051 姫井スパーク
「ちょっと待ってくださいよ、姫井さん! いったん落ち着きましょうよ!」
俺は三歩だけ後退した。
「僕は落ち着いています。それと須田くんに伝えるべきことがあります」
姫井が同じだけ距離を詰めてくる。
「この会社は社長の存在でもっているのです。社長の純潔が支えなのです。それを汚す人が現れるとは……。よりによって身内とは……。これは失望です。これは絶望です。この会社を守るためなら須田くんを粛清することなど造作もありません。スキャンダラスな話は絶対に許しません」
バチバチバチッ!
スタンガンの電圧がMAXになる。
豚の意識くらいなら吹っ飛ばせそうなスパークをまとった二本の電極。
姫井が怒ったシーンならば何度も見たことがある。
いまの姿は過去のいずれもを凌駕している。
これは動くフランス人形だ。
敵と認識したターゲットを一匹残らず倒していく。
「社長の身辺を守るために携帯している武器でしたが、こんな形で役立つとは思っていませんでした。しかし朗報です。刀が手元にあると人を斬りたくなる。銃が手元にあると人を撃ちたくなる。それと一緒です。ちょうど誰かをビリビリさせてみたかったのですよ。It's Showtime……須田くんがどんな悲鳴をあげるのか教えてください」
姫井がひしひしと迫ってくる。
「会社が消滅しても神宮寺さんはいいでしょう。あの人は天才ですから。引く手数多ですから。僕もいいでしょう。このロリコン癖さえ隠せば通用しますから。どこかの幼TEC企業に潜り込んで、キャッキャでウフフな百合ハーレムを築き、バラ色のロリコン百合ライフを満喫しますから。……ですが他のメンバーはどうです? 須田くんはどうです? すぐに次の就職先が見つかりますか? 路頭に迷う心配がないと断言できますか?」
とうとう俺はフロアの角に追い詰められた。
「須田くんは反撃できませんよね? 僕が紙装甲ですからね。本気で殴られたら重傷でしょう。骨が何本か折れるでしょう。下手したら再起不能でしょう。ゆえに須田くんは反撃できない。何があっても反撃できない。……ふっふっふ、本当に皮肉なものです。その優しさゆえに身を滅ぼすのですから。この上なく滑稽ですよ」
時間稼ぎをしないと。
うまい具合に姫井のプライドをくすぐって話し合いのチャンスをつくらないと。
「そうだ、姫井さん」
「何ですか、処刑寸前の須田くん?」
「いや……その……いつから気づいていたのですか? 相手が社長だってことに」
これは好手だ。
うまく話をつなげれば60秒は稼げる。
その間に神宮寺が戻ってくれば……。
「須田くんの引っ越しを知ったときですよ。定期券を解約したと聞いたとき、98%まで確信しました」
「ずっと前じゃないですか! 知らない振りをしていたわけですか! リアクションはすべて演技だったわけですか!」
「まあ、100%確信したのは『よく足を挫いたりする姿が……』のくだりです。可愛らしいですよね。思わず誘拐したくなりますよね。演技だったのは否定しません。面白そうなので泳がせておきました。楽しかったですよ。ご馳走さまでした。愉快な時間をありがとうごさいます」
姫井が心底からツマラなそうな顔でいう。
やっぱりこの人が瀬古いのりの認めたナンバーツーだ。
俺なんかでは、新卒二年目のペーペーなんかでは、まず勝ち目がない。
「須田くんの質問はそれで終わりですか? もっと悪あがきして僕を楽しませてくださいよ。もしくは泣いて許しを乞いますか? 須田くんが五体投地で這いつくばる姿もまた一興です」
「どんな構図の写真を撮るつもりですか? 生半可な写真が流出しても、社長に対する俺の気持ちは変わりません。この愛情は本物です。姫井さんでも奪えないです」
「ふむ、大罪人らしい大言壮語ですね。そうでないと裁き甲斐がありません」
俺は時間稼ぎの第二弾に打って出た。
「心が折れなきゃ負けじゃない。須田くんがいいたいのはそういう心理ですね」
姫井が得心したようにパチンと指を鳴らす。
「とりあえず須田くんの服を剥いでから、オフィスの床に転がします。その上で……」
俺はごくりと喉を鳴らした。
姫井なら誇張でも虚飾でもなく実行してくるだろうから。
「三つの苦痛を与えて心を折ります。ひとつ。幼女のパンプスに頭をぐりぐり踏まれて喜んでいるの図。ひとつ。幼女のスカートの中身をのぞいて喜んでいるの図。ひとつ。幼女の股を顔面すりすりされて喜んでいるの図。どうです? 話を聞いただけで死にたくなったでしょう?」
「その幼女役は姫井さんが演じるのですか? さすがに内容が過激すぎやしませんか?」
「もちろん。汚れ役ですから。須田くんの欲情でギトギトに汚れます」
姫井がドレスの裾に手をかける。
まるで俺に見せつけるかのように太ももの高さまで持ち上げた。
「ちなみに今日はショーツを穿いていません。一日中ノーパンです」
「さすがにそれは……何というか……もっと自分の体を大切にした方がいいと思います」
「嘘に決まっているじゃないですか。一秒で信じるなんて大した変態思考の持ち主ですね。やはり社長の相手には危険です。一刻も早く排除する必要があります」
本気で騙された!
情けない話だけれど、あっさり信じた俺を殴りたい!
しかし俺の変態プレイ画像をネットの海へ流されるのか?
いくら男とはいえ耐えられるものと耐えられないものの境界線はある。
そして何より……。
「ネット流出さえしてしまえば、須田くんはこの千代田区が誇る、いえロリコン大国たる日本を代表する変態さんというわけです。いわば変態エリート。変態が認める変態。そんな人物が瀬古いのりのパートナーに? 群衆のアイドル的存在に傷をつける? あり得ませんよね。須田くんの優しい性格なら。社長から手を引くというジャッジを自らに下しますよね」
そこまで計算しておきながら……。
正直いうと姫井の策略には脱帽である。
「わかりました」
俺はがっくりと項垂れる。
「諦める気になりましたか?」
姫井の声が少しだけ明るくなる。
「姫井さんの社長に対する思いはよくわかりました。正直すげえって思います。自分のことを犠牲にしてまで守ろうとするなんて……武家社会のお殿様と家来みたいです。格好いいと思いましたよ。神宮寺さんを格好いいと思ったことはありますが、姫井さんを格好いいと思ったのは初めてです。自覚はありますよ。俺はいま変なことをいっています。姫井さんは俺と社長の仲を裂こうとしていますから。ですが……」
「社長を諦める気はない、ですか?」
この鋼の忠誠心には勝てない。
瀬古いのりに対する思いの丈なら互角だから。
「別にいいです。姫井さんの気が済むのなら俺を煮るなり焼くなり好きにしてください。これも上司命令です。俺は黙って従います。それしかないでしょう」
「須田くん、自分が何をいっているのか理解していますか? 下手したらこの会社から追放されますよ。僕を強引に倒すという選択肢もあるのに」
「それはできません」
「なぜです?」
なんか無性に切なくなってきた。
俺にも姫井みたいな極寒の心があればいいのに。
「社長がよく『姫ちゃん、姫ちゃん』って呼ぶじゃないですか? ああいう笑顔を見せられるとダメなんです。社長だって姫井さんのことが好きだから。社長が好きなものは俺も好きです。つまり姫井さんのことも好きです。好きになった人の好きなものを俺も好きになる。それって変な感情ですかね」
「須田くん……」
ここで攻めの手を緩めるような微温い幼女ではないだろう。
社長が全幅の信頼を寄せる姫井ならば……。
「組織のナンバーツーがなぜ冷血なのか考えたことはありますか? トップの代わりに手を汚すためです。瀬古いのりは光です。そして須田くんも光です。二つの光はいらない。互いに干渉し合うから。そして僕が影になる。瀬古いのりの光に相応しい影になる。光が強ければ強いほど、影はその濃さを増すのだから……。影が大きければ大きいほど、光はその輝きを増すのだから……。社長の温かさが僕の活力になる。僕の冷たさが社長の活力になる。これこそ相思相愛。これこそ水魚の交わり。……残念です。須田くんはいい人ですから。いい人ゆえに斬り捨てるのが残念です。せめて社長以外の幼女に惚れていたのなら……。せめて別の形で出会っていたのなら……。社長だけは絶対にダメです。それだけは許しません。あの人は会社の旗印ですから。会社の精神的支柱ですから。休むことは許しません。甘えることも許しません。……この会社が他の幼TECを食うことはあっても、他の幼TECがこの会社を食うことは許さない。……この会社が他の幼TECを踏み潰すことはあっても、他の幼TECがこの会社を踏み潰すことは許さない」
姫井の強さの秘密がわかった。
愛ゆえの厳しさ。
そして一貫性。
すべての思いを吐き出した姫井がぐっと体を沈める。
「たとえ社長でも戦場から逃げることは許さない!」
アッパー気味に繰り出される姫井の右手が、その先端のバチバチが、俺の胸元を鋭く襲ってきた。
引き続き100話を目指してコツコツ更新します。
あと『あらすじ』を差し替えました。m(. .)m
(2019.01.30記載)




