう。


「いやいや! まだ幼女ですから! 老成したような発言はしないでください! あと仕事を頑張ってください!」

「でもプログラミングの腕? 頭の処理速度? は落ちたよ。だから過去の栄光なんだよ。ニュースで取り上げられても数ヶ月後には忘れられちゃうしね」


 いまの神宮寺でも化け物クラスなのだが。

 俺はそんなことを考えながらブラウザを閉じる。


「副業はずっと続けるつもりなのですか? 神宮寺カンパニーは?」

「それな……正直いうとキツいんだよな。自営業というやつは。社長の気持ちがよく理解できるんだけれども……」


 神宮寺は手元のコーヒーを一口飲んだ。


「事業主に休みはないんだよ。そもそも公私の区別がない。常に仕事のことを考えちゃう。……この一分一秒を仕事に使えばもっと稼げるかも。この一分一秒で新しいアイディアが見つかるかも。それの連続なんだよ。……お金に余裕があっても。お金に余裕がなくても。回遊魚と一緒。泳ぐのをやめたら死ぬかも。そんな強迫観念が常にある」

「俺なら窒息死しそうです。オフの時間がないと無理ですね」

「それが普通だよね。人間の働き方じゃないよな」


 神宮寺はコーヒーをもう一口飲もうとした。

 その体にちょっとした異変が起こる。

 

「ゴホッゴホッ……うぇ……苦し……ゲホッゲホッゲホッ……」

「神宮寺さん、大丈夫ですか?」

「心配ない。咳き込んだだけ……」


 明るい茶髪。

 手負いのライオン。

 そんなキーワードが俺の頭をよぎった。


「最近、咳き込む回数が多くないですか?」

「……おう」


 そして、ポツリ、と。

 真っ赤なものが手と口の隙間から落ちてくる。


「えっ⁉︎」


 血液……。

 だよな……。


 デスクの一点。

 そこに血の花のようなものが咲いている。


 吐血なのか?

 これは病なのか?

 そんな俺の恐怖を(あお)るように、神宮寺はもう一度咳き込んだ。


「……須田ちゃん、隠していてごめん」

「……ちょっと、神宮寺さん、冗談ですよね?」

「……私の寿命はもう長くない。うちは元々短命の家系なのだよ」

「……いや、嘘っていってくださいよ。社長は? 姫井さんは? この会社はどうなるのですか?」

「……私の(しかばね)を超えていってくれ。太くて短い人生だよな。須田ちゃんに教えられるとこは全部教えたつもりだ。……最後に飲みたかったな。社長と一杯。それだけが心残り……」


 神宮寺の体がデスクに崩れる。


 冗談だろ⁉︎

 俺は呼吸することを忘れてしまう。


 やばい。

 すぐに救急車を呼ばないと。

 スマートフォンのロックを解除しようとして何回も失敗する。


 こんな肝心なときに。

 頭の中が真っ白になりそうだ。


 すると神宮寺の体がガバッと跳ね起きた。


「な〜んてね。嘘だよ。ただの鼻血でした」

「いまなんと言いました?」

「ただの鼻血だって。だから泣くなって」

「いや、泣いてないっすよ。わざと神宮寺さんの嘘に引っかかってあげただけで……」

「なんだよ。可愛いじゃないか。本当に泣きそうだしさ。幼稚園児かよ。職場でくたばってたまるかよ。死ぬときはベッドの上って決めてんだよ」


 神宮寺は汚れていない方の手で俺の髪をくしゃくしゃしてきた。

 そこにとある人物がやってきて、神宮寺の肩をポンと叩く。


「幼女の体になったくせに、無理して働くから、職場で鼻血を吹いちゃうのですよ」


 俺たちが振り返ると、そこにはティッシュ箱を手にした姫井が立っていた。


 怒ってはいない。

 姫井にしては優しい口ぶり。

 出来の良くない弟に接するような態度だ。


 神宮寺が恥ずかしそうに顔を背ける。

 姫井はその鼻先にティッシュを何枚か差し出した。


「ほら、僕が拭いてあげますから。動かないでください」

「いや、一人でできるって。ゆり姫にも血がついちゃうだろ。いいよ、自分でやるから」

「せっかくの可愛い顔が台無しです。これは許しがたい状況です。まったく、幼女は体が資本だというのに……」

「体が資本って……ゆり姫がいうなよ……」


 姫井が鼻血の跡をごしごしと拭いてあげた。

 神宮寺は渋々といった感じで従っている。


「二穴同時に出血しているじゃないですか? 一体どういうプレイをしたら二穴から鼻血が出るのです」

「二穴とかいうなよ。面白すぎるだろ」

「笑わないでください。ほら、また血が出てきました。本当に世話がやけます」

「いやいや、ゆり姫が笑わせてくるから。真顔でいうのは反則だろ。少しは空気を読めよ」

「僕は笑えない体質なので。文句をいわれても困ります」

「社長の前ではデレデレするくせに?」

「あれは社長が特別なのです」


 仲が良いのやら。

 仲が悪いのやら。

 とにかく性格が正反対のふたりである。


「神宮寺さん、社長がお呼びです。いますぐ来てください……と伝えたいところですが、この状況では厳しいですね。社長を呼んできます。鼻の穴にティッシュを詰めて待機してください」

「へえ、ゆり姫にしては優しいことをいうな」

「鼻血で床を汚されるのは勘弁なので」

「おい、素直に喜べよ。褒めたのに」

「僕に喜んでほしければ……」


 いつも仏頂面の姫井は、この時もいつもの仏頂面で、


「だったら神宮寺さんの労働時間を少しは減らしてください。神宮寺さんが過労で倒れてしまう。これが我が社にとって最大の経営リスクなのです。あと職場のPCから結婚相談サイトにアクセスするのは明日から慎んでください。周りの良くない手本です」


 と思いっきり正論をぶちまけた。


 これも姫井にしては優しい口ぶりだった。

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