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062 秋葉原上陸

 幼女大国ニッポン。

 それを語る上で外せないのがサブカル特化型のお店だ。


 コミック、ゲーム、書籍、DVD、キャラグッズなどを専門に取り扱う店舗が東京のあちこちに点在している。

 新宿。

 渋谷。

 池袋。

 やっぱり本尊というべきは……。


 神田駅から移動することたった一駅。

 住所は千代田区外神田(そとかんだ)一丁目。


『……次は秋葉原、秋葉原、お出口は左側です。総武線各駅停車、地下鉄日比谷線、つくばエクスプレス線はお乗り換えです。……』


 かつての青果市。

 かつての電気街。

 かつてのオタクの街。

 駅の利用者数が世界で第10位くらい。


(駅ランキングの上位20位くらいまでを日本が独占しているのだけれども……)


 二次元より三次元。

 会えない幼女より会いにいける幼女。


 いまや幼女文化の中心地として国の内外からたくさんの観光客を集めている秋葉原である。


 駅のホームに降り立つとカラフルな看板広告が目についた。

 そのほとんどは放送中アニメや大人気コミックを宣伝するものだ。


 幼コレの広告も出せたらいいのに……。

 俺は三秒ばかり足を止めてしまう。


「こっちです。あと秋葉原駅をぼうっとしながら歩くことは、幼女と接触して怪我をさせる原因になりますので、自殺行為と心得ておいてください」


 先導する姫井のお尻を追いかけた。


 周りには大勢の幼女たちがいる。

 今日は平日なので半分はビジネス目的、半分は観光目的といったところか。


「姫井さん、その格好で秋葉原を歩くのは勇気がいりませんか?」


 俺がゴスロリ服を指しながらいうと、


「平気です。ここは第二の故郷みたいなものですから。むしろ心が落ち着きます」


 姫井がやや明るい声色で返してきた。

 この時間を本人なりに楽しんでいるようである。


 俺たちは下りのエスカレーターに乗った。

 すると壁一面を埋め尽くしている幼女向けソーシャルゲームの広告が嫌でも目に飛び込んでくる。


 俺もタイトル名は知っている。

 片隅にはターン制バトルRPGという文言。

 幼コレと客層が被りそうだな、というのが率直な感想である。


「うちのライバルの幼TECがリリースしたタイトルだよね。開発費も高そうだし、なかなか面白そうだな」


 社長が目をキラキラと輝かせながらいう。

 すると姫井がひとつ咳払いをしてから、


「どっかの人気ゲームのシステムを完全に模倣して、絵だけを差し替えたようなタイトルです。あれでは一年持つかどうか……いえ、半年だって怪しいです。大赤字を計上するブラッドオーシャンが目に見えます。……きっと原価の半分どころか25%も回収できないでしょう。開発チームの面々には申し訳ないですが、それがこの世の現実です。愚昧(ぐまい)なトップを野放しにした組織がどうなるか。その先には血の海が広がっています。歴史は繰り返すといいますから。わかりやすい栄枯盛衰の例です。まあ、彼らの失敗のお陰で、我が社の成功が輝きを増すのですけれども。くっくっく……他人の血を吸って生きる……これが幼TECの戦いなのです……まさに現実は非情……まさに真実は残酷」


 かなり辛辣な評価を突きつける。

 先方(せんぽう)の社員が耳にしたら吐血しそうな内容だろう。


「姫ちゃんは手厳しいな〜」

「ぜひ社長は彼らを反面教師として経営に当たってください。間違っても派手な広告を打って幼コレのユーザーを増やすという愚挙を犯しませんように」

「はいはい。承知しましたよ。お師匠さま」


 社長がその肩を揉んであげた。

 奉仕される姫井は満更でもない様子だ。


「姫井さん、うちの会社は将来的にも駅ナカの広告を出さないのですか?」


 俺は思ったままを口にする。


「いえ、実はすでに出しています。今日はそれを見にきました」

「もしかして電子パネルのやつですか? 一定の時間で切り替わるやつ?」

「あれにはけっこうな予算が必要なのです。なかなかの高級品なのです。そこで……」


 エスカレーターを降りた姫井がトコトコと小走りに移動する。

 その先にあったのは……。


「これです」


 かなり控えめなポスター広告であった。

 デザインの異なる幼コレのポスターが二枚、人通りの多い通路に並んでいる。


 ほとんどの利用客は足早に通り過ぎていく。

 まったく見向きもされない。

 残念なポスター広告。


 幼コレのデザインが地味なのではない。

 秋葉原という街そのものが、そこら辺に溢れている広告が派手すぎるのだ。


「効果ありますかね?」

「いいですか、須田くん。広告を出しているという事実が大切なのです。この秋葉原に! 幼女コレクションの! それに……」


 姫井がポスターの一点を指差した。


「ここに社長の直筆サインが入っています。これは世界で一枚だけの超貴重なポスターなのです」

「おおっ! 本当ですね!」

「むしろ僕が欲しい!」


 社長がポスターの横に並ぶ。

 それを姫井がスマートフォンのカメラに収めた。

 もちろん会社の公式SNSでフォロワーへ向けて発信するためだ。


『xx月xx日までの期間限定で秋葉原駅に幼コレのポスター広告を掲示しています。瀬古いのりの直筆サイン入りです。ぜひ立ち寄る予定がある方は探してみてください。掲示場所のヒントは【陽のあたる通路】です。この投稿を拡散してくれた方の中から抽選で3名様に【宣伝用ポスター(非売品)】を贈呈いたします。※抽選を希望される方は本アカウントのフォローをお忘れなく』


 これで投稿完了。

 しばらくすると『いいね』の数が伸びはじめた。


「僕だってサラリーマンの端くれです。でっかい看板広告を打ちたいのは山々です。しかしそんなお金があるのなら……」

「いま七人いる社員を八人に増やすと?」

「そうです。それが最善手です」


 姫井がくるりとターンした。

 ロングドレスの裾がきれいな円弧を描く。


「いいですか、社長。派手なやつはすぐに死にます。自然の世界でも。ビジネスの世界でも。従業員ウン万人の会社が派手な広告を打つことは、広告業界の利益になるので否定しませんが、身の丈に合った宣伝方法に徹するよう、心得ておいてください。……間違っても派手好きな神宮寺さんの口車に乗せられないよう、公私の区別をお願いします。神宮寺さんみたいな才気走ったキャラは何をしでかすか予想できませんから。あのお調子者キャラが暴走すると三ヶ月で会社の金を使い果たします。あれは名刀というより妖刀です。扱い方を間違えると持ち主を傷つけます」

「はいはい、わかっているよ」


 姫井も姫井だな。

 神宮寺のことになると人が変わったように早口になる。


「僕がこんなことをいうのも、神宮寺さんの利発さを認めているからです。あの快刀乱麻(かいとうらんま)を断つがごとき才能を活かせるのは、幼TEC界広しといえども、社長しかいないと思っています」


 そして神宮寺のことをベタ褒めするのも忘れない。

 この不器用さが少し可愛かったりする。


「さ〜て、駅に長居するのもあれだし、そろそろ目的地へ移動しようか。マサくんはお手洗いとか行かなくても大丈夫かな?」

「ええ、俺は平気ですが……。今日は駅ナカのポスター広告を見るのが目的ではなかったのですか?」

「これはオマケ。本命は別にある。これから向かうのは……」


 社長がちらりと目配せをする。

 すると姫井は得心したように頷いた。


「姫ちゃん行きつけの幼女カフェだよ」


 社長は胸元に流れてきた二本のツインテールをぎゅっと握りながらいった。

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