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052 恋の火花

 この人は自己中心主義なんかじゃない。

 姫井は社長中心主義なのだろう。


 まさに意識を吹き飛ばされる寸前……。

 俺の頭によぎったのは、後悔とか不満とかではなく、社長の優しい笑顔であった。


「須田くん、お覚悟を!」


 スタンガンの電極が一気に迫ってくる。

 火傷しそうなほどの青白い火花。

 直視するだけで目が痛い。


 姫井は大きく一歩を踏み出し、容赦なく腕を振り抜き、思いっきり凶器をぶつけてきた。

 あと30センチ。

 あと20センチ。

 あと10センチ。

 しかし俺の胸元をえぐろうとした一撃は、見えないバリアのようなものに阻まれて、その勢いを失っていく。


 これはゾーン状態とかフロー状態いうやつだろうか?

 すべての景色がゆっくりと流れている。

 姫井の腕も伸びきっている。


 ちょこん。

 スタンガンの電極が触れたとき、俺の胸に伝わってきたのは、電流でも刺激でもなく、あるかないかの圧力のみ。


 何が起こった?

 俺は恐るおそる視線を下げる。


 確かにスタンガンは刺さっていた。

 そしてスパークのバチバチが消えている。


 バッテリーが尽きたのか?

 電源がOFFになったのか?

 おそらく後者だと認識するのにたっぷりと10を数えるだけの時間が必要だった。


「まったく……」


 姫井がよろよろと後ずさりする。

 くすんだ金髪がシルクのように肩口から流れた。


「あなたって人は……」


 姫井の目には光が戻っていた。

 どこか儚げでどこか悲しげな光。


「須田くんはちょっと卑怯ですよね? 誰に似たのでしょうね? 非攻に徹する? 博愛主義者のつもりですか? そんなことをされたら……」


 姫井が腕をだらりと下げる。

 まるで降参の意思を示すみたいに。

 さっきまで暴走していたスタンガンは、飼いならされた猛獣のように大人しい。


「ここで須田くんを攻撃したら、僕の立場がなくなるじゃないですか? どうしてくれるのですか? 僕の仕事は薬になるものと毒になるものを見極めること。社長にとっての毒は取り除く。それ以外にありません」

「……姫井さん?」


 須田くんは薬ですよ。

 花弁のような姫井の口がそういったような気がする。


 俺は近くにあった椅子に腰を下ろした。

 とてつもない疲労感に襲われる。

 それほどの迫力があった。


「いつか社長に恋人ができることは覚悟していました。魅力のある人ですから。その相手を試験する気でした。僕たちは人生の一部を社長に預けている。ならば社長も人生の一部を僕たちに預けるべきでしょう。それが人間関係というものでしょう。雇用主と労働者である前に、僕たちは人なのですから」


 そういう姫井の声はやっぱり冷たい。

 なのに胸を奥を熱くさせるような説得力がある。


「認めたくありませんが認めます。社長の選んだ相手が君でよかった。須田くんを選んだ人が瀬古いのりでよかった。それがいまの僕の率直な気持ちですから。それと……」


 疲れているのは姫井も同じらしく、少しだけ肩で息をしている。

 渾身の演技だったのだ。


「須田くんに意地悪をしてごめんなさい。須田くんを驚かせてごめんなさい。謝るという行為はこの世で二番目くらいに、社長から嫌われることの次くらいに嫌なのですが、それでも謝ります。須田くんを試すような真似をしてごめんなさい」


 姫井が己の非を認めた。

 そして手を膝に当てながら頭を下げた。

 初めて見せられる姿にむしろ俺が動揺してしまう。


「謝らないで……須田くんはいまそう思いましたか?」

「俺だって姫井さんのことを誤解していましたから。それに俺が嘘をついたのは事実です。だからお互い様じゃないかと……」

「先ほどもいいました。僕たちは人なのです。上司と部下である以前に人なのです。これは上司の姫井として謝っているのではありません。個人の姫井として謝っています。だから気持ちを突き返すのはナシでお願いします。僕をもうこれ以上みじめな存在にさせないでください」

「だったら俺も……」


 俺は起立してから頭を深く垂れた。


「姫井さん! 社長との同棲のこと、すぐに切り出せなくてごめんなさい! 俺も悪かったです!」


 やっぱり姫井は笑わない。

 社長以外の前だと笑えない。

 それでもフランス人形のように整った顔がいつもより輝いて見えた。


 これで和解成立。

 これにて一件落着。

 立場は違えど同じことを考えたはず。


「さて、今日はもう遅い時間になってしまいましたね。そろそろ仕事を畳みましょうか」

「ええ、俺も家で社長の帰りを待つことにします」

「ぜひ肩でも揉んであげてください」


 和気あいあいとした空気になったとき、その人物はやってきた。


 初めは神宮寺がコンビニから戻ってきたのかと思った。

 そのくらい自然な登場であったのだ。


「ねえ、姫ちゃん……」


 可愛らしいツインテールが揺れる。

 姫井がアレンジを施したという立体感のある髪型。


「なんか荒ぶっていたようだけれど……」


 その首にはベージュ色のチョーカーがついている。

 これも姫井が本人のためにチョイスした一品だ。


「みんなが怯えきっているのだけれども……」


 氷のように冷たい声。

 あまりの衝撃に俺の血液が逆流しそうになる。


「まあ、マサくんを少しいじめるのはいいとしよう。男の子だし。フィジカルとメンタルが強いし。……でも他の可愛い幼女ちゃんまで怖がらせるとはねぇ。これは見逃せないよねぇ。そう思うよねぇ、姫ちゃん」


 さっきまでは攻める側だった姫井。

 それが一転して守勢に回ることになる。


「えっ⁉︎ 社長⁉︎ どうしてここに⁉︎」


 姫井の瞳に動揺が走った。

 これは当然の反応だろう。

 相手は幼女フォーラムの懇親会に参加しているべき人物なのだから。


 幽霊を見ているのではないか?

 そんな気持ちになったとしても不思議はない。


「私はお酒を飲めないからね。一通り挨拶を済ませてから懇親会を抜けてきちゃった。気まぐれで会社に顔を出したのだけれども……。姫ちゃんなら問題を起こさないと期待していたのだけれども……。私の大切な社員ちゃんに何をしてくれているのかな?」


 社長がヤンデレ目で問い詰める。


「いや、これには深い訳があって……須田くんの覚悟を試していたというか……社長の相手に相応しいかテストしていたというか……」


 姫井のヤンデレ目はすでに解除済み。

 これは勝負ありといえるだろう。


「うん。立ち話も何だしさ。詳しい話は奥で聞こうか。他のみんなも怯えているしね。まあ、何があったのか大方の予想はできるけれども。当事者の口から聞き出さないことにはね」


 クールに怒る社長が姫井の腕をつかんだ。


「しかし時間が時間ですし、日を改めませんか? 今日は早く休んで、明日に続きをやるとか?」


 姫井が無駄と知りつつ抵抗する。


「トラブルには24時間365日対応。姫ちゃんもうちの社員なら当然理解しているよね?」

「はう……なんて横暴な……でもそこが素敵です……」

「最後にいい残すことは?」

「大好きです、社長」

「私も姫ちゃんのことが大好きだよ。そのコルセットドレスを剥いでから、オフィスの床に転がしたいくらいには。三つのプレイは何だっけ? 頭ふみふみと、お股すりすりと? あと一つは?」


 けっこう前から現場を観察していたらしい。

 姫井としては恥ずかしくて死にたい気持ちだろう。


「スカートの中に広がる秘密の花園を心ゆくまで脳裏に焼きつける儀式でございます」

「そういう嘘のない性格が本当に大好き」

「はう……期待させないでください」

「ん? 何を期待するの?」

「ご褒美です♪」


 ある意味よかった。

 いつもの変態姫井さんだ。


 やっぱりこの人はこうでなくっちゃ。

 冷血なナンバーツーを演じるよりも似合っている。


「じゃあ、詳しい話は会議室の中で。これは社長命令だから。拒否権はないから。洗いざらい話してもらおうか」

「あうあう……僕の罪をすべて暴きたいだなんて……しかも密室だなんて」

「そうだね。密室だね。剥ぐから。そのドレス」

「うぅ……強引な社長も素敵すぎます」


 社長と姫井が会議室の中へ消えていく。

 俺はそれをあ然とした気持ちで見送った。


 マジか⁉︎

 社長は途中からのやり取りを見聞きしていたのか⁉︎


『社長に対する俺の気持ちは変わりません』

『ああいう笑顔を見せられるとダメなんです』

『社長が好きなものは俺も好きです』


 すべて社長に聞かれたのか?

 そういう認識で合っているはず。


 姫井はかなり恥ずかしいけれど俺もまあまあ恥ずかしい。

 どれも本音だったぶん尚更恥ずかしい。


 バタンッ!

 そんな俺の気持ちを置き去りにするように会議室のドアが閉まった。

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