006 ボーナス
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幼女株式会社のホームページ。
『旗艦タイトル”幼女コレクション”。国内ダウンロード数が500万を突破』
『幼女が選ぶゲームアワードを受賞』
いのり社長の声。
『リリースから1年を迎える幼女コレクション(略称、幼コレ)は、皆様から広く愛されるタイトルに成長しました。これからも当社は”尖ったサービス”を世の中へ送り出していきます。
(中略)
我々の会社はスポーツチームに似ています。一人ひとりが成長し、行動し、思考し、人としての価値を高めていく。チームの活性化のため月間MVPを選んでいます。この前は新卒二年目のS君が選ばれました。小さくても楽しい会社をこれからも目指していきます』
テクニカルマネージャー神宮寺の声。
『ええと、インタビュー? 何を答えればいいんだっけ? 私の名前は神宮寺。ゲームのシステム面を担当しています。(小声で)よくわからない仕事も投げられるけれど……。元はAという会社で働いていました。給料は下がったけれど、自由にできる時間が増えたし、転職を後悔したことはないです。社長とは友達みたいなものだしね。
(中略)
いまの会社に満足しているか? 好き放題やっているから700%満足だよ』
チーフ&ディレクター姫井の声。
『サービスの企画や進行を担当しています。姫井です。元々は別のところで働いていた転職組です。この会社を選んだ理由ですか? 社長が自分のことを高く評価してくれたから。それに尽きると思います。いまは現場レベルの判断をすべて任されています。
(中略)
会社の満足度ですか? 社長と神宮寺さんにはもっと上を目指してほしいです。そういう意味で30%くらいです。これは自分に対する満足度にも通じます』
※ ※
社長の名前は瀬古いのり。
ツインテールがお似合いの幼女。
幼女株式会社のトップを務めている。
一言でいうと理想の上司だ。
会社が好き。
従業員が好き。
人を喜ばせるのが好き。
『社長って何か好きな物はあるのですか?』
俺がそのように質問したら、
『え? イチゴのショートケーキが好きだけれど、マサくんのことも好きだよ』
と笑顔で返してくれる天然の人たらしだ。
俺は朝のメールチェックをしていた。
デスクの上にはパソコン、ペットボトル、社給の携帯電話が並んでいる。
そこに社長がやってきて一枚の紙切れを置いた。
「社長、これは?」
「ボーナスの支給がまだだったよね。金額を確定させたから。これは明細だよ」
「ありがとうございます」
まともにボーナスをもらうのは二回目だ。
わくわくしながらミシン目を切り取る。
新卒二年目だから20万円とか25万円くらいだろうか。
いくら好業績とはいえ30万円はないような気がする。
『賞与:1,000,000円』
俺はぎょっと目をむいた。
え、ひゃく?
誰かの明細と取り違えたのかもしれない。
名前の部分を確認した。
『須田 正臣』
そのように印字されている。
ゼロがひい、ふう、みい……、やっぱり七桁だよな。
つまり100万円。
テレビ番組の優勝賞金みたいな額だ。
え、ひゃくまん?
10秒くらいして実感できる圧倒的リアル。
血中を流れている全ドーパミンが歓喜した。
「いのり社長! いのり社長!」
俺は社長のブース席までダッシュした。
完全な個室にはなっておらず、二方向を衝立で囲っている。
「ん? 元気だね。何かあったの?」
社長がパソコンを操作する手を休めながらいう。
「これ!」
俺はその眼前にもらったばかりの明細を突きつけた。
「この明細、正気ですか? 何かの間違いじゃありませんか? ゼロが一個多いとか? 通貨単位がベトナムのドンで、実は五千円くらいとか? 信じられない金額ですよ」
「いいや、合っているよ。おめでとう。大台を突破したね」
「本当にいただいてもよろしいのですか?」
「えっ……返してくれるの?」
「それは……」
社長がくしゃりと笑った。
俺のマヌケな反応が楽しかったのだろう。
「評価が高すぎて戸惑っている。そういうことかな?」
「ええと、有り体にいえばそうなります。俺なんて二年目ですし……」
すると社長は形のいい顎に手を添えながら、
「でも休日とかの作業を進んで引き受けてくれたよね。二年目なのにね。無視できない貢献だよね。それは評価されるべきじゃないかな?」
俺のプライドをたっぷりと刺激してきた。
「しかし、お金のために作業をしたわけではありません。あれは先輩たちの負担を減らそうと思っただけです」
つい優等生のような発言をしてしまう。
「私も休日出勤してもらうためにボーナスを払うわけじゃない。そこには私なりのメッセージを込めている」
「では、本当に受け取ってよいと?」
「もちろん!」
社長に明細を突き戻される。
「明日の朝にはマサくんの口座へ振り込まれるから。堂々と受け取りたまえ」
「ありがとうございます! 明細は額縁に入れて、実家の仏壇に飾っておきます!」
社長は困ったように笑った。
「大げさだよね。期待の分を上乗せしている。いまの調子で頑張ってほしい」
「はい!」
俺は嬉しさのあまりつい余計なことを口走る。
「俺でさえこの額ということは、先輩たちはもっともらっているのですか?」
「う~ん、人によるかな」
「ほら、神宮寺さんとか、姫井さんとか」
二枚看板の名を持ち出した。
どちらも社長の片腕のような存在といえる。
「プライバシーに関わるから言えないけれど、このくらいは出している」
社長は小声で耳打ちしてくれる。
「えっ! そんなに!」
「あいつらは転職組だからね。私のワガママで元の会社を辞めてもらったから。待遇を悪くするわけにはいかないだろう。それに”幼コレ”がヒットしたのは二人のお陰だし。三人前くらい働いてくれているし。……だからボーナスをもっと積んでも安いくらいだよ。大手企業だって喉から手が出るほど欲しがる幼女人材なんだから」
「安いくらいって……そんなに優秀なメンバーを集めるとか、むしろ社長の方がすごいですよ」
「ありがとう。マサくんは早く成長して彼らの業務を助けてほしいんだよ」
社長の小さい手が、ぽん、とお尻を叩いてきた。
俺の胸がドキリと高鳴る。
社長のボディタッチは珍しいわけじゃない。
相手は幼女でもあり、尊敬する上司でもある。
俺だって悪い気はしない。
普段のタッチより強くないか?
ぐりっと押し込んでこなかったか?
単なる気のせいだと思うのだが……。
「社長のボーナスは社長が決めるのですか?」
「うん。そうだよ」
「なんか夢がありますね」
「いやいや。私の給料は役員報酬を十二分割しているから。よっぽどのことがない限り、ボーナスは0円になるのだよ」
「へえ~。社員じゃないと体験できない楽しみもあるのですね」
「だから社員の笑顔が私のボーナスみたいなものかな」
「いのり社長、俺は死ぬまでついていきます!」
「いやいや、死んだらダメだから!」
ボーナスの使い道について社長に意見を求めてみた。
「田舎の両親に何かプレゼントをしたらどうだい? 間違いなく喜んでもらえるよ」
悪くないアイディアだ。
今夜くらいに電話してみよう。
俺が席に戻りながら振り返ったとき、社長がニコッと人懐っこい笑みを向けてきた。