049 馴れ初め
俺、姫井、神宮寺の三人は『北海道&沖縄料理』のお店へやってきた。
ここは社長と一緒によく通っているお店だ。
旦那さんは北海道出身。
奥さんは沖縄出身。
だから北と南のコラボになっている。
姫井と神宮寺が並ぶように座り、俺はテーブルを挟むかたちで腰かけた。
「誰かと思えばお姫さまとその仲間の人たちじゃない」
明るい声が降ってきた。
「ああ、奥さん」
「よくできたコスプレね。本当に外国人みたい」
「いや、僕はほぼ外国人ですから。髪だって目だって天然物です」
「いやん。可愛いらしい。私たちの養女にしちゃおうかしら。あえて着物とかを着せてあげたいわ」
「はう……下手したら僕の方が年上なのですが……それでもよろしければ養女にしてください。ここの看板娘を目指します」
姫井をたじろがせているのはこの店の奥さんだ。
小麦色に焼けた肌。
シュッと引き締まったウエスト。
勝ち気な性格がよく似合うエネルギッシュな女性である。
「瀬古さんは今日はいないの?」
「社長は外で予定がありますから」
「そろそろ顔を出しなさいって伝えといてね」
奥さんと社長は仲良しであるが、一番のお気に入りは姫井らしい。
くすんだ金髪と雪のような美肌が可愛いのだろう。
「日替わり定食が三つ。そのうち二つはご飯の量を少なめでお願いします」
「は〜い」
姫井がオーダーを伝えると、奥さんはウィンクを残してから立ち去った。
「それで、それで、須田くんの恋バナを聞かせてください。いまお付き合いしている方は成人女性ですか? それともバリバリの幼女ですか?」
さっそく姫井が切り出してきた。
プレッシャーをかけてくるな。
ここで嘘をつくとボロが出そうなので、
「相手は幼女ですね」
と正直に答えておく。
すると姫井の顔がぱっと輝いた。
「はう……聞きましたか、聞きましたか、神宮寺さん。成人男性と幼女のカップルですよ。これは軽く禁断です。これは燃える展開です。この設定だけでご飯三杯は食べられます」
「うん、それは知っている。あとゆり姫の体格でご飯三杯は無理だろ」
「須田くんを応援せずにはいられません」
興奮している姫井と冷めている神宮寺との対比が凄いことになっている。
これは冬の北海道と夏の沖縄くらいの温度差だろう。
「それで須田くんとお相手の方との馴れ初めはどのような感じでしたか? まず知り合ったのが何年前とか、そこら辺から詳しく教えてください。何かエピソード的なものでもいいですよ」
いきなり深掘りしてくるな。
エピソードがあることにはあるが……。
「ええと、俺が大学生の時ですから、五年は経っているけれど、六年は経っていない感じです」
そう考えると社長との付き合いも長い。
人生の25%に相当する時間が過ぎたことになる。
「それで第一印象は?」
「第一印象は……」
やべ……。
社長ってどういう顔だったっけ?
記憶の彼方に消えてしまったから、ツインテールの瀬古いのりに登場してもらおう。
「すごく頭のいい人だなって思いましたよ。俺の大学って学力的には大したことないのですが、その人は受験勉強とかほとんどしなかったみたいで、入学した理由も『地元だったから』とかいっていました。落ちぶれたサッカークラブに一人だけプレミアのエース級が在籍していた感じです。最初は……」
記憶の糸をたどっていく。
あれはそう、ちょうど桜が舞い散る入学式の日……。
『ちょっと、君! そこの君!』
『はい? 俺のことでしょうか?』
『そうそう。これを落としたよ。ほら』
『どうも、ありがと……』
声をかけてきたのは爽やかな笑顔を浮かべる瀬古いのり(回想シーン)。
俺はその右手にあるものを受け取ろうとしてフリーズする。
えっ⁉︎ 何これ⁉︎
牛丼の無料券×10枚?
いやいやいやいや!
絶対に俺が落としたやつじゃない!
というかそれを落とす大学生は基本的にいない!
『……すみません、たぶん何かの間違いです』
『ん? でも一瞬でも牛丼の無料券が欲しいと思ったよね?』
『それはそうですが……他人のものを理由もなく受け取るわけには……』
『でも欲しいよね? 大学生なんだし。お金がないだろうし。節約したいだろうし。もし正当な理由があったら、この牛丼の無料券を受け取っちゃうよね?』
瀬古いのり(回想シーン)がニコニコと人懐っこい笑みを浮かべる。
少しは話を聞いてみようか?
そう思った瞬間に負けたといえるだろう。
『俺は通りすがりのただの18歳ですよ。やっぱりその無料券をもらう資格はないです』
『ならば私が正当な理由を与えようじゃないか! ついてきたまえ!』
『えっ⁉︎ 急に何ですか⁉︎ この後にサークル巡りをしないと……』
『いいから! いいから! 何なら私のサークルを紹介するよ』
『もしかして大学の先輩ですか?』
『うん、私は理数科ね』
…………。
……。
「それで連れていかれたのがサークルじゃなくて、その人の自宅兼職場でして、ゲームの開発をしていました。俺はテストプレイヤーとして協力することになり……」
「はう……それは俗にいうナンパですか?」
「いや、ただの人材募集です」
……。
…………。
俺の他にもテストプレイヤーは10人くらいいた。
しかし一週間とか二週間が経つうちに一人が脱落し二人が脱落し、最後まで残ったのが俺であった。
『おめでとう。君はテストに合格したよ』
『あれ? ゲームのテストプレイじゃなかったのですか?』
『大切なゲームをどこの馬の骨とも知れない学生さんに触れさせるわけにはいかないよね? これはダミーだよ。本命のは別にある。これからが本番さ。こっちがいま開発中のゲーム。神宮寺といって国宝級に頭がいいやつがつくった。いまはゲーム内の広告でちまちまと稼いでいる。小さいヒットを積み重ねている感じだよ』
『はあ……人材をテストしていたと……』
『うん。信頼できる人間を探していた』
自分の会社を持っていて。
ちゃんとビジネスをしていて。
同じ大学生なのにすごい人がいるなと思った。
大学生が大学生をふるいにかける?
その発想に痺れたともいえる。
あと競争率10倍を超えるテストをクリアしたのも嬉しかった。
協調性。
想像力。
ひたむきさ。
そういう点が他の学生よりも優れていたらしい。
俺はアルバイターとしてお世話になることを決意する。
この人の下で働きたい……そう思わせるだけの何かを瀬古いのり(回想シーン)は持っていた。
…………。
……。
「第一印象は……とにかく対人スキルが高い人です。八方美人なところもありますが、人を使うのが上手なイメージです。生まれつきリーダー肌というか、人を動かす天性があるというか、敵でさえ味方に変えちゃうというか……。そのくせ技術力もずば抜けていました。たぶん神宮寺さんレベルの人じゃないと勝てないです。とにかく何でも上手にこなします。この人は将来、絶対に成功するな。それが第二印象です。俺はバカでしたけれど、その人が化け物だということは理解できました」
「須田くんもその人の魅力にコロリと丸め込まれたわけですね?」
「オーバーに表現するとそうなりますね」
料理に箸をつける神宮寺の手が止まった。
こほん、と露骨に咳をする。
『あんまり詳しく話すとゆり姫に正体がバレるぞ』
アーモンドのような瞳が警告してくる。
「まあ、馴れ初めはそんな感じです。あとは社会人になってから偶然に再会して……」
「なし崩し的に交際まで持ち込んじゃったと?」
「オーバーに表現するとそうなりますね」
こんな話で楽しいのだろうか?
他人の恋愛トークで喜ぶなんて姫井もなかなか乙女といえよう。
「あとアレです。交際を申し込んだのはどちらからですか? やはり男子たる須田くんの方からですか?」
「それは……」
ここ最近の出来事を思い出してみる。
「すみません。俺の記憶が正しければ向こうからです。秋波を送られてそれに俺が頷いた感じですね」
「はう……幼女の方から告白するなんて大胆な。いや、幼女に告白させるなんて須田くんは罪な男です。この展開は素敵すぎます」
「こんな話で楽しいですかね?」
「もちろんですよ!」
ちょっと意外だった。
姫井でもこんなに嬉しそうなリアクションをするなんて。
「その幼女のどこが好きなのですか? やはり外見ですか? それとも中身ですか?」
「中身です」
俺は即答しておく。
「いや、外見も素敵なことに違いはありませんが、あくまで特徴の一つというか、本当に個性的なのはそこじゃないというか、やっぱりあの中身がないと好きにはなりません」
「例えばどんな点ですか?」
「え〜と……」
言葉で伝えるのはちょっと難しい。
ラブコメっぽい表現を借りるとすれば……。
「完璧そうに見えて、たまにドジなところですかね。よく足を挫いたりする姿が見ていられなくて、俺が守ってあげたくなります」
「出ました! ハイスペック幼女の思わぬドジっ子属性ですね!」
「オーバーに表現するとそうなりますね」
昔の社長はそれこそ完璧人間に近かった。
ドジを踏むようになったのは幼女化したあとから。
少しだけ性格が変わった。
なにも社長だけに限った話ではない。
ここにいる姫井だって神宮寺だって幼女化の前と後でわずかに性格が変わっている。
「話を聞いているだけで胸がキュンキュンします。いつか会わせてくださいよ、須田くんの幼女妻と。ちょっとした婚前のお披露目パーティーをしましょうよ」
「気持ちはありがたいですが、向こうが何というか。一応、確認はしてみます」
「もしかして人前で着飾るのを恥ずかしがったりする幼女さんですか?」
「それだけはないです」
これから幼女フォーラムで講演する時間だしな。
俺はそんなことを考えながら六本木の会場に思いを馳せた。
「はう……楽しみです」
いや、姫井のすぐ側にいる幼女なのだけれども……。




