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033 弱点再来!

 神宮寺がキッチンのところまで歩いていき、冷蔵庫の中を物色し始めた。


「何か食べ物が……あるわけないか」


 転居してきたばかりの家にろくな食料があるはずもない。

 期待外れに終わった神宮寺は残念そうな顔をする。


「俺がコンビニで何か買ってきましょうか?」

「気持ちは嬉しいけれど、遠慮させてもらうよ。さすがに厚かましいし。にしても幼女の体というのは、すぐに糖分が欲しくなるな」

「……なるほど」


 それを聞いた社長がすくっと席を外す。

 私室から持ってきたのは、木箱に入ったチョコレートの詰め合わせであった。


「なにそれ?」

「会社の付き合いで頂戴したやつなんだよ。とても一人で食べられる量じゃなくて、いつ開封すべきか迷っていたんだ」

「うお、木箱のチョコレートアソートだ! 美味しそう!」


 テンションMAXになった神宮寺がアーモンドのような瞳を輝かせる。


「良かったら食べるのに協力してくれないかな? せっかく遊びにきたんだし」

「高級なチョコレートでしょ? むしろ食べちゃっていいの?」

「うん。一人で食べるよりみんなで食べた方が楽しいしね」

「食べる食べる!」


 俺もチョコレートは苦手じゃないので、


「喜んで協力します」


 と調子を合わせておいた。


 木箱の中には56粒のチョコレートがぎっしりと詰まっていた。

 ベルギー産だろうか。

 成分表示はすべてローマ字だ。

 カラフルな銀紙にはチョコレートの種類がプリントされており、宝石箱のような輝きを放っている。


「私はマカダミアナッツが好きなんだよね」


 神宮寺が白色の銀紙に手を伸ばしながらいう。

 空中にチョコレートを放り投げると、小さい口で器用にキャッチした。


「これは旨い! もう一粒!」


 銀紙をはがす。

 手首のスナップで放り投げる。

 空中できれいな放物線を描いたチョコレートは、幼女サイズのお口に吸い込まれた。


 無駄に格好いい!

 ちょっとお行儀が悪いけれども!


「チョコなら何でも好きだけれど、私は強いていうとラムレーズンが好き……」


 社長が紫色の銀紙に触れかけた。

 その手が、ぴたり、と止まる。


「ん?」


 と目ざとく反応したのは神宮寺だ。


「私はラムレーズンが好き?」

「自分の嗜好(しこう)だろう? なんで疑問形なんだ?」

「それともラムレーズンが嫌い?」

「えっ?! クイズなの?!」

「どっちでしょうか?」

「クイズ番組?!」


 苦し紛れのボケに対して、神宮寺はとっさにツッコミを入れる。

 いのり社長、ちょっとテンパっているな。


「俺は大好きですよ、ラムレーズン。社長はあまり好きじゃないのですよね」


 俺は紫色の銀紙を横取りしながらいった。


「そう、ラムレーズンだけは苦手なんだよ!」

「俺が全部いただいちゃってもいいですか?」

「うん、ぜひ食べちゃってよ! 一粒残らず!」

「わ~い、今日はいい日だな~」

「そだね~」


 ひょいひょいひょい、と。

 俺の手元には紫色の銀紙が並んでいく。


 あれは十数日前のこと。

 ラムレーズン入りのチョコレートを食べて、社長が軽くダウンしたのだ。

 レーズンに含まれる微量のアルコールが原因であり、小さい体が仇になったといえる。


 個人的にはそういう弱点も好きだったりする。

 しかし本人は相当ショックだったらしく、例の一件はふたりだけの秘密となった。


「ふ~ん、須田ちゃんはラムレーズンが好きなんだ」


 神宮寺が意外そうな顔をした。


「ええ、マイブームみたいなやつです」


 嘘のせいで胸がチクリと痛む。


「お酒に強くない体質なのに? ラムレーズンなんだ?」


 アーモンドのような瞳に疑念がよぎる。

 どういう嗅覚をしているんだ、この人は……。


「ほら、レーズンって健康にいいじゃないですか。ミネラルが豊富で、食物繊維もとれますし。色素成分になっているポリフェノールが疲れ目の解消にいいそうですよ」

「なるほど、ね」


 ぺろり、と。

 神宮寺の(べろ)が生き物のように動き、色っぽい舌づかいで唇を舐めた。


「嘘が下手だな。ふたりとも。いのりがボロを出して、それを須田ちゃんが(かば)ってあげる。若い男女の美談としては悪くないが、そんな三文芝居じゃ神宮寺さんを騙せないよ。相手が悪かったね」

「うっ……」

「それは……」

「な~んてね。割とテキトーに言いました」

「えっ?!」

「えっ?!」

「あれ……図星なの?」

「うっ……」

「それは……」

「マジか~。いのりはラムレーズンが食べられないくらい酒に弱いのか。それって激弱ってことか。知らなかったよ」


 妙な沈黙が俺たちのあいだに降ってくる。


 ことの発端をつくってしまった社長。

 社長の失言を遊び道具にしてしまった神宮寺。

 下手すぎるフォローで神宮寺を調子づかせてしまった俺。


 誰が悪いという話ではない。

 みんなが少しずつ悪い。


「私が嘘なんかつくから良くないんだよね」

「ごめん、臆面もなく指摘しちゃって……」

「いや、事態をややこしくさせたのは俺の責任です」


 三者三様の失敗である。

 俺たちはそれぞれの口から、ごめんなさい、を告げた。

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