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031 幼女メシ

「ふっふ~ん♪ それじゃ私が手料理をつくりますか」


 神宮寺がビニール袋の中身を並べながらいった。

 社長の引っ越しを祝うため、これから腕を振るってくれるらしい。


「神宮寺さんって料理できましたっけ?」


 申し訳ないと知りつつ俺は疑いの目を向けてしまう。


「いや、できないよ。カレーを作るくらいの料理スキルしかない」

「だったら引越し蕎麦(そば)ですか? それなら初心者でも失敗しなさそうですし」

「ノンノン」


 神宮寺がチッチッチと指を振る。

 その視線の先にあるのは牛モモかたまり肉。

 細かくカットすれば、カレーやシチューの素材につかえる部位である。


「これからローストビーフをつくります」

「……」

「あれ? 盛り上がるところじゃないの?」

「いや、料理はできないと告白したばかりですし……ローストビーフって普通は大きなオーブンで焼くやつですよね?」

「須田ちゃん、私のことを疑っているね。あまり感心しないな。そういう態度は」


 なぜか自信満々にいう神宮寺。

 俺としては不安な眼差しを向けるしかない。


「その牛モモ肉が丸焦げになるイメージしかないです」

「そう? 須田ちゃんにそこまで言われると、私も不安になってきちゃった」

「引越し蕎麦にチェンジするなら今のうちですよ。牛モモ肉の調理は社長に任せちゃうという手もあります」

「でも引越し蕎麦は本来、ご近所さんに配るのが正しいんだよな。私たちが食べちゃうのはちょっと間違っている気がするし……」

「意外と古風なことを気にしますね」


 話が平行線をたどったとき、社長があいだに入ってきた。


「まあまあ、マサくんの心配も分かるけれど、あすかが準備してくれたのだから、ここは任せてみようよ。とりあえず料理してみて、失敗したら別の何かを考えよう」


 組織のトップらしい前向きな発言だ。


 とりあえずやってみる。

 間違えたらみんなで考える。

 そういうDNAを持った組織が最強だと、何かの本で読んだことがある。


「おっしゃる通りですね」


 俺としては賛成の一択。


「よし! いっちょやるか~!」


 神宮寺も気合いが入っている。


 ちなみに家でローストビーフをつくろうとしたら、


(1)塩・胡椒(こしょう)などで肉に下味をつける


(2)フライパンで肉の表面に焼き色をつける


(3)予熱したオーブンで肉の中心まで熱を加える


(4)50℃くらいの環境(鍋の中など)で少し休ませる


 という面倒な手順を踏まなければならない。

 イメージとしては中級者向けのレシピといえよう。


「まず炊飯器にぶち込みます」


 神宮寺はラッピングをはがした牛モモ肉を丸ごと炊飯器につっこんだ。

 お米を炊く内釜のなかにドンッと肉が鎮座(ちんざ)する。


「次にソースをかけます」


 その上から市販のソースを流していく。

 俺はパッケージの文字に目を凝らしてみた。


『おうちで超簡単!』

『らくらくローストビーフ!』

『炊飯器と本品があれば手間いらず!』


 あ~あ。

 なるほど。

 これなら絶対に失敗しないし、子どもでも美味しくつくれるやつだ。


「そしてタイマーをセットします」


 神宮寺の指が炊飯器のボタンをポチッと押す。


「最後に幼コレをしながら時間を潰します」


 これで料理はほぼ完了。

 心配したこっちがバカみたいだ。


「考えましたね、神宮寺さん。市販されている料理の素をつかうとは」

「文明の利器はちゃんと活用しないとね。でも、本当に大丈夫かな? 楽すぎて逆に心配だよ」

「さすがに大丈夫ですってば。ローストビーフもどきですし」

「えっ?! もどき?」

「ほら、パッケージにも小さく書いてあるじゃないですか。『ローストビーフ風』『ローストビーフのような高級感』と」

「……」

「料理あるあるですよ」

「つまりローストビーフじゃないという結論になるの?」

「厳密にいうとそうです。もどき料理って需要がありますから。うなぎの蒲焼もどきとか。ハンバーグもどきとか」

「……まあ、細かいことは気にするな! 胃袋に入ったらどっちも同じなのじゃ~! 美味しさは正義! 美味しければ許される!」


 神宮寺はポケットからスマートフォンを取り出すと、ころん、と背中からソファにダイブする。


「さ~て、幼コレのイベントの続きをやろっと」

「気持ちの切り替えが早いですね、神宮寺さんは」

「まあね。須田ちゃんだってフットワークの軽い先輩についていく方が楽だろう?」

「考えたことないですが……おっしゃる通りです。尻込みする性格なので」

「尻は軽くしといた方がいいよ。お尻はね。尻軽幼女が最強なのだよ」

「尻軽って……浮気性の人につかう言葉なんじゃ……」

「本来、行動力のある人につかう言葉なんだよ。そういう意味だと浮気も行動か! あっはっは!」


 神宮寺が足をバタバタさせながらいう。

 小さい手でスマートフォンを操作する姿も愛嬌(あいきょう)たっぷりといえよう。


「ねえ、あすか。お尻が軽いのはいいけれど……」


 社長がぴったりと体を寄せていった。

 お互いの髪と髪が触れ合うほどの距離であり、姉妹のような仲の良さだ。


「イベントはどこまで終わらせたの?」

「え~と、5割くらいかな」


 神宮寺は素直にこたえた。


「なんだと! まだ半分なのか!」

「えっ? 怒るところなの? だって仕事が立て込んでいたし……」

「けしからん! 運営スタッフ……いや、システムの開発責任者じゃないか! 私なんてコンプリートの一歩手前だぞ! あすかがそんな調子でどうする! 手を抜いているのではないか!?」


 社長の両手が伸びてきて、神宮寺の胸元をぐりぐりといじった。

 えっ!? 胸なの!?

 マジか……。


「そういわれてもな……」


 神宮寺はちょっとだけ迷惑そうな顔をしている。

 もっと嫌そうな顔をして!


「対策が必要だ。あすかの業務をもっと減らす!」

「待った! 待った! これでも幼コレを十分プレイしている」

「そうなの? 時間は足りているの?」

「うん、いのりの攻略スピードが早いだけだって」

「でもイベント報酬が欲しいし。妥協はしたくないし」

「冷静に考えてみなよ。イベント期間がまだまだ残っているのに、やることが無くなる。それはそれで退屈じゃないか?」

「……確かに。あすかの言う通りだ」

「私くらいのペースがちょうどなんだよ。誰だって社長みたいに強いわけじゃないしね」

「なるほど。そういう考えもあるのか。参考になるよ」


 似たようなやり取り、どこかで見たような気がする。


「前から気になっていたんだけれど、あすかの胸……」

「胸? 胸のサイズのこと? 急にどうしちゃったんだよ?」

「明らかに私より発育が早いよね。私なんて発育の『は』の字も来ていないのに」

「そりゃ小学生だって、小1でくる子もいれば、小6でくる子もいるでしょ。そういう個人差の範囲内だよ。まあ、私たちのような似非(えせ)幼女と、本物の女の子を一緒くたにするのは強引な話だけれども……」

「特別な物を食べたりしている? 大豆とか、牛乳とか、キャベツとか、毎日食べている食品とかある? あとマッサージは?」

「ないよ。なんだよ。思春期の女の子かよ。心配しなくてもそのうち生えてくるよ」


 俺はイチャイチャする社長と神宮寺を横目で見つつ、幼コレのイベントダンジョンを周回した。

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