066 花園カヲリ(中)
「はいはい、姫ちゃんが正しいよ。今日は諦めますよ」
論争すること三分。
白旗を上げたのはやはり社長であった。
「でも自分たちが出資する幼女カフェだよ。そこには夢と希望があるのに……」
社長がツインテールを左右に引っ張りながらいう。
駄々をこねる子どもみたいで可愛いアクションといえよう。
「全否定しているわけではないです。僕は時期尚早だと伝えたかったのです」
一方の姫井は伊達メガネの位置を指で直しながらいう。
あざとい仕草だけれど、黒ずくめの姫井がやると無駄に格好いい。
「わかりましたよ、お師匠さま。いまは手元のビジネスに注力しますよ。それでOKかな?」
「ええ、視界良好でしょう。問題ありません。とはいえ花園カヲリさんという強力なパートナーが隣駅の秋葉原に存在することも事実です。その時がきたら縁談をまとめましょう」
「は〜い!」
名前を出されたカヲリさんがそこに割り込んだ。
観音開きになったメニュー表をテーブルの中央に立てる。
「飲み物は何にするの? ゆりちゃんはいつものやつかな?」
「そうですね。いつものドリンクです。社長にも同じものをお願いします。あれはSNS映えしますから」
するとカヲリさんは、
「ミルクチョコレートキャラメルラテ・ALLトッピングをお願いね。ふたつね」
と後ろに控えていたメイドに指示を伝える。
これも舌を噛みそうなネーミングだな。
あとラーメン屋の全部のせみたいなノリといえる。
「正臣くんは何にする? 今日はお店のおごりやから。高そうなやつ注文した方がお得やで」
「俺も同じやつ……だと変ですかね? ミルクチョコレートキャラメルですっけ?」
「正臣くんは激甘党じゃないやろ? 成人男性があれを飲むとな……」
カヲリさんが形のいい顎に指を添える。
そしてまったり口調でいうには……。
「たぶん飲みきれないよ。脳みそが溶ける甘さやで。頬っぺたが落ちるってレベルやないで。幼女向けの味付けやから。幼女の理想を飲み物にした味なんよ。悪いことはいわん。別のにしときや」
俺の食欲がしゅるるるっと急にしぼんだ。
「じゃあ……甘そうじゃない……ダークチョコレートラテ……どうですかね?」
「ええなあ。賢明な判断や。トッピングは何にするの?」
「アーモンドスライスと、ホイップ増量と、ドライフルーツのベリー三種でお願いします」
「金箔はどうする? ゆりちゃんはいつもトッピングしてるで」
「えっ⁉︎ 金箔⁉︎ うわっ⁉︎ 本当だ! しかもドリンク本体よりも値段が高い! いやいや! 俺ごとき凡骨が黄金を口にするなど恐れ多くて……100年早いって感じです」
「あっはっは! 金を口にする頃にはお陀仏になっているな! まあ、金箔をトッピングする客なんて、ゆりちゃんか、ギャンブルで大勝ちした人くらいやな。お飾りみたいなメニューやし。金に栄養があるわけでもないし」
ALLトッピングの値段、けっこうヤバい。
ラーメン屋の全部のせが約2,000円だけれども、それの比じゃない感じだ。
姫井はこれを毎週のように飲んでいるのか。
確かに課金の効率は良さそうである。
ダイヤモンド会員、恐るべし。
「そうそう。いのりちゃん、千代田区で一番カワイイ社長みたいな売り出し方をしているらしいね」
カヲリさんが相手を持ち上げるようにいう。
しかし胡桃のような目の奥は少しも笑っていない。
「うちも経営者といえば経営者やから、広い意味では社長なんやけれども……」
そうか⁉︎
秋葉原駅の住所は千代田区外神田。
つまり『千代田区で一番』の中には『秋葉原で一番』も含まれるのではないか?
社長に一番の座を奪われた。
可愛さだけなら互角のつもりなのに。
カヲリさんが主張したいのはそういうことなのか?
これは発生して当然の文句といえる。
あくまで自称ナンバーワンなのだから。
「ん? どうしたん、正臣くん? かたい顔して? ああ、うちがいのりちゃんに張り合っている、もしかしてその心配かな?」
「それはありますね。ナンバーワンを名乗る以上、当然それに反発する誰かがいるわけですから」
「その心配なら必要ないよ。だって……」
カヲリさんはお店の正面にある道を指差した。
「あの道の向こうは千代田区。あの道のこっちは台東区。うちは千代田区にエントリーしていないから。つまり誰が千代田区の頂点に立っても影響はないんよ」
「あれ⁉︎ そうなのですか⁉︎」
カヲリさんがクスクスと笑う。
「品川駅の住所が品川区じゃないのと同じや。秋葉原は台東区の地名やのに、駅の住所は千代田区やろ? それにみんなが想像する秋葉原もほとんどは千代田区の土地やしな。本物の秋葉原はものすごく狭いよ。そういう意味やと……」
そして人差し指をクルクルと回し始めた。
「外神田とか名付けるくらいなら、丸ごと台東区に譲ってくれてもええのにな。千代田区の人口は五万人ちょっとやろ。それなのに一万社以上が存在するんやで。有名企業もたくさんある。税金あまりまくりやろ? 日本一お金持っているやろ? 区のサービスが充実しているやろ? 羨ましい話やで。同じ23区でも格差が開きまくりや。この秋葉原がなくても千代田区は余裕ちゃうの」
「まあ……俺の一存では何とも……」
その五万人に俺も含まれるのか。
月々の家賃負担が四万円なので、その点だけは勝ち組かもしれない。
「でも千代田区で一番カワイイ社長はええアイディアやね。誰が考えたん? それもゆりちゃん?」
「いえ、神宮寺という先輩が勝手につけました。そのうち評判が独り歩きした感じですね」
俺はぴょんぴょん跳ねるアホ毛を凝視してしまう。
「うちもやろうかな。台東区で一番カワイイ……社長やと変だから……経営者もちょっと違うし……」
「一番カワイイメイドさんにしますか? それとも一番カワイイオーナーさんとか?」
「そやね。それが無難やね。でも千代田という響きの良さには台東じゃ勝てんわ〜」
カヲリさんは鈴を転がすような声でクスクスと笑った。
しかし幼女としてのポテンシャルは社長とほぼ互角。
つまりカヲリさんだって区のトップ美幼女を狙える逸材なのである。
そんな人物が俺の近くに二人も!?
この瞬間のこの空間がとても貴重なものに思えてきた。




