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044 姫井さん

 幼女にしてロリコン。

 ロリコンにして幼女。


 対極にあるべき属性を備えた生き物。


 それが瀬古いのりのブレーンにして、幼女株式会社のナンバーツーに君臨する姫井ゆりの正体だ。


 社長の後ろに控えていた小柄な幼女……この会社でもっとも低身長の人物が進み出てきて、コホン、とひとつ咳払いをする。


「みなさん、おはようございます」


 姫井が一礼したとき、くすんだ金髪がひらりと揺れた。


 一言でいうとロリータ調の服装。

 袖口が花弁のように広がった純白のフリルブラウスを着ている。

 胸から下を丸ごとカバーしているのは、胴体にぴったりと密着したコルセットドレスだ。


 フリルがついた白黒のハイソックス。

 メイドさんが履いていそうなロリータファッションのパンプス。

 全身のいたるところで黒いリボン……十字架(ロザリオ)のようなリボンが揺れており、トドメは漫画のロリキャラがつけていそうな白のヘッドドレスである。


 フランス人形が動いているみたい。

 知らない人からするとそう思われても仕方がないだろう。


「先ほど社長からも説明がありました通り、本日は幼女フォーラムの開催日となっております。社長はフォーラムへ参加されるため、まもなく六本木の会場へと移動し……」


 白い。

 雪のような肌が目にまぶしい。

 くすんだ金髪が光を複雑に反射して、東洋人ばなれした姫井の顔を冷たいものにしている。


 何より特徴的なのはその青い瞳だ。

 氷から削り出したようなブルーサファイアの色。

 社長とはまったく対照的なのに、ふと視線がぶつかった瞬間にドキリとさせられる。


 姫井のご先祖は明治時代のイギリスに移住したらしい。

 世界大戦ごろの緊張から逃避するような形でドイツ、イタリア、スイス、オーストリア、アメリカと住居を変えてきた。


 両親たちが日本へ戻ってきたのが15年前。

 姫井の体内に流れている日本人の血は10%もなく、もはや欧米人といったほうが正しい。


「職場にいるのが場違いだよな。お花畑かコスプレ会場にいるべきだぜ。でも、ある意味尊敬するわ。あの姿で通勤電車に乗っているからな。変態すぎて逆にすげえって思うし。……うん、すげえ幼女には違いない」


 神宮寺が俺の気持ちをそっくり代弁した。


 元の名は姫井ユーリ。

 幼女化した後に改名して姫井ゆり。

 両親たちは親日家だったので、きれいな日本語を操ることができる。


「……なお、社長が登壇(とうだん)されます基調講演の様子は、後日に専用のサイトへアップロードされますので……」


 俺はさりげなく姫井の目を盗んでみた。


「ねえ、神宮寺さん。基調講演って何ですか?」

「基調講演っつうのはアレだ。本日の目玉というか、スペシャルゲストというか……」


 すると神宮寺がブルーサファイアの瞳ににらまれる。


「基調講演とは、別名キーノートスピーチとも呼ばれ、フォーラム全体の基本的な考え方……つまり現状と課題を明示するものであります。それなりの見識とそれなりの知名度があれば、基調講演を行うことは難しくありませんが、その役割が当社の社長に与えられたということは、業界のオピニオンリーダー、いわば幼TECの第一人者として認められたも同然であり、それをフォーラムの場で内外に示すことにより……」


 姫井の悪い癖が出た。

 ちょっと話が長いのである。


「……であるからして、社長に対する尊厳と誇りを忘れないとともに、当社のイメージを毀損(きそん)させるような行為はくれぐれも慎んでください。それと……」


 あと可愛い顔をしているくせに、言葉遣いがやや硬い。

 尊厳とか、誇りとか。

 学校の先生みたい。


「社長のことになると熱弁をふるうよな〜」


 神宮寺が小言をいってきたので、


「あはは……」


 と適当に調子を合わせてから、姫井の言葉に意識を戻した。


「……これまでの話を総括すると、我が社の瀬古いのり代表こそが一番優秀で、一番可憐で、一番有能で、一番幼気なのです。社長に悪い虫がつかないよう、ご本人はもちろんのこと、社員の皆々様におきましても周囲の警戒をお願いします。まあ、悪い虫がついたところで……」


 姫井が左手をぎゅっと握った。


「幼女の鉄槌(てっつい)をくだして粉々に……いえ、法治国家日本におけるルールの範囲内でひねり潰しますが……」


 人畜無害そうな顔をして、とても恐ろしいことをいう人だ。

 これには主君たるべき社長も苦笑いしている。


「くっくっく……幼女の鉄槌だってさ。怖い、怖い。気をつけねえとな。須田ちゃんも。まあ、私もだけれど」


 神宮寺の軽口がこちらのメンタルをえぐってきた。


「こうなることを知っていたと?」

「大方の予想はしていたかな」

「分かっていたのなら……」


 前もって教えてください?

 いや、それは都合のいい我がままだろう。


「同棲のことはいずれ姫井さんに知られますから。頑張ってうまく立ち回りますよ。社長にも、姫井さんにも、ちゃんと誠意のある対応をします」

「ふ〜ん、須田ちゃんは愛の戦士だね〜」

「まあ……」


 とはいえ正直いうと荷が重い。

 相手が会社のナンバーツーであることを考えると、自信のある方がどうかしている。


 もう一度姫井の顔を見つめた。

 その首元には白色のチョーカーがついている。

 ハートのリングが可愛らしい、社長とお揃いのチョーカー。


 確かに変態といえば変態だろう。

 神宮寺の表現を借りるとすれば、変態すぎて逆に尊敬してしまう。


「以上で朝礼は終わります。本日も明るく楽しく頑張りましょう」


 姫井がぴしゃりと締めたとき、フロア全体に張りつめていた緊張の糸が一気にほぐれた。

 ただ俺だけを置き去りにして……。

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