070 かつての戦友
妄想の世界へと旅立ってしまった社長とカヲリさん。
とても愛くるしい。
ダブル美幼女のカップル。
お互いがお互いに見惚れるという無限ループ状態になっている。
そんな二人を連れ戻したのは身内からの意外な一言であった。
「カヲリさん、もう開店時間です!」
「あら、もう開店時間⁉︎」
カヲリさんがはっと我に帰る。
「社長、次の取引先へ向かう時間です!」
「うわ、取引先⁉︎」
こちらも普段の瀬古いのりに戻った。
取引先。
開店時間。
このキーワードに反応するのが経営者といえば経営者らしい。
あと姫井さん……。
ちゃんと時間のことは覚えていたのか。
夢中なのか冷静なのか区別できないときがあるから困るといえる。
「社長、お店の正面には一般客がいますから。着替えたらそのまま裏口から出ましょう」
「わかった! すぐに着替えてくる!」
社長はジャケットを小脇に挟んで『STAFF ONLY』のドアの中に消えた。
「何をやっているのです。須田くんも中へ入るのです」
「えっ⁉︎ 俺もバックヤードへ入るのですか⁉︎」
「裏口はこの奥にありますから」
姫井がそういって中を指差した。
「ですが……」
社長が着替えているのだが……。
そんなことを考えながらドアを開けると、メイドドレスを脱いだばかりの社長と目が合う。
水色のキャミソール。
フリルがついた桃色のショーツ。
いかにも女の子らしい清楚な組み合わせといえる。
布地と布地の隙間からのぞく肌が色っぽい。
特に丸くてキュートなおへその辺り。
とても理想的な形をしている。
「あれ……マサくん……」
「すみません、裏口がこっちにあるみたいで……。俺は壁の方を向いていますから……。ゆっくり着替えてください」
「そうなんだ。まあ、別に着替えを見られるくらい平気だけれど。もっと恥ずかしい場面を見られたし……。私たちは一緒に暮らしている仲だし……。見たいなら見ればいいよ。見たくないなら見なくていいけどね」
社長はそういってニーソックスを脱いだ。
きれいな生足に今度はストッキングを被せていく。
社長のお着替えシーン。
こうして観察するのは初めてだったりする。
「おぉ! 須田くん! これは生着替えですよ! しっかり動画データとして保存せねば!」
姫井がスマートフォンを取り出しながらいう。
本当にやりかねない勢いだったので、
「いくら姫井さんでもそれは許しません」
40%くらいの威力でデコピンしておいた。
「はぅ……後輩から暴力を振るわれました」
「あれ⁉︎ そんなに痛かったですか⁉︎ 友達みたいなノリでやっちゃいました!」
「いえ、少し新鮮でした。僕には成人男性の友だちがいない……というか元々友だちが少ない性格なので。……最後にデコピンをされたのなんて何年前になるか。そう考えると少し嬉しいです」
姫井がゴシゴシとデコピン跡を擦りながらいう。
デコピンが?
少し嬉しかった?
これは想定とは真逆の反応といえる。
「はぁ……」
一瞬でも姫井が可愛いと思ってしまった俺は、曖昧な返事をして誤魔化した。
「あとデコピンの衝撃で思い出しました」
「今度は何でしょうか?」
「実はお店の裏口……」
姫井がバックヤードの外を指差す。
「ここにはないです。お手洗いの正面を通過した位置です。うっかり間違えました」
「いや、姫井さんは超常連客ですよね⁉︎ お店のレイアウトなんて把握済みですよね⁉︎ 社長の着替えシーンが見たかっただけですよね⁉︎ 間違いなく確信犯ですよね⁉︎ 堂々と見られてご満悦という気分ですよね⁉︎」
「さあ……何のことでしょうか。あと人聞きの悪い発言は慎んでください。まるで僕が変質者みたいじゃないですか」
姫井がしらばっくれる。
悔しかったので50%くらいの威力でデコピンしておいた。
「はぅ……今日は二回もデコピンされました。親からもデコピンされたことがない顔なのに」
「いや、自分の子どもにデコピンをしたことがない親御さんは、それなりの数が存在すると思いますよ」
そうこうしているうちに社長の着替えが完了する。
瀬古いのりの戦闘モードだ。
「お待たせ! ストッキングに手間取っちゃった! それじゃ次の予定地へ向かおうか!」
後は脱出あるのみ。
バックヤードを抜けてお店の裏口を目指す。
「もう着替えたんや。早いね」
意外なことにカヲリさんが先回りをして、俺たちの進路を妨害してきた。
むふふ、という例の含み笑いをしている。
「例の罰ゲーム。うちのリクエストがまだやったね。何を要求しようかな〜」
オープンのどさくさに紛れて逃げられると思ったのに。
カヲリさんはしっかりと記憶していたようである。
「写真はもう撮ったし……社長さんは時間がなさそうやし……。そうや! せっかくお近づきになれたんやからまた遊びにきてよ。会社の人たちと。何かゲームでもしよ。幼コレ対戦でもいいけれど。今度はチーム戦とか。それでええよ。また一緒に遊ぼう」
カヲリさんが蜂蜜色のツインテールを揺らしながらいう。
「うん、そうだね。約束だね」
社長からの返事はもちろんOKだ。
「あと、いのりちゃんのサイン色紙が欲しいかな。有名な人が来店したらお願いしているんよ」
カヲリさんが指差した壁にはたくさんの色紙が飾られていた。
歌手。
アイドル。
アニメ声優。
などなど。
オープンからの一年足らずで、よくこれだけの枚数を集めたものだ。
当然ながら俺が知っている名も多数ある。
「幼TECの社長さんのも何枚かあるよ。色紙は後日でいいから。ゆりちゃん経由でくれたら嬉しいです。瀬古いのりの行きつけ。これでお店の株も上がるしね」
社長が幼TECというキーワードに反応した。
色紙を上から順に眺めて、その中の一枚に視線をとめる。
株式会社カノープス・システムズ。
代表取締役社長。
知っている。
幼女フォーラムでも見かけた名前だ。
いま急成長している幼TECのひとつ。
幼女株式会社に勝るとも劣らない知名度がある。
ヒット商品は何といっても『幼女カメラ』というアプリだ。
幼女たちの15年後の未来顔を予想する。
そのシンプルな発想がウケた。
若い経営者。
幼女向けのビジネス。
それを支える精鋭部隊の社員たち。
こうして書き並べると幼女株式会社との共通点がかなり多い。
「あいつもここに来たことがあるのか。ちょっと意外だな。そうか。この秋葉原にね。先を越されたな」
サイン色紙には日付が残されている。
ちょうど今日から二週間前。
「カノープスの社長とは面識があるのですよね?」
姫井が上司の気持ちに寄り添うようにいった。
「うん、私の戦友みたいなものかな。忘れたくても忘れられないよ。幼女フォーラムで会ったときは元気そうにしていたね」
そういう社長の顔はどこか誇らしそうだ。
「カノープスはこれから伸びますかね?」
「きっとくる。私たちも負けていられないな」
社長は手を拳銃の形にして、カノープスの色紙へ照準を定めた。
ばきゅん、と。
撃ち抜くポーズを決める。
とても凛々しい顔つきをしている。
雪原に生きる孤高の狼のような。
可愛いだけじゃ生き残れない。
時には獲物を食べちゃうこともある。
金と競争の世界に生きる、戦闘のための牙と爪を隠し持っている、経営者としての本能が目覚めたのだろう。
「ならば対カノープスの策を巡らす必要がありますね。衝突するのは時間の問題でしょうから」
「その必要はないよ。……そう伝えたいのが本音だけれど、姫ちゃんの判断に任せるよ。私がいえることは一つだけ……」
社長は姫井の頭を優しくナデナデしてあげる。
「明るく楽しく働く。それが幼女株式会社のモットーだよ。もちろんお金は稼がないとだけれども。無理をしたら楽しくないしね。組織の雰囲気が大切っていうのは、幼女カフェも私たちも一緒だよ」
その言葉を耳にしたカヲリさんが、うんうん、と頷いた。
「それでこそ社長です」
姫井も有能な副社長の顔になっている。
「さあ、行くよ。遅刻すると取引先に失礼だから」
裏口を抜けるとそこにはビルの非常階段があった。
社長、姫井、俺の順番で駆け下りていく。
「よ〜し、急ぐぞ〜。今日は階段を一段飛ばしだ〜」
「あっ⁉︎ 社長⁉︎ あんまり調子に乗ると……」
「ん? ……うにゃあ!」
いわんこっちゃない。
足首を挫いたときの悲鳴がこだまする。
「……やばい! ……いつもの倍くらい痛い! ……全体重が乗ったタイミングで逝った!」
「いや、慣れないのに一段飛ばしとかするからですよ! 危ないじゃないですか!」
「だって子どもは反射的にやっちゃうんだよ! 階段の誘惑なんだよ!」
「そこは否定しませんが……」
社長の顔はすでに涙目だ。
また人間タクシーの出番といえよう。
このようにして瀬古いのりの幼女カフェデビューは無事(?)に完了した。




