034 お部屋チェック
重い。
お通夜のような空気。
それを破ったのは、やはり神宮寺であった。
しばらく机をトントンしたあと、俺と社長の顔色をうかがい、狙いすましたタイミングで切り出す。
「そうだ! ふたりの私物をチェックしよう。お部屋のコーディネートを私が採点してあげるよ」
お部屋チェック。
男としてはまあまあ恥ずかしい提案といえよう。
「俺の部屋を採点しても楽しくないですよ。見られたら困る物どころか、物自体がほぼ存在しないので」
「社長の写真とか隠し持っていないの?」
「実物が半径3メートルにいますから」
ちょっと渋ってみたのだが、対照的なのは社長の反応であった。
「ぜひ採点しちゃってよ。改善できる部分があったら教えてほしいな」
ぱあっと顔を輝かせている。
自信満々?
いや、興味を持ってくれたことが純粋に嬉しいだけか。
「じゃあ、いのりの部屋から採点だな」
小奇麗という言葉がぴったりな社長の部屋に踏み込んだ。
ピンク系の色が少ないのはちょっと意外だ。
落ち着いた暖色系のベージュやオレンジ。
あるいは木材の色が目立つ。
物が多すぎず。
物が少なすぎず。
女の子らしさと社会人らしさの調和がとれている。
神宮寺は部屋の中心まで歩いていき鼻をクンクンと鳴らした。
「おお、なんかいい匂いがする。香水でもまいているのか?」
「アロマをちょっとね。消臭剤の代わりみたいな感じかな」
「気分がほっこりするな。これならいつ友だちが遊びにきても大丈夫だ」
神宮寺がプラス20点を宣言する。
確かに女の子の部屋の匂いって興味がある。
「ベッドとデスクは同じブランドなの?」
「そうだよ。木の優しい質感が好きなんだ」
「椅子に、本棚に、ゴミ箱に、置き時計まで同じブランドなのか。けっこう値段しそうだけれど」
「そんなことはないよ。一式で10万円を切るくらい」
「意外と安い!」
家具に統一感がある。
プラス20点。
俺は思っていたよりも本格的なチェックにちょっと焦りを感じる。
「クマさんのぬいぐるみが、ひい、ふう、みい……全部で5体! 多いな!」
「最初の2体はもらいものなんだよね。それから買い足したんだ」
「乙女チックだな。テディベアが好きなの?」
「うん。特にこの大きいやつが!」
社長は自分の体よりも大きなテディベアに抱きついた。
毛並みがモフモフしており、見ているだけで幸せな気持ちになる。
「可愛いな。プラス20点!」
「あすかも抱いてみる?」
「いいの?」
「気持ちいいよ」
「ではでは、遠慮なく」
クマのぬいぐるみ&抱きつく美幼女二名、という不思議な構図になってしまった。
おい、クマ!
そこ代われ!
そういう気がしなくもない。
というか社長と神宮寺が並ぶと可愛いな。
ひとりは王道の清楚系。
もうひとりは明るいギャル系。
タイプの異なる両者がペアになることで、ただでさえ基礎点が高いところに、ボーナス点までついちゃう感じだ。
「ヤバいな、この肌ざわりは!」
「天国にいる気分でしょ~」
「やっぱりプラス200点!」
神宮寺のジャッジがいい加減になってきた。
恐るべし、クマ効果。
「あと採点するところは……」
神宮寺が部屋を俯瞰するように見回す。
「ベッドのところにクッションを置いたりして、立体感があるな。これは狙ってやっているの?」
「うん、都心の家って狭いでしょ。広がりを出すために高さを意識しているんだ」
「なるほど。空間も有効活用できて一石二鳥だな」
「そうそう。壁一面を棚にしたり、わざと何も置かない段をつくるのが好きなんだ」
「なにそのこだわり! 奥が深いな~」
部屋に立体感がある。
プラス20点。
俺はあまりの美意識の高さに舌を巻く。
というか部屋のレイアウトは三次元で設計されるのか?
てっきり二次元かと思っていたのだが……。
「最後はやっぱりアレだな」
神宮寺がトコトコとベッドのところまで歩いていく。
「入ってもいい?」
「うん。でも普通のベッドだよ」
「まあまあ。実際に寝てみないとね」
神宮寺はベッドの中に体を横たえると、すう、はあ、と大きく息を吸った。
これは寝心地のチェックではない。
香りのテストだ。
「うわぁ、シャンプーとトリートメントの匂いがする。なんかお花畑にいる気分」
「え……ちょっと……恥ずかしいな」
「いのりに抱きしめられている感じだよ。うっしっし」
「そりゃ、まあ……寝ているときに汗だってかくしさ……」
「そうか、そうか。いのりの汗がここに……神宮寺さんは幸せなのじゃ~」
「変なことはいわないでよっ! もうっ!」
言葉とは裏腹に、デレデレに照れちゃっている社長。
神宮寺には強く当たれない性格も可愛いな。
というか俺も横になってみたい。
女の子のベッド。
これは全国の男子に共通するロマンじゃないだろうか。
「須田ちゃんも入ってみる?」
「それは絶対にダメ!」
社長からの強い要請により、俺の夢は断たれてしまった。
「ええと、いままでの点数が260点で、『ベッドの匂いが素晴らしい』は1,000点だから、いのりの部屋は1,260点だな」
「気前がいいな~」
「私は太っ腹だからね」
これで社長の採点は終了。
次は俺の部屋へと移動する。
「どうぞ」
「……」
言葉を失う神宮寺。
「忌憚のない意見をお聞かせください」
「……まだ引っ越し業者が来ていない?」
「いや、これが俺の全てです!」
部屋をみた神宮寺の感想は、
「物がない! というか色彩がない!」
というストレートな意見であった。
「いや、物ならありますよ」
相棒というべき布団一式。
黒色のパソコンデスクが一台。
白色のカラーボックスが二つ。
あとは所在なさげに転がっているゴミ箱が一つ。
「まあ、マサくんらしいよね」
社長が形のいい眉をしかめながらいう。
「おい、須田ちゃん。服はどうしたんだよ」
「全部クローゼットの中です。そのクローゼットも半分は空っぽですが」
「なるほど。こりゃ遊びの『あ』の字もないな。健康で文化的な最低限度の生活を保証してくれそうだ」
「言葉を返すようですが……」
俺はちらりと神宮寺を見た。
家にいる時間だけでいえば、圧倒的に少ないのはこの人だ。
「神宮寺さんの家こそ何もなさそうですが? 家に帰っても寝るだけといっていましたし」
「いや、パソコンの機材がたくさんあるよ。あとはオーディオ一式とか、マグカップのコレクションとか」
「観賞用のマグカップですか?」
「人生には色彩が必要なんだよ。須田ちゃんの部屋はモノトーン映画みたいだな」
神宮寺がパソコンデスクに座った。
天板がちょっと安っぽいな、一万円か、と。
たった一秒で値段を見抜いてくる。
ぐぬぬ……。
反論できないのが少し悔しい。
「ノルウェーの刑務所の方がもっと充実しているんじゃないか? 模範囚の独房ならゲーム機を設置してくれるらしいからな」
「マジっすか?! そんなので厚生されるのですかね?」
「わからないが……再犯率は日本の三分の一らしい」
「……」
「まあ、シンプル・イズ・ベスト。発展の余地があるという意味で100点をプレゼントだな」
「その優しさ、かえって胸が痛いです」
「だって箱庭ゲームでいうと開始10分みたいな状態だし……」
「ああ、納得です。空き地が目立ちますよね」
「心配するな。これから物が生えてくるから」
「ですかね?」
「うん。あと色彩を意識した方がいいな。迷ったら犬猫のカレンダーでも飾っとけ。生産性が上がるらしいから。あと悩んだときは社長に相談しよう」
「なるほど。参考になります」
部屋のクオリティが高い社長。
的確なアドバイスをくれる神宮寺。
俺はこの10分で少しだけ成長した気分になった。




