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032 幼女と酒

 幼女ニュース Vol.008



 幼女新聞のコラム


「世界規模の幼女化からすでに一年が経過しました。

 政治的・経済的な混乱はまだ継続していますが、一般家庭には以前のような明るさが戻りつつあります。


(中略)


 そこで編集部は街頭インタビューを実施し、『幼女になって良かったこと』『幼女になって悪かったこと』の二点についてヒアリング調査しました」



◆Aさん 良かったこと

「最近、妻が自分に対して優しい」


◆Bさん 良かったこと

「映画館やテーマパークに幼女料金で入れる」


◆Cさん 悪かったこと

「お酒に対する耐性がなくなった」


◆Dさん 良かったこと

「まともに口をきいてくれなかった娘と一緒に過ごす時間が増えた」


◆Eさん 良かったこと

「10年ぶりに娘と一緒にお風呂に入った」


◆Fさん 悪かったこと

「息子とキャッチボールをしている最中に骨折した」


◆Gさん 良かったこと

「新しい幼女友達が増えて、外出する頻度があがった」



 目立つのは『妻が……』『娘が……』という声だ。

 幼女なりの苦労はあるものの『幼女としての人生も捨てたものじゃない』というのが総意らしい。



        ※        ※



 この日、神宮寺は人数分のドリンクを用意していた。


「いのりはノンアルコールチューハイ」

「わ~い! ありがと~!」


 社長の前に『アルコール度数0.0%』の缶が置かれる。


「須田ちゃんは普通のチューハイ」

「ありがとうございます」


 俺はよく冷えた缶チューハイを受けとる。


「そして私もノンアルコールチューハイ」


 神宮寺が缶タブに指を掛けながらいう。

 それぞれの手元から、プシュッ、という音がした。


「それでは社長と須田ちゃんの前途を祝しまして~」

「かんぱ~い!」


 俺たちは互いに乾杯する。


 テーブルの真ん中に置かれているのは牛モモ肉の料理だ。

 より正確にはローストビーフもどき。

 ラーメンの上にのっているチャーシューに似ている気もするが、美味しいことに変わりはないだろう。


「神宮寺さん、前から気になっていたのですが、ノンアルコールチューハイと普通のジュースって何が違うのですか?」


 俺は肉をつまみながらいった。

 ひと口ふた口と頬張ると、じゅわあ、という旨味が口いっぱいに広がる。


「そりゃ、あれだよ……あれ」


 神宮寺の箸が止まる。


「酸味があるかどうか?」


 横からフォローしたのは社長だ。


「それそれ。甘さのレベルが違うんだよ」

「……なるほど」


 世の中にはビターなジュースもあるけどな。

 俺はそんなことを考えつつ、手元のチューハイを口元まで運ぶ。


「このお肉、すごく美味しいね」


 社長がうっとりとした表情でいう。


「本当です。さすが神宮寺さん!」

「おい、須田ちゃん。何でも褒めればいいってものじゃないぞ。もどき、もどきって連呼していたくせに」

「いや、本当に美味しいですよ。家でつくった味とは思えません」

「どれどれ……」


 神宮寺がひと切れを口まで運んだ。


「おお、確かに美味しい。これはお酒が欲しくなる味だ」

「でしょ、お酒に合います」

「だよな~」


 神宮寺の目が一瞬だけ俺の缶チューハイを見つめる。


「ひと口飲みますか?」

「別に欲しくないし! お酒を飲むと肉の味がわからなくなるし!」


 神宮寺はぶんぶんと首を振った。

 さっきと主張していることが矛盾している気もするが……。


「須田ちゃんもお酒はほどほどにした方がいいぞ。強くはないんだろ?」

「でも、俺くらいはお酒を飲まないと、日本の酒造メーカーで働いている人たちが可哀想じゃないですか。その人たちにも家族がいるわけですし」

「……なるほど。そういう発想もあるのか。須田ちゃんは優しいな」

「そうですかね?」

「顔も名前も知らない相手の気持ちを想像できる。そういうのを本当の優しさっていうんだよ。戦闘兵(ソルジャー)には一番いらないスキルだ。良かったな、この時代に生まれて」


 本当の優しさ、か。

 俺はその言葉を胸の中でゆっくりと消化した。


 ちなみに神宮寺はお酒を飲まない。

 忘年会。

 新年会。

 打ち上げ。

 それらの場所で一切のアルコールをシャットアウトしている。


 理由は単純。

 24時間365日、いつ重大トラブルが発生しても対応できるようにするためだ。


 過去に一度だけ。

 大きなトラブルが発生し、酒気が抜けきらない神宮寺しか対応できなかった。

 それ以降、好きだったお酒を一切飲まなくなったという。


 起こるかわからないトラブルに備えておく。

 それを優しさと呼ぶのは大げさだろうか?


「あすかは高給取りだけどね、スキルだけを評価しているわけじゃないんだよ。24時間365日お酒を飲まない。そういうプロ意識も評価しているんだ」


 社長がご機嫌そうにいう。


「誰にも見えないところで努力する人って格好いいよね。こういう性格の持ち主は、結婚した相手に尽くすタイプなんだよ。それこそ24時間365日ずっとね。恋愛パートナーとしては超優良物件だよね」


 ツインテールを束ねている青いリボンが、首の動きに合わせて楽しそうに揺れる。


「超優良物件って……あと私の話は勘弁してくれ。恥ずかしいし……」


 神宮寺がぷいっと顔を背けた。


「それに全国の外科医だって同じだろ。患者の容体が悪化したら、すっ飛んでいく。非番の日だって飲む量は調整している。それを当たり前にこなすだろ」


 (とげ)のある言葉とは裏腹に、神宮寺の表情はちょっとだけ嬉しそう。


「でも、お酒が好きな気持ちに変わりはないのですよね」

「うん。私の家系は酒豪が多いから。幼女の体になったけれど、500ml缶なら楽に飲める気がする」


 神宮寺が俺の缶チューハイを見つめながらいう。

 美味しそう。

 アルコール。

 顔にはそう書いてある。


「今日くらいは飲みますか?」

「……気持ち的には飲みたいのだが」


 その背中を押したのは社長だ。


「たまにはいいじゃない? 我慢はあまり良くないよ」

「しかし……」

「あすかでないと対応できないトラブルは(レア)でしょ。システムの稼働から一年が経つし」

「それもそうなのだが……」


 神宮寺の左手が缶チューハイに伸びてくる。

 がしっと。

 その手首をつかんだのは、神宮寺の右手であった。


 頭の中で天使と悪魔が格闘している。

 そんな心境であろうか。


「やっぱりダメ! いつか断酒をやめるつもり。それは今日じゃない!」

「もっと特別な日ということ?」

「うん、いのり達の引っ越しは特別なんだけれど、あくまで私は部外者だから。その時がきたら美味しくお酒をいただくよ」

「ふ~ん。禁欲的だね」


 頼もしい部下の発言を、社長はニコニコしながら聞いている。


 一緒に酌み交わせる日を夢見ているのだろうか。

 肝心の社長がアルコールに弱いから、おそらく10年以上も未来の話になるのだが。


「あすかは外科医みたい」

「システムのお医者さんということ?」

「うん。幼コレのシステムに問題が発生したら、すぐに治してくれるから」

「まあ……それも仕事だからな。私が白旗を上げたら終わりでしょ、この会社は」


 神宮寺がくしゃりと笑ったとき、小学生サイズしかないその体が、とても頼もしいものに感じられた。

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