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042 キーパーソン

 職場の雰囲気を一変させる存在。

 いわゆるキーパーソンがこの会社には三人いる。


 一人目はもちろん瀬古いのりだ。

 幼女株式会社の創業者にして経営者。

 誰もが認めるカリスマ幼女社長のひとり。


 その特徴は何といっても対人術だろう。


 部下のやる気を最大まで引き出す。

 敵をたらし込めて味方に変えてしまう。


 リーダーになるため生まれたような人だが、意外とドジなところもある。


 今朝、会社までの道を急ごうとして足首を(くじ)いた。

 けっきょく俺がおんぶしてあげた。


 そういう欠点も含めて可愛らしいと思ってしまう。

 つい支えてあげたくなる幼女社長なのだ。


 そしてキーパーソンの二人目は……。


「おはよ〜さん」


 気だるそうな挨拶とともに現れたのは神宮寺あすか。

 ゆるくウェーブした茶髪にパーカー姿というギャルっぽい格好をしている。


 下の服装はミニスカートにニーソックスだ。

 幼女のくせに『絶対領域』のこだわりがあるらしく、今日も太ももの肌色が目にまぶしい。

 明らかに余所(よそ)行きの格好だし、わざと服を着崩しているから、遊び人と思われても仕方のないレベルといえよう。


 しかし軽そうな見た目に騙されることなかれ。

 これでも幼女株式会社の創業メンバーであり、超一級のエンジニアでもある。


 他社なら三日とか五日かかる仕事を平気で半日で終わらせてしまう。

 現実世界に生きているぶっ壊れキャラ。

 それが神宮寺だ。


「メンテナンスの計画書をメールで送っているから。全員、今日中に内容をチェックしておいてね〜」


 神宮寺がパソコンに電源を投入しながらいう。


「あれ? 神宮寺さんからのメールなんて届いてましたっけ?」

「五分前に喫茶店から送信したよ」

「ああ……」


 さっきまで外で仕事をしていたのか。

 すでに始業から30分が経っているのだが、本人はどこ吹く風といった様子である。


「にしても眠いな……ちょっと夜更かししすぎたか」


 神宮寺が猫のような仕草(しぐさ)で目をこすった。


「また家で作業ですか?」


 俺はメールボックスをチェックしながら体調を気づかう。


「いや、動画配信サービスのアニメを観ていた。最近は毎日三時間くらい観ている」

「へえ、神宮寺さんでもアニメを観るのですね」

「まあね。アニメは日本の文化だし」


 なかなか意外な趣味といえる。


「ちなみにどんなアニメを観るのですか? もしお勧めがあれば教えてください」

「須田ちゃんはアニメとか観ないの? 仕事が忙しいから?」

「どうも時間と体力がなくて……昔ほどは観ないです」

「ふ〜ん、最近観たやつだと『魔法幼女マジカル☆アスカ』が面白かったな」

「……すみません、もう一度タイトルを教えてもらえますか?」

「え〜と『魔法幼女マジカル☆アスカ』というやつで……」

「…………魔法幼女? の続きは何ですっけ?」

「だから『魔法幼女マジカル☆アスカ』だって!」

「………………やっぱりもう一度」

「おい、わざとやっているだろ!」


 近くにいた社員たちが一斉に笑った。

 天才のくせに性格が明るくて取っつきやすい、それも神宮寺の魅力といえそうだ。


「神宮寺さん、前から気になっていたのですが……」

「ん? どうしたの?」

「一日に何時間寝ているのですか?」

「たぶん平日三時間、休日六時間くらいかな」


 短い!

 そう叫びそうになった言葉を飲み込む。


「それでよく生きていられますね。脳みそが破壊されたりしないのですか?」

「漫画家とかと一緒だよ。あと私の場合は遺伝だな。親もあまり眠らない」

「へえ、ちょっと羨ましいです。一日が長そうですし」

「う〜ん、そんなに良い体質じゃないぞ」

「そうなのですか?」


 神宮寺がピシッと指を一本立てた。


「社長にこき使われる。他の人が寝ている時間まで仕事をしているからな。社畜になることを宿命づけられた体質だ。もし毎日七時間寝られたら私の人生はどれほど幸せだろうか」

「……社畜体質って……なんか闇がありますね。まあ、神宮寺さんは残業代が出ない契約なので、さらに闇が深いですよね」

「須田ちゃんは夜更かしするなよ。心身の健康が第一だ。これは人類5,000年の歴史が導いた答えだ。仕事中毒の私がいうのだから間違いない」

「……了解っす」


 この会社の場合、雑談レベルの私語で注意されることはない。

 というより推奨されている。


 理由は単純。

 そっちの方がアイディアを生みやすいから。

 社長が社交性の塊みたいな存在だから、社員同士の仲もまあまあ良好といえる。


 あとフランクな性格の先輩が相手だと仕事の報告をあげやすい。

 悪い報告なら尚更といえる。


「私に何か報告すべきことがある人は〜?」

「姫井さんがちょっと怒っていました。神宮寺さんが会社のお金で勝手に何かを買ったとか、買わなかったとか」

まぢ(・・)かよ……」


 神宮寺が一瞬だけ渋そうな顔をしてから、くしゃくしゃと茶髪をいじった。


「須田ちゃんならどうする?」

「いや、素直に謝るしかないでしょう。会社のお金はすべてあの人が管理していますから」

「だよね〜。でもあいつに謝るのは(しゃく)なんだよな〜。いちいち金のことに細かいしさ。どんぶり勘定とか嫌いそうだしさ。あと、あれだ! なんでも自分が管理しようとするだろ? この会社のトップは瀬古いのりだっつ〜の。あいつが動かしている金を稼いだのは社長と私たちなんだよな〜」

「気持ちは分かりますが……経理とか法務の担当者からすれば正しく管理するのが普通ですってば」


 まあまあ理想的なこの組織にも大きな弱点がひとつある。

 一部のメンバーの相性が極端に悪い。


 型破りなエンジニアの神宮寺。

 堅実さを絵に描いたような姫井。

 このツートップが反目するのは、ある意味必然といえるだろう。


 いつもは社長が仲立ちすることで、ふたりが衝突しないよう飼い慣らしている。

 その手腕があったからこそ設立からの四年間を乗り切ってきた。


 面倒くさいことは他にもある。


『社長の身に万が一の事があった場合、残りの社員は姫井の指示に従うように……』


 社長がそのように明文化しているのだ。

 これは姫井を副社長として任命したに等しいので、神宮寺のプライドを激しく傷つけたといえる。


 能吏タイプの姫井なら的確な判断を下してくれる。

 そのように期待しているのだろう。

 いわば適材適所という考えに近い。

 しかし神宮寺にいわせると、


『あいつの風下に立つのは面白くない』


 という意地がある。


「ん? そういや社長たちは?」

「社長と姫井さんなら、ずっと会議室にこもっていますよ」

「ふたりだけで? ちょっと危険じゃないか? 社長が変なことをされないかな?」


 神宮寺が会議室の方を見ながらいう。

 これは聞き捨てならないセリフである。


「それってどういう意味ですか?」

「社長と話しているときのヤツの目を見たことがあるか? 尋常じゃないぞ。もはや犯罪者の目つきだ。幼女偏愛者のそれな。あれは社長のことを性欲のはけ口として意識しているな」

「あの姫井さんですよ? 単に社長を敬愛しているだけじゃないですか?」


 俺が知っている姫井はとてもクールな人物なのである。

 仕事には一切の私情を持ち込まない。

 いつだって判断に狂いはない。

 そして忠烈無比。


 単にそれだけなら神宮寺とツートップを形成することはなかっただろう。


 社長業とは何たるか?

 基礎から瀬古いのりに教えたのが姫井なのである。

 お師匠様でありブレーンだからこそ、企業にとって命ともいうべきお金の管理を任されている。


「いや、そんなに清廉潔白なやつじゃない。あれは正真のロリコンなのだよ。幼女の皮をかぶったロリコンな。初対面のときにビビッときたよ。こいつは病的なロリコンだなって。以前は欲望をセーブしていたらしいが、最近はどうも怪しい。幼女化したことで二次元のロリコンから三次元のロリコンに昇華したんだろうな。黒髪で、細身で、色白の幼女がタイプだ。つまり瀬古いのりみたいな幼女が大好物なのね。そういう意味だと……」


 神宮寺がパチンと指を鳴らす。


「社長と須田ちゃんが同棲していること、あいつはまだ知らないんだっけ?」

「社長が伝えていなければ、姫井さんは何も知らないはずです」

「気をつけろ。嫉妬深い性格だからな。夜道で刺されるぞ」

「驚かさないでください。だって向こうは幼女ですよ?」

「いや、冗談抜きで殺される。覚悟しとけ」

「えっ!」


 そんな馬鹿な!

 俺がもう少し深掘りしようとしたとき、ガチャリ、と会議室のドアが開いた。


 俺のよく知る人物がやってくる。

 黒髪で、細身で、色白の美しい幼女だ。

 神宮寺いわく、ロリコン癖のある姫井の大好物らしい。


「よし、みんな揃っているな。朝礼を始めようか」


 社長がよく通る声でそう宣言した。

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