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005 ツインテール

 幼女ニュース Vol.004



 とあるネットニュース。


「幼女の改名についての議論がさかんである。全国の家庭裁判所にはキャパシティを上回る件数の申請が寄せられている。法務省(ほうむしょう)は新しいガイドラインの策定(さくてい)を進めている」



 幼女新聞のコラム。


「男らしさをイメージさせる名前(次郎(じろう)勝男(かつお)雄馬(ゆうま)など)に対する抵抗が根強いです。意識調査によると93%の幼女が『改名を希望している』『どちらかといえば改名を希望している』と回答しました。さらに87%の幼女が『家族も改名に賛成である』と回答しています」



 名も無きユーザのつぶやき。


「人気の名前は下記の通り。(ただし独断と偏見)

 1位 : ひな

 2位 : あいり

 3位 : ひより

 4位 : なつ

 5位 : つばさ

 ……。

 …………。

 大穴(おおあな) : シャネル ※漢字は紗音瑠

 超大穴 : ナウシカ ※漢字は今鹿」



 せっかく親から与えられた名前……。

 今日もたくさんの幼女たちが捨てるか守るかの二択で悩んでいる。


        ※        ※


 俺の名前は須田正臣。

 思春期を引きずる23歳。

 インターンシップでお世話になった企業にそのまま就職した。


『幼女たちの国』と呼んでもいいくらい、この国には大量の幼女サラリーマンがいる。

 たとえば信号待ちをしている二人組。

 どうやら上司と部下の関係らしい。


「俺さあ、そろそろ名前を変えようと思うんだよね」


 上司らしき人物がいう。


「ええっ! 課長! あれだけ渋っていたのに変えちゃうんですか!」


 部下らしき人物が大げさに驚く。


「だって金次郎(きんじろう)だぜ。この体になったのに金次郎ちゃんはないだろう」

「ああ~、まあ~、そうですね。実体との差があまりにも大きいっすね」


 ごにょごにょと同調する部下。


 改名のことで真剣に迷っているらしい。

 面白そうな会話だったので、俺はつい耳をそばだててしまう。


「それで何という名前にする予定なのですか?」

金子(きんこ)……じゃだめかな?」

「……いや、いいですけれど。課長の苗字は金山(かねやま)じゃないですか?」

「おう」

「さすがに金山金子は冗談じゃすまない問題になると思います。なんか大判(おおばん)小判(こばん)がザクザク湧いていそうです。おそらく後悔しますよ」

「やっぱりそうかな? 冗談みたいな名前だと思われちゃうかな?」

「はい、受付とかで名前書いたら笑われちゃうやつっす」


 う~む、と考え込む課長。

 ただの渋いリアクションも幼女がやると可愛らしいから不思議だ。


「親からもらった名前だからな。金次郎の『金』の字は捨てたくないんだよな」

「その気持ち、分かるっす。俺もです」


 信号が青になった。

 俺たちは歩行を再開する。


「あ~あ、姓名判断に任せちゃうかな」

「ダメっすよ。大切な名前なのに」

「だよな~」


 悩める幼女サラリーマンの二人組はガラス張りの建物に吸い込まれていった。


 改名か……。

 他人事で本当によかった。


 元々の名が『ナオ』『ハルカ』『コハク』とかなら幼女になっても通用するだろう。

 さすがに『正臣』は改名が必須といえるから。


『正』……正直者という意味。

『臣』……仕える家来という意味。


 俺はどちらかというと人の上に立つのが苦手な性格ので、親からもらった名前をまあまあ気に入っている。


 人の上に立つ才能。

 それは限られた数の人間にしか与えられない。

 会社をつくり、経営者となり、俺という人間を雇ってくれた、あの人のような存在のことをいう。


「さてと……」


 俺はネクタイの位置を整えながら、勤務先が入っている雑居ビルを見上げた。


 七階にあるオフィス。

 その名を『幼女株式会社』という。


 元々は『(株)ヒューマン・インテリジェンス・テクノロジーズ』という舌を噛みそうな社名であった。


 社員はたったの七名。

 同じくらいの数の派遣社員とクラウドワーカー(在宅勤務)を抱えている。

 アプリケーションの開発や運営で売り上げを立てているIT企業だ。


 社長は大学のときの先輩である。

 就職活動のことで悩んでいる俺をつかまえて、


『うちの会社にきなよ。まずはインターンでいいからさ』


 と誘ってくれたのだ。


 俺を待っていたのは明るくて楽しい職場だった。

 活発なコミュニケーション。

 飛び交うアイディア。

 スピーディーな判断。

 忙しそうだけれど、どの社員の表情も活き活きとしている。


『君がインターンの子かな? 社長の後輩の?』


 気さくな性格の先輩に仕事のやり方を教えてもらった。


『就職は結婚と一緒。お互いの相性が大切。リセットはできても失った時間は戻ってこない。だったら好きなことをやるのが一番さ。中途で入った私がいうから間違いない』

『その……俺の好きなことがイマイチ分かっていなくて……』

『なら、簡単だよ』


 先輩がチラリと視線を外した。


『好きなことをやっている人間の下で働けばいい』


 かつての大学の先輩……そして会社のトップでもある人物に肩を叩かれる。


『これは内定誓約書ね。一ヶ月以内に提出してくれたらいいから。しばらく考えてみなよ』


 俺は迷わずにハンコを押した。

 昨日のことのように覚えているが、もう二年も昔の話である。


 …………。

 ……。


 そして現在。


 俺はいまビルの玄関にいる。

 そして柱の陰から一人の幼女を観察している。


「う~ん……」


 知らない人物ではない。

 ほとんど毎日顔を合わせている上司だ。


 何をしているのだろう?

 早く建物に入らないのだろうか? 


 すると俺の存在に気づいていない幼女はぴょんぴょんとジャンプし始めた。


「このっ! ……あと! ……ちょっと! ……届け! ……私の! ……想い!」


 まるで高いところにある餌をキャッチしようと頑張る子猫みたいだ。

 それも10回くらいで疲れたらしく、ぜぇぜぇと息を切らしている。


「…………ああ」


 遊んでいるのではない。

 ビルのオートロックに手が届かないのである。


 にしてもジャンプしながら声を出すって可愛いな。

 それで空回りしているのが可愛すぎる。

 中身は立派な社会人なのに……。


「おはようございます」

「ああ、マサくんか。おはよう」


 ツインテールの幼女が振り返った。

 ベージュ色のジャケットに、タイトなスカートという服装だ。

 手には無地のバッグを提げており、もう片方の手を腰に当てている。


 これは社長だ。

 名を瀬古(せこ)征十郎(せいじゅうろう)という。

 しかし、いまは『瀬古いのり』という名前に改名を申請しているのだとか。


「いのり社長」


 俺は試しに呼んでみた。


「うむ、悪くない響きだ」


 社長は腕組みをしてうなずいた。

 首の動きに合わせてツインテールが楽しそうに揺れる。


「いつも棒を携帯しているじゃないですか。高いところのボタンを押すための。あれはどうしたのです?」

「家に忘れてきてしまったのだよ。ちょっと慌てていたから。どうもオートロックの『2』のボタンに指が届かない」

「俺がやりますよ」


 暗証番号の『2846#』を入力する。

 ピッ、と電子音がしてドアが開いた。


 幼女の体というのはなかなか不便だ。

 オートロックの次はエレベーターの行き先ボタンに手が届かない。

 ちょうど『7』のボタン。


「マサくん、私を抱っこしてくれないか」

「抱っこですか? 俺がボタンを押しますよ」

「いいや、同僚と一緒にエレベーターに乗ったときは、私がボタンを押すと決めているんだ」


 そこまで固守(こしゅ)しなくてもいいのに。


 俺はそんなことを考えつつ、社長の腰に手をまわした。

 大切な上司の体を、ひょい、と一息に持ち上げる。


「社長は女性用の香水をつけているのですね?」

「さすがにメンズ用は使えないからね」


 社長がウィンクをしたとき、耳の小さいイヤリングが揺れる。


 香水とイヤリングだけじゃない。

 服装のチョイス。

 髪の毛のケア。

 爪のネイル。

 幼女向けのファッション雑誌から飛び出してきたような格好をしている。


 まるで女性みたい……。

 まあ、幼女なのだけれども……。


「社長ってすごいオシャレ好きですよね? さっき二人組の幼女を見かけましたが、服装とか髪型のセンスが段違いですよ」

「そう? 割とテキトーだけれども……まあ、たまに取材とか受けるからね。まったく意識していないといったら嘘になるかな」


 こうして間近で観察すると、万人ウケしそうなナチュラルメイクをしているのがわかる。


 あくまで清楚に。

 しかし手抜きはしない。

 それが社長のポリシーなのだろう。


「……そろそろ降ろしてくれると嬉しいかな?」


 社長が困ったようにいう。


「あ、すみません」


 俺は陶器を扱うような慎重さで社長を下ろした。


「ありがとう。助かったよ」

「どういたしまして」


 ここは瀬古いのりが一代でつくった会社だ。


 小学生のときからゲーム制作が趣味で、コンクールとかに応募していたらしい。

 そして在学中に(こころざし)を同じくする仲間と出会い、夢へのスタートを切るべく会社を設立した。


 20代の社長。

 業績は黒字。

 ますます成長する、まさにその時……。


 世界規模の幼女化が起こった。


 巻き込まれたのは社長だけではない。

 他に六名いる先輩たちも幼女になってしまった。


『男なのはマサくんだけか……不幸中の幸いではあるな』


 再会したとき男だったのは俺ひとりだけ。


『これからは幼女の時代だ。だから社名を幼女株式会社に変えようと思う』


 いのり社長は絶望しかけていたメンバーを前にしてそう宣言した。


『みんなの不安な気持ちはわかる。私だって不安だ。でも頑張ってきた成果がすべて消えたわけじゃない。体が小さくなった? 体が女になった? それがどうした。全員がちゃんと生きている。こういう非常時だからこそ、仲間の存在に感謝しようじゃないか。それが良い組織というものじゃないか』


 その気持ちが天に通じたのか、この会社は成長スピードを加速させることになる。


「さあ、業務開始だ」


 社長が凛とした声でいう。


 七階にあるオフィス。

 あの日、俺たちはここから再スタートした。

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