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069 撮影会の続き

「あ、間違えました。……キスしたい、ベロチューしたい、相手を食べちゃいたい、そのくらいの勢いで接近してください。ギリギリを狙います。つまりキスの寸止めです。水素分子10個分くらいの距離だけ開けてください」


 姫井がとぼけ顔でキス指令を訂正する。

 社長たちの反応が楽しくて、わざと言い間違えたのだろう。


「いやいや! それはキスが成立しているから! もうNGだから!」


 社長が手で×(バツ)マークをつくる。

 その肩を抱きしめてあげたのもカヲリさんだった。


「いのりちゃん。うちはええよ。初めてをあげるわ」


 これは軽い裏切り発言といえる。

 ただでさえ赤い社長の顔がますます赤らんだ。


「絶対に初めてじゃないよね! カヲリちゃんの性格からして! たぶん幼女同士で経験済みだよね!」

「いやん。幼女同士とか。ゆりちゃんが大喜びする言葉やん。あかんあかん。それは禁句や。知っていても言ったらあかん」

「うぅ……」


 手でOKサインをつくったのは姫井だ。

 社長へ向けて可愛らしいウィンクを送り、いつでも撮影できることを伝える。


「社長、バランスを崩したフリをして、勢いでカヲリさんの唇を奪っちゃってください。いわゆるラッキーシチュエーションでいきましょう。社長のドジっ子属性があれば必ず成功します。ここは自信を持っていきましょう」

「それは確信犯だから! 絶対にダメ! 姫ちゃんの要求でも願い下げ!」

「禁断……それこそ至上なのです。社長ならできます」

「できない! 絶対にできない!」


 社長が壊れそうな勢いで首を振る。

 俺はその怯えきっている体を抱きしめてあげた。


「社長、いったん落ち着きましょう!」

「うわっ⁉︎ マサくん⁉︎」


 頼りない手足がぷるぷると震えている。

 頬だって風邪人のように紅潮している。

 これは極限状態にある証拠だろう。


「いまの社長はすごく可愛いですよ」

「えっ!? ちょっと!?」


 俺は社長の味方です。

 そういう気持ちを込めて、まずは外見を褒めた。


「猫耳を装備させたら最強クラスの可愛さって感じです」

「はい!? 猫耳!?」


 これは偽りのない感想である。

 瀬古いのりのメイド服&猫耳バージョン。

 秋葉原の雑貨店までダッシュしてこの場で付け足したいのが本音だ。


「ここは一回深呼吸をしましょう」

「そう……だね」


 すう、はあ、と。

 俺の腕のなかで社長が深呼吸をする。


 ふわふわしたロリータ服が可愛らしい。

 見慣れたツインテールだっていつもの三割増しで輝いている。

 街を一緒に散歩したい、家まで手を繋いで帰りたい、そのくらいキュートな社長のメイド姿なのだ。


 この時間が終わることを惜しみつつ、その小さな背中を押してあげた。


「ほら、やるのは一瞬の恥、やらないのは一生の恥、みたいな言葉を教えてくれたのは社長じゃないですか?」

「それをいうなら、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥、だよね」

「一瞬ですよ、一瞬。注射の痛みと一緒ですよ」

「うぅぅぅ〜、マサくんがいうのなら……」


 社長が両拳をぎゅっと握りしめた。

 かと思いきや両手で顔を隠してしまう。


「でもやっぱり恥ずかしいよ〜。私にはできないよ〜」

「社長! そろそろ正式なオープン時間が! お願いします! 社長だけが頼りなのです!」

「だってキスの寸止めは無理だよ! これがネットの海に流れちゃうんだよ!」

「俺も見てみたいっす!」


 いっちゃった。

 なんか勢いでいっちゃった。

 でも姫井が頼んでも無理なら俺から頼むしかない。


「美幼女。メイド姿。キスの寸止め。最高じゃないっすか。姫井さんがいうなら間違いありませんよ」

「マサくん……本当に……本気の本気で……私のことが可愛いと思う?」


 俺は震えている社長の手を握ってあげた。


「自分の恋人に向かっていうのは、俺も恥ずかしいですが、あえて宣言しておきます。いまの社長は世界で一番可愛いです。だから一肌脱いでください。羞恥心を捨ててください。恋人の目の前ですが、他の幼女とイチャラブしてください」


 ここに一般客がくるとマズいから。

 最後の一点はあえて伏せておく。


「わかったよ。マサくんのためにも頑張るの。ここで社長としての意地を見せるの。一肌脱げない幼女はただの幼女なの」


 社長が頬っぺたをぷくっと膨らませた。


 自分で自分を騙している社長も可愛いな。

 俺はそんな罰当たりなことを考える。


「ではスタンバイをお願いします」


 姫井が指を三本立てながらいう。


 お互いの背中に手を回す社長とカヲリさん。

 どちらの顔も桃色に染まっている。


 とっても甘い光景なのだ。

 そっち系の趣味はない俺だって興奮してしまう。


 恥じらう幼女がふたり。

 唇を突き出した格好で見つめ合う。

 文字にするとそれだけのシーンなのに甘すぎる。


「はぅ……尊い。尊い。これは尊いですよ、須田くん。いま僕たちは奇跡を目にしています」

「予想はしていましたけれど、実物はかなりヤバいですね。さすが姫井さんプロデュースです」

「うぅ……このシーンをデッサンしてみたいです。できれば着衣と脱衣の両パターン。そうしたら死んでも本望なのですが……」


 姫井がうっとりした顔に手を添えながらいう。

 かなりNGの内容でも幼女がいうと可愛げがあるから不思議だ。


「姫井さん、早くシャッターを切ってあげないと。本当に社長の限界が……」

「まだです。果物は腐る直前が一番おいしいのです。急いではピークを逃します」


 とても高尚な(たと)えを持ち出してくるな。

 その脳内は下衆(げす)の極みだけれども。


 社長の息づかいが荒くなってきた。

 カヲリさんの目だって潤んでいる。


 これは一種の放置プレイだ。

 おあずけを食らった犬と一緒である。


 いま本人たちはどんな気持ちなのだろうか。

 ドキドキが止まらないのか?

 早く終わってほしいのか?

 頭の中が真っ白なのか?

 俺としては勝手な妄想をするしかない。


「もっと腰を密着させてください。下半身でもキスしてください」


 そこに姫井のハードな要求が降ってくる。

 社長とカヲリさんは魔法で操られたみたいに太ももを接近させた。


 早くキスしたい。

 美味しそうな唇を食べちゃいたい。

 そういう心のセリフが聞こえてきそうなほど甘い表情をしている。


 すごいな。

 姫井はここまで計算するなんて。

 このまま寝室に突入する流れじゃないか。


 時よ、止まれ。

 俺もついつい念じてしまう。

 もう少しだけこの光景を脳裏に焼き付けたいから。


 幼女と幼女が抱き合う。

 そしてキスシーンに突入する。


 ちょっとした奇跡だろう。

 その場所に成人男性の俺が居合わせるなんて。


「では撮ります。三枚目」


 ぱしゃり。

 姫井が手でOKサインをつくった。


 俺は安堵のため息を漏らす。


 最後まで耐えた社長はやっぱりすごい。

 ここは頭をポンポンして存分に褒めるべきだろう。


「社長、お疲れ様でした。完璧な一枚ですよ」


 声をかけてから首を傾げる。


「……」


 返事がないのだ。

 社長からも。

 カヲリさんからも。

 ふたりとも彫刻のように固まって、表情だけをデレデレさせている。


「ねえ、カヲリちゃん」

「どしたん、いのりちゃん」


 俺の声だけ届いていない。

 ふたりだけの亜空間が誕生している。


「このままホテルへ行く? それとも家にくる?」

「ええなあ。今日は臨時休業にしてふたりで休もうか。いっぱい質問したいこともあるしね」

「だよね。仕事って気分じゃないよね。休んじゃおっか。一緒に街とかを散歩したいし。仲良く手をつないでね。何なら原宿とかまでいっちゃう? どっかの庭園でもいいけれど?」

「メイド姿で日本庭園? ごっつう楽しそうやな。注目されまくりや」


 カヲリさんが上品に笑った。


「でも会社はええの? 忙しいんちゃう?」

「カヲリちゃんほどじゃないよ。私の代わりは姫ちゃんがいるし」

「羨ましいな。そういうセリフ。うちの代わりはおらんからな。一度いってみたいわ。自分の代わりがいるって」


 デートの計画を立て始める社長たち。

 心ここにあらずという雰囲気だ。


 恋人を演じる。

 そのつもりが完全に入り込んでしまった。

 そういう現象が社長とカヲリさんの身に起こったのだろうか。


「ねえ、姫井さん。これは……」

「幼女カップル成立です。これも小さな奇跡です」

「いやいやいや! 勝手に成立されても困りますってば! 社長はこの後も仕事がありますし!」

「一日くらい仕事を休んでも平気です。僕がすべて代行しますから。さあ、須田くん。帰りの支度をしますよ。カヲリさんに任せておけば、社長も晴れて僕たちサイドの住人になります」

「俺と姫井さんは住んでいる世界が違いますから! そっち側の住人になられても困ります!」

「ふっふっふ……これで社長も完全に堕天しました。あとは僕が優しく調教すれば……」

「ちょっと姫井さん! 聞いていますか!」


 これは罠なのか?

 最初から姫井の罠なのか?


 社長はすっかり心と体を許している。

 カヲリさんから何を要求されても今なら受け入れちゃいそうだ。


 まさに姫井の理想。

 美幼女によるカップル。

 めでたく誕生なのである。


「姫井さん、社長を置いて帰るはさすがに冗談ですよね? 冗談だといってください!」

「続きが気になります! もう一時間お店を貸し切りにしたい!」

「もしも〜し、聞こえていますか〜?」


 俺はふとお店のドアを見つめた。

 その向こうには利用客と思しき幼女の姿がある。


 それも一人や二人じゃない。

 少なく見積もっても十人は並んでいそうだ。


「これってお店がもうすぐオープンしちゃうんじゃ……」


 そんな俺の予想を肯定するように、メイドの従業員さんが忙しく動いている。

 迫ってくるタイムリミット。

 終わらないイチャラブ。


「カヲリちゃん」

「いのりちゃん」


 社長たちはお互いの名を呼ぶだけでも楽しそう。


「はぅ! これは神です! 軽い神です! 神展開です! エロスの降臨です!」


 そこに姫井が容赦のないシャッター音を浴びせた。


「ずっとこうしていようか?」

「そやね。悪くないね」


 天使のようだった幼女社長。

 まさかの堕天といえる……。

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