071 両手に花
俺は歩けなくなった社長をおんぶしていた。
その足首には痛々しい湿布が貼られている。
油断するとすぐこれだ。
走ったり、跳ねたり、踊ったりしてバランスを崩す。
会社のトップなのに、幼TECのカリスマ社長なのに、とても抜けている面がある。
「ごめんね〜。いつもおんぶしてもらって」
社長が甘えるような声でいう。
「近場ですから。このくらいは平気です」
俺は周囲の視線を気にしながらいう。
通行人からチラチラと見られるのだ。
社長と姫井がそれだけ美幼女ということだろう。
まさに両手に花。
鼻が高いというべきか、小恥ずかしいというべきか、悩ましい心境である。
「マサくんを連れてきて正解だったよ。姫ちゃんにおんぶしてもらうのは非効率だしさ」
「いや、無理でしょう。どう考えても無理でしょう。姫井さんの体が潰れますよ。ちょっとした拷問ですよ。たぶんタクシーを呼ぶのが正解でしょう」
それにしても社長……。
わずかに体重が増えているな……。
順調に『大人の階段』をのぼっているようであり、今後の成長がますます楽しみといえよう。
「須田くんは……」
姫井がブルーサファイアの瞳を向けてくる。
「よく社長を背負ってあげるのですか?」
「いや、怪我をしたとき限定ですね。この格好は目立ちますから」
「妻のために奉仕してあげる。須田くんは良い旦那さんですね。尻に敷かれて喜びそうなタイプです」
「まあ、社長には頭が上がりませんから。否定できませんね」
すると背中の社長が抗議の声を上げてきた。
「ひどいな~。私たちはフェアな関係でしょ?」
「いやいや! 食事代! いつも社長が多めに払いますよね? どこがフェアなのですか?」
「あれ? そうだっけ? 最近は五分五分じゃなかったかな?」
「せいぜい八対二ですね。俺のメンツは丸潰れですから」
「あっはっは……昔からの癖だよね。ごめんね」
「まったく。アンフェアにも程があります」
俺たちは八階建てのビルに到着した。
玄関のところで社長を降ろしてあげる。
「こっから先は私一人でも大丈夫だから」
「もう足首は平気なのですか?」
「うん、何とかね」
社長がその場で足踏みをする。
「気をつけてくださいよ。一人の時に足首をやったら、本当に動けなくなりますから。今日は俺がいたから良かったようなものですが……」
俺は念を押すように頭をポンポンした。
「えへへ、感謝しているよ。マサくん様々です」
「帰りはどうします?」
「タクシーにするよ」
社長がエレベーターのボタンを押しながらいった。
「マサくんは姫ちゃんをエスコートしてあげてね」
「了解です。打合せの成功を祈っています」
「大げさだな。お茶会みたいなノリだよ」
「ですか……」
エレベーターのドアが閉まる。
すると姫井の小さな手が俺のズボンを、ちょんちょん、と引っ張ってきた。
「須田くん、帰りますか? それとも秋葉原を散策しますか?」
「散策って……いいのですか?」
「少々なら構いませんが……」
姫井がくすんだ金髪をいじくる。
ちょっと珍しい仕草。
「そういえば神宮寺さんのお土産を忘れていました」
「ああ、SNS上でやり取りしていましたよね。どうします? 買っていきますか?」
「僕にいいアイディアがあります。ロシアンルーレット幼女まんじゅうという商品があります。これを買って帰りましょう」
「それって一個だけ辛いやつですか?」
「この商品の面白いところは……」
姫井の口元がにんまりと歪む。
「六個中、当たりは一個だけです。その一個だけが甘いのです。残りの五個は激辛です。これを神宮寺さんにプレゼントしましょう。当たりが一個出た。だから残りは全部セーフ。そう思った瞬間に襲ってくる第二の恐怖。……これは傑作ですよ。……人間不信になりますよ。……神宮寺さんも仰天しますよ。須田くんも笑うこと間違いなしです」
「あっはっは……」
また喧嘩にならなければ良いのだが……。
というか姫井さん。
好きだよな、神宮寺さんのことが。
本人たちが認めないだけで、互いが互いをよく観察している。
気になるクラスメイトに悪戯をしたくなる小学生と一緒。
喧嘩するほど仲が良い、を地でいくタイプなんじゃないかと俺は勝手に考えている。
「姫井さん、帰りは電車にしますか?」
「歩いて帰りましょう。一駅の区間ですし。途中でお土産を買いますし。それに……」
姫井と視線がぶつかる。
「たまには須田くんとゆっくり話がしたいです」
「なるほど」
社長……。
これが狙いだったのか……。
俺と姫井を秋葉原まで連れてくる。
途中で社長がいなくなると、二人だけの時間が生まれるという寸法だ。
俺でさえ社長の意図に気づいたのだ。
頭の回転が早い姫井ならとっくに察知していただろう。
心憎いほどの気づかい。
さすが経営者である。
俺たちは帰途についた。
姫井がうっかり通行人とぶつからないよう、俺が身を盾にして歩いていく。
「ときに須田くん……」
信号が赤になったときだ。
「優しい君のことなら、朝の電話のことを気にしつつ、何も詮索してこないだけだと思いますが……」
姫井が天気の話でもするように切り出してくる。
「ああ……姫井さんの身内のような、身内でないような女の子からの」
俺は表現をぼかしておく。
「薄々気づいていると思いますが、あの娘の母親は僕の婚約者です」
「ですよね。そんな気がしていました。姫井さんが表沙汰にしたくないということは……」
婚約を解消しそうな雰囲気なのでは?
俺は視線でそれとなく探りを入れる。
「須田くんが想像している通りです。僕と婚約者の仲はうまくいっていません」
「それって姫井さんが幼女化したからですか? もう男性じゃないから?」
「それもあります。ですが理由は他にもあります。複雑なのです」
理由を知りたいですか?
姫井が視線でそういったとき、信号が青になった。
「もし姫井さんの気が楽になるのなら」
「ふむ。僕の気が楽になるのなら、ですか」
姫井は復唱する。
「須田くんらしい答えですね。いいでしょう。須田くんは社長の恋愛パートナーです。知る権利と知る義務があると思います。だから教えます。でもその前に……」
秋葉原の街。
たくさんの恋人たちがいる。
中には『成人女性』×『幼女』という組み合わせも。
カップルが目の前を通り過ぎていく。
それを眺める姫井の目つきはどこか物悲しそうだ。
「須田くんにお願いがあります。僕と手を繋いでくれませんか? 仲直りの証として」
「別に構いませんが……。何か姫井さんなりの狙いでもあるのですか?」
「成人男性の手がどういうものなのか。純粋に気になっただけです」
姫井が小さな手を差し出してきた。
俺はそれを恐る恐る握ってみる。
いつもクールに仕事をこなす姫井の肌は、思ったよりも温かくて、俺の胸をドキドキさせた。




