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050 手負いの獅子

 ……。

 …………。



 幼女株式会社のSNSグループ



 瀬古いのり 17:53

『いま幼女フォーラムが終わりました。 ※返信不要』


 瀬古いのり 18:14

『いまから懇親会の会場へ移動します。 ※返信不要』


 瀬古いのり 18:29

『これから懇親会です。今日は直帰します。 ※返信不要』


 瀬古いのり 18:31

『早めに帰れる人は早めに帰ってね。 ※返信不要』



 社長の方は順調に予定を消化しているらしい。

 社内でも大きなトラブルは発生しておらず、一日が無事に終わりそうだ。



        ※        ※



 幼コレのテストプレイをするため、俺と神宮寺はテーブルを挟み、社給のスマートフォンを操作していた。

 対戦に利用しているのは開発用のデータである。


「う〜ん、なんか微妙だな、このフレンド対戦。ただの運ゲー? ただのジャンケン? ただのババ抜き? 私たちが想像しているバトルじゃないよな」


 神宮寺が腕組みをしながらいう。


「わかります。先にスキルを発動させた方が勝ちますよね。あまり工夫の余地がないというか……」


 物足りなさを感じていたのは俺も同じだ。


「それそれ。スキルを先打ちした方が有利なのはいいんだよ。それがゲームの基本だから。ただ爽快感がない。逆転することもない。そのせいでハラハラ感もない。それがバトルを単調にする。勝ちパターンと負けパターンが固定化するのは致命的だよな。これはプロのスポーツじゃない。息抜きのゲームなんだから。バランスが大切なんだよな」


 長いため息を漏らした神宮寺が、ぽい、とスマートフォンを放りだす。


 一口にバランスといっても、その内容は多岐にわたる。


 新キャラの強さは?

 プレイヤーの勝率は?

 一回あたりの戦闘時間は?

 最強パーティーに対抗できる編成は?


 決まった正解がない。

 だからこそ奥が深くて難しい。

 この複雑さには天才の神宮寺もお手上げといった様子である。


「あ〜あ、どっかにないかな。ゲームバランスを自動調整してくれるアルゴリズム。そうしたら今日だって定時退社できるのに」

「気持ちはわかりますが……それは夢物語なのでは? そのアルゴリズムのパラメータを調整するのが結局は人手じゃないですか?」

「そこはあれだ……自動調整するアルゴリズムをさらに自動調整するアルゴリズムを開発する。SNSのつぶやきを自動収集してさ……ユーザの不満を勝手に分析してさ……次の日には反映させちゃうみたいな。自前のビッグデータみたいな。何ならユーザの課金データを参考にさせてもいい。うちの会社にも恩恵があるし、控えめにいって最強だろ」


 神宮寺らしい突飛なアイディアといえる。

 この人なら本当に開発しそうだから恐ろしい。


「無理とか思った?」

「それは……そうですね」

「できるできないじゃない。やるか衰退するかなんだよ。ビジネスの世界で足を止めたら終わり。一瞬でゲームオーバー。行動力のない天才よりも行動力のある凡人が強いんだ。ビジネスの世界ではな。これは統計学でも示されている。才能の上に胡座(あぐら)をかいているやつが一番の雑魚だな。簡単にひねり潰せちゃう」


 神宮寺はそういって空になったコーヒー牛乳の紙パックを握り潰した。

 その体をちょっとした異変が襲う。


「ゴホッゴホッ……うぇ……苦し……ゲホッゲホッゲホッ……」

「ちょっと神宮寺さん、大丈夫ですか?」

「心配ない。咳き込んだだけ……」

「近ごろ働きすぎなんじゃ」

「あん?」


 俺が差し伸べた手を神宮寺はゆっくりと払いのける。


「私がやらずに誰がやるんだよ。須田ちゃんに気づかってもらうなんて私も甘いよな」


 神宮寺が茶髪をくしゃくしゃといじったとき、光が毛先のあたりに反射して、蜂蜜色に輝いて見えた。

 その背中はなぜか俺に手負いのライオンを連想させる。


 ちょっとだけ怖い。

 この人が味方で良かったと思う。


「しかし疲れたな。体の疲れがどうも……。幼女の体ってやつは……。悪いな、須田ちゃん。私はコンビニへ行ってくるから。あとは適当に片付けておいてね」

「了解っす」


 自分で自分にプレッシャーをかけるスタイルだよな。

 神宮寺のストイックな面はいつ見ても格好いい。


「須田くん」


 テスト機の電源をOFFにしたとき、姫井から声をかけられた。


「高いところの荷物を取りたいので手を貸してくれませんか?」

「いいっすよ」


 姫井が指差したのは掃除道具などが入ったダンボール箱であった。


 こんな時間に備品のチェックを?

 俺は首を傾げつつ指示された荷物を下ろす。

 

「須田くん、お昼の話を蒸し返すようで申し訳ないのですが、ひとつお尋ねしたいことがあります。幼女妻(フィアンセ)のことは普段から何と呼んでいるのですか?」


 社長ですね。

 そう答えそうになってから照れ笑いで誤魔化した。


「どうしちゃったのですか、姫井さん。職場でそういう話を持ち出すなんて、らしくないっすよ」

「いいから答えてください。早く。この場所で」

「急にそれを質問されましても……」


 姫井の目から光りがふっと消える。

 絶好のターゲットを見つけた愉快犯みたいに口の端が釣り上った。


 これは俗にいうヤンデレ目というやつだ。

 社長のそれもホラー級に怖かった記憶があるのだが、西洋人のような顔立ちをしているぶん、姫井のヤンデレ目の方が恐怖でいうと一枚も二枚も上といえよう。


 急にどうした?

 あまりの変貌ぶりに俺の警戒心がアラートを鳴らす。


「返答に窮しますか? ですよね。役職で呼んでますからね。須田くんの柔そうな性格からして、下の名を呼び捨てはないですよね。あと僕に嘘をつきませんでしたか? 単身向けのアパートがどうとか?」


 姫井の嗅覚は何かをつかんでいる。

 きっと99%まで気づいている。


 早く話題を変えないと。

 残りの1%が埋まってしまう前に。


「白状するならいまのうちですよ。ご存知の通り、僕は風紀の乱れに厳しいですから」

「ここは学校じゃないのですから……風紀のことで口を酸っぱくして注意するのも変な話じゃないですか?」

「今朝、警告しましたよね。悪い虫がつかないように、と。まさか身内に悪い虫がいるとは思いませんでした。僕としたことが不覚です。須田くんはそういう人じゃないと信じていましたから。これは盲点。これは抜け漏れ。……須田くん、事前に謝っておきます。だからここで倒れてください。君にはこれから生き恥を晒してもらいます」


 姫井の手には黒いシェーバーのような物体が握られている。

 カチッ、とスイッチが入った瞬間にオフィスの空気が小刻みに震えた。


「えっ⁉︎ えっ⁉︎ 雷ッ⁉︎ 電線が切れたの⁉︎」


 側にいた先輩のひとりが軽いパニックを起こす。

 姫井が構えているのは忙しくスパークする武器……護身用のスタンガンであった。


 俺もドラマの中でスタンガンを見たことはある。

 作中のあれがただの玩具なんじゃないかと思うくらい、姫井のそれはゴツくて力強い。


「そこら辺に出回っている偽物(パチモン)じゃありません。海外から取り寄せた本物(マジモン)です。須田くんの神経網を快楽でぶっ飛ばしてあげます」

「メチャクチャ痛そうなのですが……」

「抵抗するとますます痛みますよ」


 鬼畜姫。

 あるいはドS姫だ。

 荒ぶる気持ちを代弁するようにバチバチが鳴り止まないスタンガン。


 せめてこの場に神宮寺がいれば……。

 能吏タイプの姫井のことだから、神宮寺が離席するタイミングを狙ってきたのだろう。


 やられた。

 完全にハメられたといえる。

 いつから気づいていた? という疑問はこの際後回しでもいいだろう。


「それで姫井さんの目的は何ですか? まさか俺の命を奪うわけではないでしょう?」

「とりあえず須田くんを行動不能の状態にします。そして恥ずかしい写真を撮りまくります。あとはそれをネタにして社長との離縁を迫ります」

「そんな横暴な……」

「横暴?」


 姫井がやれやれと首を振る。

 ブルーサファイアの瞳に浮かんでいるのは哀れみの色。


「わかっていないですね。須田くんは」


 この会社でもっとも小柄な幼女。

 花を手折ることさえ難しそうな頼りない体つき。


 それなのに人外の化け物を敵にしたような威圧感を放ってくる。


「君は社長のことをわかっていない。会社のことをわかっていない。もっと早くに忠告すべきでした。ですがもう手遅れです。ゆえにその尻ぬぐいは上司たる僕の手で遂行します。……社長が誰かを愛するのはいいです。しかし誰かが社長を独占するのは許しません。それは僕の手で阻止します。社長の愛はいつだって一方通行なのです。結ばれてはいけないのです。結ばれたら終わりです。社長も会社も終わりです。そんな愚行だけは絶対に……」


 死んでも許さない!


 俺が気圧(けお)されたのは気迫のせいか電圧のせいか。

 とある先輩は半泣きになり、とある先輩は互いに身を寄せあい、さっきまで平穏だったフロアは未曾有の大混乱に陥った。

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